075. 病室での思い出(3)
私、田中芽依が柳町俊吾と出会ってから約2年が経とうとしていた。季節は春……。病室から眺める景色にも桜の花びらが舞うようになり、過ごしやすい季節になったと思う。
2013年になり、私の体の具合も段々と安定してきた。呼吸も安定し、目眩や立ちくらみを起こすこともなくなった。そんなこともあり、私は看護師さんに許可を貰いながら日中は院内の庭で遊ぶようになった。
逆に、お兄ちゃんが病院に来てくれる回数は減っていった。どうやら、ゲームで『世界大会』に出場する予選に挑戦しているそうだ。
NRTというゲーミングチームに所属しているエース『柳町俊吾』のプレイを初めてみたのは、お兄ちゃんがオフラインの予選映像を配信してた映像を見た時だった。
この頃の私は、お兄ちゃんは『たぶん凄い人』なんだと朧げに思ってるだけだった。だが、実際に私の目の前でプロゲーマー相手に圧倒するプレイを披露した姿を見て……。
私は、「将来はお兄ちゃんと一緒にゲームしたい」と心の中で思っていた。だから、そんなお兄ちゃんが「いつか一緒にやろう」と言ってくれて嬉しかった。
お兄ちゃんの動画を見てからというもの、私はゲーム大会の動画なんかも見るようになってた。元々、ゲーム自体に興味があったというのもある。
でも、一番は『柳町俊吾』という選手に憧れを抱いていたのかもしれない……。
大会でのプレイ動画を見ると、私は目を奪われた。カッコいい。ただ、カッコよかった……。
病室から庭を眺めつつそんなことを思っていた時だ。背後からお兄ちゃんの声がした。
「芽依、ごめん……。待たせちゃったか?」
お兄ちゃんは少し申し訳なさそうに、病室に入ってくる。私は首を横に振る。別に退屈なんてしていないし、お兄ちゃんの顔を見たら心がホッとする。
「じゃあ、看護師さんに許可も貰ったし外行くか」
お兄ちゃんはそう言って、私に手を差し伸べる。私は迷うことなくその手を取り、ベッドから降りる。そして、お兄ちゃんの手を借りて病院の外へと歩き出す。
お兄ちゃんの握ってくれる手が暖かくて、なんだか心地良い。お兄ちゃんが私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれるのも嬉しかった。
目的地は江ノ島だった。海を見てみたくてちょっとだけ我儘を言った。お兄ちゃんは「それくらいなら」と、私を江ノ島まで連れていってくれた。
お兄ちゃんと手を繋いで江ノ島の砂浜を歩く……。
こんなに幸せなことはないと思う。春の陽気も相まって江ノ島の海岸を歩くとぽかぽかと体が暖かくなってくる。
「海って綺麗だよな」
お兄ちゃんがそんなことを言ってくる。
私はその言葉に素直に頷いた。どこまでも広がる海、どこまでも広がる空、水平線の彼方まで続く景色を見るだけで心が洗われる気がする……。
お兄ちゃんの手を握っていない方の手を海にそっと浸けると、外気の暖かさとは違った冷たい海の水がとても気持ち良かった。
「お兄ちゃん、手出して」
私がそう言うと、お兄ちゃんは不思議そうな表情を浮かべつつも私の言う通りに手を出してくれる。私はその手を軽く握ると、水面から引き上げた手から水滴がぽたぽたと落ちる。
私はそれを確認すると手を離す……。すると、お兄ちゃんの手の中には水滴が残っていた。それを見て、思わず私とお兄ちゃんは顔を見合わせて笑ってしまった。
「おいおい……」
そんなことを言って優しく微笑むお兄ちゃんの顔が一番好きだな……と思ったのを今でも覚えている。江ノ島を満喫した後は、帰りの電車の中でお兄ちゃんに私の将来の夢を伝えた。
「私ね、お兄ちゃんと一緒にゲームで遊びたいな」
私がそう言うとお兄ちゃんは少し驚いた表情を見せるがすぐに「芽依が大きくなったらな」と言ってくれた。私はその言葉に満足した。
早くそんな日が来ればいいのにな……と思っていた。
そんな会話をした半年後のこと。
