064. あの頃の記憶(1)
通信制の高校はほとんど校舎に行かなくていいので生徒との接点はない。普通に校舎に通っているような生徒もいる。
榛原結弦は人が嫌いだ。それは昔、彼の周囲にいた人間が全員クソみたいな奴ばかりだったからだ。
両親が離婚した際に引き取られた父の実家ではとんでもない扱いを受けた。彼はそんな環境で育ったからこそ人というものを信用しないようになった。
人は自分の利益しか考えていない。他人のことを慮るフリをして内心では自分のことしか考えていない。
結弦がゲームに初めて触れたのは小学校の頃だった。地元に居たチャラいイケメンの男と公園で知り合って初めてFPSゲームを自分にやらせてくれた。
ゲームにハマったのは、それがきっかけだった。
そのチャラい男とはゲーセンや家で遊んだりしていたが、次第に距離を取るようになった。疎遠になっていったが、結弦はまだその人のことを尊敬している。
だけど、それ以降に自分が初めて踏み入れたFPSの界隈はとても褒められたような世界ではなかった。
ネット上で「晒し」「炎上」「煽り」などの行為は日常的に行われている。今はSNSで情報を発信すれば瞬く間に拡散されるような時代、もはや人を称賛することも貶めることもたやすくできる。
「好きで嫌われてんじゃねぇよ。嫌われた方が楽だからそうしてるだけだ」
結弦は別に自分が嫌いな人間がいても構わないと思っている。自分に危害を加えるような相手でなければ無理に干渉する必要もない。
面と向かって何かを言えず、SNSでただ闇雲に何かを言う人間はその程度の人間である。
(雑魚が偉そうな口きいてんじゃねぇよ)
結弦は自分が正しいと思ったことは例えどんなことでも実行するし、それが正しいことだと思っている。だが、それを悪いことだと誰かに指摘されたところで改めるつもりはなかった。
結弦は自分が間違っているなどと一切思っていないのだから。
コートを着て外に出かけた。目的もなく自分のイライラした感情をどこかにぶつけようと思って家を出たが、特に行く当てもない。
「あーぁ、やっぱSNSなんて見るんじゃなかったな……」
最寄りの神泉駅を通り過ぎ、鍋島松濤公園まで向かう。ここは緑豊かな公園で古い水車がシンボル的な存在として設置されている。
こんな夜中に誰もいるわけもなく人気のないベンチにゆったりと座った。その公園でゆっくりとした時間を過ごすのも悪くはないと思いながら、結弦は公園のベンチに腰かけた。
(俺には仲間なんて必要ない……)
水車がゆっくりと回る音が心地いい。昼間は子供たちで賑わう公園も夜になればしんと静まり返っている。その静寂がなんだか心地よく思えた。
「はぁ、もういいや。帰ってゲームでもするか……」
そろそろ帰ろうかと思って立ち上がると後ろに人影が見えた。こんな時間に自分以外にも人がいたのかと若干驚いたが、特に気にすることもなくその場を立ち去ろうとする。
だが、その人影は結弦の肩に手を置いた。
「こんなところで何やってんだ?」
「お前誰だよ」
そう言って振り返った瞬間、その人影の正体を見た榛原はどこか懐かしい気持ちになった。スーツを着たチャラいイケメン、その男はどこかで見たような顔だった。
「は?」
その男は結弦の顔を見て安心したような表情を浮かべ、
「なんか見ないうちに大きくなったな。憶えてるか?」
「……誰ですか?」
「あぁ、憶えてないか。俺は鈴木凌平、昔一緒にゲームして遊んでたよな」
鈴木凌平、その名前には聞き覚えがあった。NRTはFPS界隈では『伝説』になっている。牧野隆史、鈴木凌平、岡田啓介、紅林尚成、柳町俊吾の五人。
もし、柳町俊吾が事故に遭わず、世界大会に出場していたらアジア圏初の世界1位を獲得していたのではないかという声もあるほど、確かな実力を持ったプレイヤーたちだった。
そして、そのイケメンの笑顔はまさしく俺が中学の時に一緒にゲームをやって遊んでいた「にーちゃん」その人だった。
「やっぱ、覚えてねぇか。顔変わってねぇから間違いないと思うんだけどな」
「いや、憶えてる。にーちゃんだろ?」
「おぉ、やっぱ憶えてたか」
そう言いながら微笑む凌平はどこか懐かしむように目を細めた。
「それにしても大きくなったな。お前今、何歳だ?」
「15歳」
「高校生だよな」
「そうだな、来月誕生日だから16歳になる」
結弦は心の奥底でなんで凌平がここにいるんだという疑問を浮かべたが、それを聞く前に凌平は「ごめんな」と言葉を返した。
「いきなり消えちまってごめんな。大切な親友を亡くしてな……。あの時の俺は何もできなかった」
そうか、そうだったのか……。にーちゃんが鈴木凌平なのだとしたらあの時の実力の高さと経験の豊富さも頷ける。
「で、こんなところで何やってるわけ?」
凌平はベンチに腰かけるとそんなことを尋ねてくる。それに対して結弦は素直に答えることにした。
「なんかムシャクシャしてぶらぶらしてたら、この公園が目に入ったからなんとなく来た」
何か言うわけでもなく「話があるなら聞くぞ」と言わんばかりにこっちを見続ける凌平の視線を背中に感じながら結弦は口を開いた。




