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いーすぽっ!  作者: ともP
♠ 現代転生(番外編❸)
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071. あの頃の記憶(8)


挿絵(By みてみん)


 結弦は勢いよく駆けて行き、やがて校舎の屋上に続く階段に腰を下ろした。その様子を少し離れた場所から見ていた凌平は、ゆっくりと結弦の方へ足を向けた。


「結弦!」


 凌平が声をかけると、結弦は視線を逸らしながら「なんですか?」と小さな声で呟く。その低い声は今まで聞いたことないくらいに沈んでいて、暗い印象を受けた。


「結弦はこれからどうしていきたいんだ。何がしたいんだ?」


 凌平がそう聞くと、結弦は黙ったまま顔を伏せた。答えなんて分からない、そんな顔をしていた。絶対的な自信はeスポーツの競技で戦っていくうえでは大事な要素だ。でも、その自信が驕りに変わってしまうと、それは最大の「弱点」に変わる。


 自分の強さを過信して、ゲームを楽しめなくなったらそれは選手として最悪の結末だ。


 凌平も競技をやっていた時に、SNSで暴言を吐いたり、死体撃ちをしたり、所謂バッドマナーってやつを大人になっても繰り返すような……、どうしようもない競技の選手を何人か見てきた。そいつらは最終的にはチームから孤立し、1人でFPSをやり続け、元いた世界から逃げるように引退していった。


 今でも元プロの看板を盾にして調子に乗っているのを見ると「お前、変わらんかったな」と心のどこかで思ってしまう。


 結弦はどうだろうか……、そんな奴らと一緒にはなって欲しくないと凌平は強く願っている。


「お前がどれだけ強いかは分かってる。でもな、一人には限界があるだろ」


 さっきの練習カスタムでそれを証明した。結弦がそれをはっきりと自覚しているかはともかく、理解はしてくれただろう。


「もう一度さ、チームで話し合ってみようぜ。あいつらもきっと分かってくれるさ……」


 凌平は結弦の隣に座り、そう呟くように伝えると、結弦は小さく「分かった」と答えた。今日の敗着は結弦の心を動かした。今日の負けは無駄ではないはずだ。


 結弦の気が落ち着いたことを確認すると、凌平は結弦を連れて部室へ戻った。麻里や他のメンバーも「どうだった?」と心配そうに聞いてきたが、凌平は「大丈夫」と短く伝え、まずはさっきの話を報告するために凌平は麻里には席を外してもらった。


「結弦から話したいことがあるってよ」


 訝し気な顔をする涼太と翔也、そして、凌平は何も言わずに席に座り、結弦が話し出すのを待っていた。


「今まですいませんでした……」


 結弦はそう呟くと頭を下げた。短く、端的な謝罪。だけど、それは自分が悪いと思っていたから素直に言えた謝罪の言葉だ。その言葉を捻りだすまでの葛藤は凌平には計り知れない。


 大人になっても謝れない人間なんてたくさんいる。そもそも、謝れる人間の方が希少だ。自分は悪くないという理由を付けて、人を責め、自分が正しいんだと開き直って生きているようなろくでもない人間もいる。


 でも、結弦は違う。


 自分の過ちを認めて素直に頭を下げることができた。凌平は少しだけ嬉しくなって陰で小さく笑みを零していた。


「いや……、別に謝るようなことじゃ……。むしろ、俺も変に嫌な態度を取って悪かった……」

「俺も」


 三人ともお互いに謝罪を受け入れる姿勢は示していた。だけど、これで完全に元通りになるわけではない。これから先は結弦自身が変えていかなければいけない。ここから結弦の本当の第一歩が始まるんだと凌平は思った。


 その第一歩を踏み出すための言葉が浮かばないならいくらでも助けよう。


 それは、凌平の役目だ。


「ほら、今日のカスタムの録画だ。これを見直して反省点を見つけて、次の練習に備えてくれ」


 凌平は録画した映像をタブレットで再生しながらそう言った。三人は真剣にその映像を見る。どうやら、蟠りは解けたようで、改めてチームメイトとして結弦も彼らを認識していくだろう。


「今度から、みんなで意見を出し合いながら練習しよう。啓介も麻里も呼び出せばいつでも協力してくれるだろうしな」

「先生、ありがとうございます」


 正直、自分の役割はこれで十分だったかもしれないと思った。三人の少年の後ろ姿はどこか懐かしく、世界を目指していたNRTのメンバーと被った。


 こいつらはまだまだ若い。どんな未来だって描ける可能性を秘めている。そんな若者たちを導くのが教師としての醍醐味だったりもするのかもしれないと凌平は思った。


 そんなことを考えながら、凌平は結弦を横目で見ていた。


 そして、数時間に渡る反省会が終わり、下校のチャイムが校内に鳴り響いた。もう、生徒たちは下校している時間だ。「今日は解散だな」と凌平が告げると、名残惜しそうに「そうですね」と三人は言葉を漏らした。


「じゃあ、俺は職員室に戻るからお前らは先に帰っていいぞ」


 そう伝えると、涼太が翔也の肩をたたき、その輪の中に結弦が入っていた。三人は凌平たちに一礼して部室を後にした。廊下を駆けていく三人の姿を見送ると、凌平はふっと笑みを零した。


「凌平、お疲れ様!」

「ああ、麻里も啓介もありがとな。お疲れさん」


 凌平は麻里と啓介にそう感謝を伝え、大きく背伸びをする。ふと外を見るとさっきまで快晴だった空は夕焼けに染まり始めていた。夏の夜はどこか切なさと寂しさが残るのは気のせいだろうか。凌平は鞄を背負い、部室を後にしようとするが麻里に呼び止められた。