今日はお兄ちゃん病院に来てくれるのかな……と、窓の外から見える景色を眺めていた時、ふと廊下から大慌てでこの部屋に向かってくる足音が聞こえた。
「芽依ちゃん……」
そう言って、私の病室に入ってきたのは看護師さんだった。看護師さんの表情を見て私はとても嫌な胸騒ぎがした。私はただ「はい」と頷くだけだった……。
その表情にはどこか曇った色が窺えた。嫌な合間だった。
「芽依ちゃん……、落ち着いて聞いてね……」
その看護師さんの言葉に黙って耳を傾ける。そして、告げられたのは信じられない言葉だった……。
「俊吾君が交通事故に遭って……」
その言葉を聞いた私は頭が真っ白になった。そして、すぐに看護師さん言葉が一切耳に入らなくなった……。お兄ちゃんが事故に遭った……、嘘だ、そんなの嘘だ。
私はその言葉を受け入れられず、ずっと頭の中で同じことを繰り返していた……。それからのことはよく覚えていない。
気がついたら、ママと一緒にお兄ちゃんのお通夜に参列していた。
葬儀が行われた祭壇には、写真の中に写るお兄ちゃんがいた。私は涙が止まらなかった……。また、いつものように会いに来てくれると思って疑わなかったから……。
ママと一緒に遺影の前で手を合わす……。
「お兄ちゃんはもう帰ってこないの?」
子供の私はお兄ちゃんの『死』という現実をまだ受け入れられずそんなことを呟いた……。ママは私を抱きしめてくれた。
「じゃあ、もう会えないのかな?」
「ううん、いつかまた必ず会える。芽依が大きくなって、もし俊吾君が戻ってきた時に恥ずかしい姿を見せないようにしないとね」
ママのその言葉で私はようやく現実を受け入れることができた気がした……。葬儀の後、私は『柳町俊吾』という選手について調べた。
お兄ちゃんのプレイを初めて見た時、他の人とは違った特別なものを感じていた。そして、お兄ちゃんが世界レベルのプロゲーマーだったことを知った。
そこから、私はFPSというゲームに『柳町俊吾』の幻影を求めていた。『柳町俊吾』のようなプレイをしたい。お兄ちゃんみたいな選手になりたい。
そんな想いがあったから……。葬儀の日から2年が経ち、私は無事に高知の病院で退院することができた。それからはリハビリの日々だった……。
だけど、中学に入学する頃には日常生活に支障をきたさない程度には回復していた。
お兄ちゃんはもうこの世にはいない。この事実を受け入れるのにとても時間がかかった。私が「大きくなったら一緒に遊ぼう」と約束したお兄ちゃんはもういないのだと……。
でも、それは神様の悪戯か、運命か、別の形でお兄ちゃんと再会する……。
それは言葉にはできない――。
だけど、彼の魂はそこにある。柳町俊吾ではなく、守月裕樹として……。
私は『柳町俊吾』としてではなく『守月裕樹』としての彼と接していこうと思う。彼はあの頃と変わってない。私がそう感じているだけなのかもしれない……。
でも、それでもいい。彼が彼のままなら、それでいい……。
「お兄ちゃんと一緒に夢を叶えられればそれでいい……」
私はそう呟いて、パソコンの電源を切る。
『柳町俊吾』としてではなく、『守月裕樹』として一緒に世界へと羽ばたこう。まだ、彼の隣に並ぶことができるような実力はついていないけど……。いつかきっと、世界へと羽ばたく時が来るだろう。
私はその時を楽しみにしながら懸命に努力しようと思う。
【コラム】
番外編はこちらで完結となります。芽依と俊吾の出会いの一幕を綴ることができました。ここからは『STAGE:0』の本選に向けて物語は進んでいきます。ストーリーを読んでくれてる皆様、今この最新話だけ読まれた方々、拙い文章ですが『eスポーツ』というテーマで青春ラブコメを不定期で書いています。もし、続きが気になるという方がいらっしゃいましたらブックマークや広告の下にある評価の欄で★×5を頂けると励みになります!




