069. あの頃の記憶(6)
とりあえず、休日に麻里と啓介の顔合わせをさせてもらうことになった。
「よう、久しぶり」
「おう、啓介も元気そうだな」
啓介と凌平は軽く挨拶を交わしてお互いの近況を語り始める。随分と久しぶりに会う割には、学生時代の頃と何ら変わらないやり取りだった。
「じゃあ、本題に入ろうか。そっちの子は?」
「あ、初めまして。東條麻里って言います。今日はよろしくお願いします」
まさかもう一人のメンバーが女性だとは思ってなかったらしく、啓介は面を喰らったかのような表情をしていた。この状況下でまさか女性の助っ人が来るなんて誰も思わないだろうしな……。
「麻里は『スコーピオン』っていうチームに所属してる現役のプロゲーマーだ」
「うん、それは知ってるよ。界隈で有名だしな。なるほど、それで……」
啓介は何か察したかのような表情を浮かべていたが、凌平は構わずに話を進めていく。
「場所をとりあえず移そうか……」
三人は電車を乗り継いで秋葉原へと向かった。実力を確かめるにはゲームができる環境が必要だ。NRT時代の時のように専用の部屋があるわけでもない俺たちは秋葉原のeスポーツカフェに赴いていた。
麻里は自分がいつも使ってるマウスを持参していた。まあ、「持っていくからね」とは言われていたので驚きはしなかった。
麻里が持参したマウスは最近流行りの軽量マウス。アメリカのゲーミングマウスメーカー「Finalmouse」の「Air58 Nino - Cherry Blossom Red」というものを使っていた。このマウスどうやらアメリカの人気ストリーマーの「Nino」と「Finalmouse」のコラボ製品らしく、その人気っぷりはかなりのものだ。日本の代理店で発売されたのが2018年12月14日で、発売と同時にすぐに品切れになり、麻里はその争奪戦に勝利していた。
「このメーカーのマウス扱いやすいんだよね。デザインも可愛いし、手にフィットするし。ほんとにいいマウス」
麻里は楽しそうにマウスの使い心地について語っていた。
凌平はゲーミングデバイスについては興味がない。使えれば何でもいいと思っていた。NRTの中でそういうデバイス関連に目がないのは牧野と柳町だったな……。
二人ともデバイスの発売日になるとすぐに買いに行って「あー、このマウスは違うな」みたいなよく分からない議論をしていたっけ……。何が違うのか凌平にはよくわからなかった。
デバイスなんて最新のセンサーがついてるものを使えばそれなりに戦えるだろうに……。
「キーボードもさ、本当は可愛いやつが欲しいよね。マウスに色合いとか合わせたいしさ」
麻里のゲーミングデバイストークは始まったらもう止まらない。それは昔からそうだ……。ていうか、ここに来た目的を憶えてるんだろうか……。
「おーい、麻里そろそろやるからな?」
「あ、うん……」
啓介はキーボードの押し心地に少しだけ違和感を感じているらしく、微妙な表情を浮かべながら繋げたキーボードを叩いていた。
「じゃあ、とりあえず軽く射撃訓練場でエイム合わせでもしますか」
啓介がそう切り出すと、凌平と麻里も同意して一緒のゲーム画面を起動する。
ゲームの感度は適当に割り振って、マウスの設定ソフトを起動して、DPIも昔よく使っていた数字に合わせ、一度マウスを振ってみる。動かした時の感覚はそこまで変わっていないので、武器を拾って適当にBOTを撃ってみる。敵に弾が当たった時の「爽快感」というのがスタバトの売りだという。
特に意識せずに打った弾が敵に当たる瞬間が気持ちよく「あー、皆が熱中する理由がわかるわ」と心の中で思った。最初の方は銃の反動制御に慣れずに動く敵に狙いを定めるのに苦戦した。だが、徐々に慣れてきて、感覚も研ぎ澄まされてくる。
(あー、この感じ……、なんだか久しぶりだな。なんだかあの頃に戻ったみたいだ)
「ねえ、凌平。そのマウス使いやすい?」
「 あ、あぁ。使いやすいよ」
「それ『Logicool G502 HERO』だよね。ちょっと重くない?」
「いや、そうでもないかな……。このくらいの重量感が丁度いいんだよ」
確かに麻里のマウスを一回使わせてもらったが、最近流行りの軽量マウスに慣れてるとこのLogicoolのマウスは重さが気になると思う。でも、これくらいが凌平には丁度良かった。
何より親指が側面にフィットする作りがとても良い。デザイン的にも手に馴染むし、何より親指ボタンが配置されているのが使いやすい。
「一回撃ち合ってみてもいいか?」
そう言うと麻里はどこか挑戦的な笑みを浮かべながら答えた。
「現役のプロに撃ち合いで勝てるかな?」
