068. あの頃の記憶(5)
深夜の下北沢駅は閑散としていた。開発工事が進んでおり、見慣れた街は少しずつ変わっていく。それでも、どこか下北沢らしさは残っていてどこかほっとする。
凌平はとある人物との待ち合わせのため、下北沢の北口改札前にいた。
(そろそろかな……)
時計を気にしながら待っていると改札から小走りでこちらに向かってくる女性の姿があった。
「お待たせ、凌平くん」
目の前に現れた女性は、友人であり元カノの東條麻里。腰まである長髪を後ろで結び、ネイビーのカーディガンと白いワイドパンツというカジュアルなコーディネートに身を包んでいる。
麻里は凌平の高校時代の同級生であり、初めて交際した女性だ。今はお互い別の道を歩んでいるがそれでもこうやって時間があるときは会うようにしている。
「久しぶり、急に呼び出してごめん」
「ううん、私も会いたいなって思ってたからちょうど良かったよ」
凌平は麻里とは高校時代からの仲であった。
麻里と会わなくなってから、もう2年経つ。お互い連絡を取ることも少なくなっていたが……、こうしてたまに顔を合わせて近況を報告するだけでも懐かしさがどこかこみ上げてくる。
「凌平くん、全然変わってないね」
そんな他愛のない話をしながら二人は下北沢の街へと歩き出した。凌平は現状を相談する上で麻里を選んだのには理由があった。
彼女は「スコーピオン」というプロゲーマーチームに所属して、様々な活動を行っている。彼女と別れたのは2年前の事だった。2年前に企業とスポンサー契約を結び、当時女性の競技選手を集めていた「スコーピオン」に入団してプロゲーマーとして活動を始めた。
凌平はプロゲーマーとして活動していくうえで、自分の存在がきっと邪魔になると考えたので彼女と別れたのだ。
ただ、お互いに嫌いになって別れたわけではないので、今でも連絡を取り合って時々会う関係を続けていたりする。
行きつけの居酒屋に二人は入っていった。麻里は相変わらずで、どこか昔に戻ったようにリラックスした状態で話ができていた。
「それで、話って何なの?」
「んー、ちょっと相談があって……」
凌平はそう言うとぽつぽつと語り始めた。麻里は相槌を打ちながら手元にある梅酒に口をつける。チーム内での揉め事なんてものは日常茶飯事だ。だが、今回ばかりは事態が深刻で……。
「あー、スタバトの高校生部門の大会ね。私も結構気になってたんだよね」
やってきた焼き鳥を頬張りながら、麻里はそう言った。それと同時に、凌平が相談してきた理由を何となく麻里は察してくれた。
「チーム制の強いタイトルだとキッツいね。先生も大変だね」
「まあ、な……」
凌平は歯切れの悪そうにそう答えた。そして、麻里は「私をここに誘ったのはそんな愚痴を聞いてもらうためだけじゃないんでしょ?」と呟いた。凌平はそれに返答する代わりに本題を切り出した。
「問題はこの現状を良しとしている点だ。焦りを感じさせるためには一度挫折を味わった方がいい」
「ま、それは正しいかもね……。ただ、かなりリスキーな手段だと思うけど……」
スタバトには少人数での対戦モードが存在している。バトロワよりもより統率力が問われるそのモードで一度、大きな敗北を味合わせる。そうすれば、チームの課題が浮き彫りになってもおかしくはない。
「それで、私に声掛けたんだね」
「そういうこと。麻里にも協力してもらいたい」
麻里は呆れ顔になりながらも「まあ、いいよ」と承諾してくれた。正直、彼女の力添えがないと凌平には荷が重かったので助かった。だが、問題はまだある。
「でもさ、スタバトの少人数モードやるにしてももう一人足りなくない?」
「あぁ、もう一人は当てがちゃんとあるから大丈夫!」
凌平の自信ありげな回答に麻里はどこか心配そうな表情を浮かべながらもそれ以上は何も聞いてこなかった。
「ていうか、凌平はスタバトやったことあるの?」
「いや、俺は初心者。でも、別にさ触ったことなくても感覚でできちゃうし」
「凌平は昔からそういうところあるよね……」
麻里にため息をつかれてしまったが、昔からそうなのだ。凌平はやればできるタイプだった。
自分でもなんでできるのか理解できない。言語化できない。ただ、なんで周りができないのか理解できなかった。
でも、そんなタイプだったから教師になる時には色々苦労した時期もあったのだが……。
「とりあえず、来週までに計画練っておくよ」
「わかった。もう一人の人にもちゃんと会わせてね?」
凌平は首を縦に振り、焼き鳥を頬張った。凌平は下北沢から帰宅すると、自分の部屋でとある人物に電話をしていた。
(まあ、こうなるよな……)
電話口の向こうから聞こえてくるのは騒がしい音だった。「もしもし」と声が聞こえたので、凌平はそれに返答した。
懐かしい声、ずっと距離を取っていたその声に凌平はどこかくすぐったい気持ちになった。
「久しぶり、啓介」
そう、凌平が相談を持ち掛けたのは元チームメイトだった岡田啓介である。こうやって連絡を取ったのはいつぶりだろうか……。
「おう、久しぶり。凌平から連絡とか珍しいな。なんかあった?」
啓介は変わらず元気そうで少し安心した。たまに啓介のSNSで近況を窺っていたが、こちらから何か反応することはなかった。
啓介はいつもSNSにゲームのリザルトを打ち込んでいるイメージがあった。凌平とは違ってまだゲームを続けているようで少し安心した。
「ちょっと相談があってさ……」
凌平はチーム内のゴタゴタについて、事細かに啓介に伝えた。
「面子が足りなくてさ。協力してほしいんだ!」
「まあ、久しぶりの凌平の頼みだし協力するのはいいけどよ……。俺もかなりブランクあるぜ?」
確かに啓介の言う通りである。現在、現役で戦ってる高校生とやり合うなんて無理に等しい。まあ、別にやり合う必要はないのだが……。
「なんか、少し変わったな凌平。昔は誰かに何かを頼むようなタイプじゃなかったろ?」
「まあな、色々あったんだよ」
凌平は苦笑いを浮かべながらそう言った。確かに昔の自分だったら、人に頼ったりなんてしなかっただろう。啓介もそれを察したのか、それ以上深く言及はしてこなかった。
「ま、それはいいや。もう一人の子と早急に会わせてくれ話はそこからだ」
「分かった、来週には連れてくる」
啓介は「頼むわ」とだけ言い残すと電話を切った。凌平は携帯を机の上に置くと、安堵の息を漏らした。とりあえずは第一関門クリアといった所だろうか……。
(連携取れるか不安だよな。IGLは申し訳ないが麻里にすべて背負ってもらうことになりそうだ)
【コラム】
岡田啓介が出てきたことでメンバー全員が小説に登場です。こういう形でキャラを再登場させることを考えておりました。今後は鈴木凌平、紅林尚成、岡田啓介、牧野隆史がプロの卵を育てていくようなそんなストーリーを考えています。その中に転生した「柳町」がいるという。