 振り返った凌平の目には夕焼けを背にした麻里の姿が目に映る。その姿に思わず見惚れてしまいそうになるほどに美しかった。


「職員室の用事終わった後に飲みに行かない?」

「あぁ、そうだな。啓介はどうする?」

「実はこれからちょっと野暮用があって……。また今度飲みに誘ってくれ!」


 啓介はそう言って手をヒラヒラと振りながら部室を後にした。凌平は麻里と二人で飲みに行くことになる。凌平は職員室で書類整理を二時間程度やってから、カフェテリアで待っていた麻里と合流する。座りながらスマホを弄る麻里に「どこで飲む?」と尋ねると、彼女は「あー、じゃあ下北沢のいつものところ」と提案してくる。


「了解、じゃあ行くか!」


 二人は下北沢まで電車で向かい、いつもの行きつけの居酒屋へと向かう。「とりあえず生2つで」と店員に注文し、隅の席を陣取った。


 すぐにビールが運ばれてきてお互いジョッキを持つと軽く乾杯をする。


 「かんぱーい!」という二人の声が重なり、喉にキンキンとしたビールを流し込む。爽快感が体の内側から一気に湧き上がる。


 お酒の美味しさが分かるような年齢にお互いなったのかとふと思ってしまう。「今の仕事ってどうなの?」や「この前の休みはどこ行ったの?」などたわいもない会話をしながら、二時間ほど飲んだところで先に麻里が酔いつぶれた。


 凌平は麻里のジョッキをそっと置き、会計を済ませて彼女に肩を貸しながら、店を出た。


「麻里、大丈夫か?」


 凌平は心配そうにそう声を掛けるが、麻里は「全然大丈夫……」と呂律の回らない口で返事をした。酔いを醒ますために下北沢の公園のベンチで休憩することにした。


 凌平は自販機で水を買い、麻里に手渡した。麻里は水を勢いよく飲むと、大きく息を吐いた。


「麻里、帰れるか?」

「うーん、わかんない……」


 そんなことを言いながら麻里は凌平の肩にもたれかかる。麻里の髪が凌平の肩にかかり、彼女の甘い香りが鼻をかすめる。少し艶めかしい香りに思わずドキッとしてしまうが、凌平は正気に戻ろうと首を振る。凌平は麻里の肩に手を当ててベンチから立ち上がるよう促した。


 麻里は「はーい」と返事をして立ち上がると、凌平の腕を掴んで体を寄せてきた。


「麻里、どうした?」


 凌平がそう尋ねると、麻里はゆっくりと口を開いた。


「ねえ……凌平……私さ……」


 酔っているだけなのかと思いきや、そうではないらしい。いつもとは違う雰囲気に凌平の心臓は大きく脈を打っていた。その鼓動の速さに思わず苦笑した。


「どうした……?」

「私……、凌平のことまだ好きなのかもしれない……」


 麻里はそう言うと凌平に体を寄せる。凌平はその体を思わず抱き締めそうになるが、なんとか理性を保った。ここで抱き寄せてもいいものかと悩んでしまう。


「あの頃とは違うよ……。私も大人になったし、色んなこと経験してさ……」


 凌平の理性は崩壊寸前だった。


「ねえ、凌平……私のことまだ好き……?」


 麻里はそう言って潤んだ瞳で見つめてくる。その姿はあまりにも扇情的で、いつもの清楚な麻里の姿とはかけ離れていた。だけど、目の前にいるのは紛れもなく大人の女性だ。


 そんな姿の麻里を見て、凌平は愛おしさを感じてしまっていた。


「ああ……好きだよ……」


 凌平がそう呟くと、麻里はゆっくりと目を閉じた。そして、唇を凌平に差し出すように向けてくる。彼女の小さな唇に触れるだけのキスをした。柔らかな感触に頭がくらくらしそうになるが、その唇の熱さで我に返った。


 結弦には偉そうなことを言ったが……。


 凌平も過去を忘れたかっただけなのかもしれない。ずっと一緒にいた彼女と別れたのは『eスポーツ』という界隈から身を遠ざけるためでもあった。


「俺、あの時は……、麻里のことを忘れようと必死だった。NRTのことも忘れようとして……」


 凌平は麻里を抱きしめながら耳元でそう呟いた。麻里は「うん、知ってたよ……」と呟くと、さらに強く凌平に体を寄せる。そして、彼女は大きな声で「ばーか」と悪態を吐いた。


「おい……!」


 凌平は突然の暴言に驚いてしまうが、麻里の耳は真っ赤だった。彼女なりの照れ隠しなのだろう。その様子が可愛らしくて思わず笑いが込み上げてくる。


「別に今からでも遅くないし、一緒にまた始めればいいじゃん!」

 

 麻里は笑いながら、凌平の背中を優しく叩く。その優しさに目頭が熱くなるのを感じる。やっぱり、この人には一生敵わないかもしれないと凌平は苦笑した。


 心の中で凌平は教え子たちを「世界」で戦える選手に育て上げることを固く誓った。かつて、NRT全員が目指した夢を今度こそは叶えてみせると、心に誓った。


(見ておけよな……、柳町!)

【コラム】

オンライン高校編は一旦完結となります。次回からは通常ストーリーに戻っていきます。登場人物も増えてきましたので次のお話に行く前に人物紹介を更新します。

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