二人は一度お互いの距離を70mで合わせてみた。武器はアサルトライフルとショットガンという構成。麻里は近距離での戦闘が得意なのでサブマシンガンを愛用している。
「言っておくが、俺は初心者なんだからな。少しは手加減してくれよ?」
「手加減なんて、するわけないじゃない」
そう言って麻里は楽しそうに笑みを浮かべた。「この野郎」と心の中で毒づく。啓介が後ろでその様子を見守っている。スタートの合図と同時に凌平はすぐさま遮蔽物に身を隠した。
だが、麻里も負けじと即座に対岸の遮蔽物に移動する。
(随分と判断が早い……)
麻里の動作を見て、一発目の照準を合わせるのは至難の業だと思った。反応して瞬時に移動した動作の軽さは「THE WORLD」の非じゃない。
スタバトの面白さのはキャラの『アクション性』と銃撃戦の『爽快さ』だ。
今まで凌平がやってきたゲームとはちょっと方向性が違った。麻里は凌平が動き出すのを待っているのか、遮蔽に隠れながら威嚇射撃をしてくる。
(ガチで勝ちに来てんな……。初心者相手に大人げない真似をするもんだ)
だが、凌平も負けじとすぐに応戦する。遮蔽物から遮蔽物に素早く移動して麻里の距離を詰める。詰める間合いは完ぺきだったが、初弾を当てようとした瞬間に麻里は岩場の上から斜めにスライディングし、滑らかな方向転換を決めながらショットガンを当ててくる。
その時点でダメージレースは完全に麻里に軍配が上がっていた。
(く……、プロはやっぱ強いな)
キャラの動きの練度では勝てるわけがない。向こうの方がこのゲームの歴は長い。だったら、エイムでの勝負に持ち込むしかない。
麻里がまた反対側の岩陰に隠れた瞬間を狙って凌平も身を屈めながら移動を開始する。麻里は隠れるときに片時も目線を外さない。こちらが移動した瞬間、おそらく銃口を向けていることだろう。このまま距離を詰めて詰めて勝負に出るしかない……。
近距離での勝負に持ち込めばなんとかエイムの勝負に持ち込めると思った。麻里はさすがというべきか、勘が鋭く、素早く動きながらこちらの死角を突こうとしてくる。
(そんなに好き勝手にやらせるわけにはいかないな)
麻里が移動した先に照準を合わせて引き金を引く。だが、見事に弾を避けられながら、麻里は近距離でショットガンを撃ってくる。
凌平はまたすぐに遮蔽物に隠れて態勢を立て直すが、その瞬間にも麻里はすぐに距離を詰めてくる。啓介もさすがにこのガン詰めの動きには驚いたのか「すげえな……」と声を漏らしていた。
近距離でのショットガンが当たり、凌平の体力はゼロになった。
「やっぱ強いわ。目で追えねぇわ」
「いや、凌平も初めてスタバト触ったとは思えない動きだったけど……」
二人はそれぞれの健闘を称えると啓介の方に向き直した。啓介は何かを考えるかのように顎に手を当てていた。
「なんか……、二人の撃ち合い見てたら昔を思い出してきたよ」
啓介は昔を懐かしむように遠くを見つめながらそう言った。そういえば、啓介もよく柳町と撃ち合いやってたっけ。あの時はデスマッチだったけど……。10本先取でジュース奢りみたいなことやってたな。
「今度は俺が挑もうかな。NRTの暴走機関車『岡田啓介』久しぶりの撃ち合いといきますか……」
自分で「暴走機関車」って言うのかよっていうのは置いといて……。
啓介はゲームに入ると少し性格が変わる。普段は落ち着いた喋り方をするのだが、ゲームスタイルは完全な攻撃型。そのフィジカルセンスはチームでも屈指だった。あの「柳町」という怪物を除けば……。
だが、そのフィジカルは健在で麻里の軽快な動きにもちゃんとついていけていて、凌平より啓介の方が一枚上手に見えていた。でも、麻里の対面戦闘のセンスはそれを凌駕していた。
啓介が詰めてきてもすぐに凌ぎ切り、逆に啓介が詰めてきても上手くいなして撃ち返している。啓介のプレイヤースキルはかなり高い方だ。だが、麻里はその更に上を行く。
(相変わらず……、綺麗な動きをするもんだな)
自分の動きがマシになれば多分普通に戦えるなと思った。当初の予定通り「ARCADIA」に挫折を味わってもらおうという目的を達成することはできそうだ。
凌平は心の中でそんなことを考えながら、久しぶりにゲームに対して高揚感を抱いていた。
【コラム】
麻里が使ってるマウスは「Finalmouse Air58 Ninja - Cherry Blossom Red」ですが、これコラボ商品なんで属人名だけ弄ってます。Finalmouse使ったことはないんですが、何度か触らせてもらう機会はあって気になってはいるんですよね。作中で登場した「Logicool G502 HERO」に関しては、筆者が昔メインで使ってたマウスですね。使い心地最高だと個人的には思ってます。




