076. 龍馬ゲーミング(1)
七月中旬、週明けの気だるさが残っている月曜日の、早朝のことだった。いつものように朝食を食べ、高知駅から電車で土佐高校に向かう。
土佐高校の校門をくぐり、玄関で上履きに履き替えると、後ろから「おはよう!」という声がした。振り返ると、芽依が手を振っていた。
俺はまだお互いの距離感というものをはかりかねていた。芽依にどう接すればいいのか、わからないでいる。
一方で、芽依の方は、俺の戸惑いなど気にも留めていない様子だった。俺と芽依は、並んで1Fの廊下を歩いていく。
「今日から同好会再開になるね。牧野さんも東京から帰ってきたことだし」
「そうだな」
俺は相づちを打った。牧野は菜希を連れて行って東京で個別コーチングをしていたと空港に迎えに行った時に言っていた。
正直、菜希にそんな熱量が存在していたことに驚いたが……、それよりもあの滅多に人を褒めることのない牧野が「彼女、ブロック代表決定戦の時とは別物になったから楽しみにしてなよ」と笑っていたのが非常に印象に残っている。
(牧野がああいう風に笑う時は大体、自分の想像の範疇を大きく超えてくる)
俺は少し身構えていた。どんなバケモンに生まれ変わってるのか想像もできないが、少なくともブロック代表決定戦のような試合内容ではSTAGE:0で「優勝」の二文字は掴めないだろう。
菜希がいない間、俺と芽依は互いの個人練習に時間を割いていた。特に芽依の腕前は以前よりも格段に上がっている。残りはチームの連携部分をどう残りの日数で埋め合わせるかだけ。
「練習楽しみだね。久しぶりに全員で一緒に合わせられる」
菜希がどれくらいの技量に合わせてくるかによって、俺の練習プランは大幅に変わる。菜希がこの数週間でどこまで成長しているか、楽しみでもあり怖くもあった。
「おう。そうだな」
俺は芽依の言葉に短く返事をした。教室に向かうために、階段を上ろうとした時だった。
「ねえ、ちょっと」
と菜希の声がした。振り返ると、少し離れた場所に菜希がいた。俺と芽依は顔を見合わせる。菜希の視線は明確に俺のことを捉えていた。
挑戦的な瞳は、ブロック代表決定戦の時の沈んだ瞳とは大違いだった。その奥には、何か明確に強い意思が感じられた。負けず嫌いが持つ特有の尖った瞳だ。
(なるほどな……、牧野が言ってたのはこういうことか……)
世代最強。前世でそんなことを言われていた時期があった。今、こうして時代が変わってもその名は伝説として語られている。俺はそれを重荷だと思ったことはない。
だが、柳町俊吾はもう死んだ。
今の俺は、「柳町俊吾」という人間の残滓にすぎない。しかし、この挑戦的な瞳を見ると震えあがる。かつて、NRTの面子が俺に向けていた、強烈な闘争心が今、菜希から溢れ出ている。
(懐かしいな、誰かにこういう視線を向けられるの)
絶対的な実力に対して出るのはまず「諦め」である。それはどんな業界においても同じ。
eスポーツという分野において「才能」は武器である。才能の無い選手が淘汰され、才能のある選手のみが残り、世界を席巻する。努力すること、長く続けること、これもまた「才能」である。
この業界に限らず、その「才能」を持っている人間こそが、強者に成り得る。
その「才能」を芽依は持っている。菜希もまたもっている。俺の眼には狂いがない。かつて、NRTを見出した時も同じようなことを感じた。
そんな彼女を見て、俺は静かに笑った。
「何か用か?」
「話があるから、放課後、部室に来て」
菜希はそう言って、俺の返事を待たなかった。踵を返して階段を下っていく。その背中は一回り大きくなって見えた気がした。
「菜希ちゃん、なんか雰囲気変わったよね」
と、芽依が俺の隣にやってくる。確かに、今の菜希は以前の菜希とは随分違った。どこか自信に満ち溢れているようにすら見える。
だが、それは被っていた仮面を剝ぎ取っただけかもしれない。
「元々あんな感じだったんだよ。あれが素なんだ」
「え、そうなの? 私にはあんまりそういう感じじゃなかったんだけど……」
「そうかもな。芽依には心を開いてなかったのかもな」
俺は軽く笑った。菜希が元々持っていた感情を、俺たちはずっと知らなかったのだ。おそらく、俺や芽依だけではない。牧野もそうだったんだろう。誰も彼女のことを何もわかっていなかった。だが、もう彼女は殻を破った。誰が破ったのかは知らん。
「むう……、なんか悔しいけど……まあ、いいか」
「何がだ?」
俺は訊いた。芽依はチラリと俺の方を見たかと思うと、すぐに視線を戻した。
「別に……、なんか守月君にだけ心開いてるのが悔しかっただけ」
「なんだそりゃ……」
俺は芽依の言葉に呆れた。しかし、芽依がヤキモチを妬くなんて珍しいこともあるもんだとも思った。
「まあ、いいけどね。私が一番守月君のこと分かってるから」
「なんだよそれ。というか、そういう話じゃないだろ」
俺はそう言って芽依の額を軽く突いた。芽依は「あう」と小さく声を上げると、不服そうな目で俺を見た。
なんだか急に距離感に悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
俺は芽依のことが大事で、芽依は俺のことが大事なのだ。だったら、何も悩むことはない。前世で俺が死んだ後も芽依はずっとこの世界で頑張り続けてきたんだから……。
「俺は芽依がいてくれてよかったと思ってるよ」
だから、この言葉は自然と俺の口から溢れてきた。芽依は一瞬、驚いた顔をして俺を見たがすぐに笑った。
「私も守月君がいてよかった!」
と、力強く答えた。それが嬉しくて俺は笑った。つられて芽依も笑う。そして思った。この笑顔を曇らせたくないと。この笑顔をずっと見ていたいと思った。彼女の隣に立ち続けたいと思った。
「さてと、菜希の挑戦は受けなきゃな。芽依、練習頑張ろうな」
「うん。そうだね」
【コラム】
仕事でプロのチームでコーチングしている人にお話を聞く機会があったんですが、その方が言ってたのはゲームにおける最大の才能は「続けることができる」ことということらしいです。そもそも、プロゲーマーってなろうと思ってなるものではなく、いつの間にかなってることがほとんどですからね。




