061. 月の名所は桂浜(2)
芽依とは前世の記憶から割かし長い期間接してきた。
ただ、それは血は繋がってないけど「お兄ちゃんと妹」そんな関係性だった。10歳の少女と20歳の成人男性、普通なら恋愛対象にはならない。
ただ、転生によってそんな年齢差は撤廃された。
今の現状は、同い年の少女が同い年の少年に告白する。そんな状況だ。そこに世間的な"矛盾"など存在しない。
脳裏にチラつくのはあの病室での幼かった少女だった。だが、自分の視界に映っているのは浜風で髪を靡かせた可憐な少女の姿。「私ね、お兄ちゃんこと大好き!」と言っていた、幼い彼女の面影はもうない。
そして、今の彼女の姿に俺は心が揺さぶられている。ならもうそれはそういうことなのだと俺は思った。
もう俺は柳町俊吾ではない……、守月裕樹なのだから。
「芽依、俺は君のことが好きだ」
思い浮かんだ言葉。俺の胸の中にある言葉をそのまま伝えた。すると、彼女は海からゆっくりと俺に視線を移す。そして、徐々に顔を紅潮させていった。
そんな彼女の姿を俺は一生忘れることはないだろうと思った。
夕焼けの朱色と海の美しさに染められた芽依は少し目を潤ませながら俺を見つめながら、そしてゆっくりと口を開いた。
「私も、守月君のことが好き」
そう言った彼女の頬は赤く紅潮し、その微笑みはとても柔らかかった。それは10歳の子でもなくて1人の16歳の女の子がするような大人びた微笑み。
芽依の告白は"答え合わせ"なんだろうと俺は思った。俺の返事に対して、芽依はくすっと少し笑う。そして、「今更だけどさ……」と言葉を続けながら胸に飛び込んでくる。
胸でそっと抱きしめた彼女は華奢で柔らかい。そして、次に芽依が続けた言葉で俺は自分の心臓が大きく跳ね上がるのが分かった。
「守月君はさ、私のこと憶えてる?」
胸に抱く芽依の顔を覗き込むと芽依は意味があるように視線を僅かに逸らした。答えなくても答えなくてもどっちでもいいといった感じだった。
俺はその問いに少しだけ間を開けて真意を確かめようとする。
「それってどういう意味だ?」
「昔の私のこと、憶えてる?」
別の意味で心臓が跳ねる。芽依は前世での記憶のことを言っているんだろう。だけど、なんとなくそうなんじゃないかと薄っすら気づいてはいた。
(流石に会話が不自然だったのかもしれないな……)
こんだけ身近にいれば不可解な点が出てくる。そんな小さな不可思議を繋ぎ合わせて芽依は本質に辿り着いたのかもしれない。
ずっと前から俺と芽依は一緒にいた、出会っていたという。その事実から芽依とは特別な接し方をしていたのは事実である。
出会った時間軸と仲良くなるまでの時間が釣り合わない。もっとお互いに長い時間話をしていたようなそんな錯覚に気づいていないわけがなかった。
(まあ、別に隠してきたわけじゃないし)
だから、俺は下手に誤魔化すのはやめた。どうなるなんて後で決めればいい。だけど、転生したという直接的な答えは返さなかった。
「あぁ、憶えてるよ」
俺の返答に芽依は「そうだよね」と呟いた。そして、彼女は俺のことを見上げるように見つめる。その潤んだ瞳は何を思っているのか俺にだけ理解できる。
悲しさ、嬉しさ、戸惑い、そんなぐちゃぐちゃな感情が全て渦巻いて瞳が揺らいでいるように思えた。
芽依は俺の胸から離れて夕焼けが反射する海を背にして俺に言う。
「私ね、一生ついていくから……。叶えられなかった夢をもう一度一緒に叶えたい」
「あぁ、俺も芽依と一緒に夢を叶えたい」
そう答えると芽依は嬉しそうに微笑んだ。芽依は直接的に言葉に出さなかったが、俺が『柳町俊吾』であることを確信している。
だから、俺も敢えてその事実を口に出すことはない。
感傷に浸って何か語るわけでもなく芽依は単に「俺が転生前に成し遂げられなかった夢」を一緒に叶えたいと言ってくれた。
夕陽が沈む桂浜を見下ろす龍王岬。その岬の上に位置する展望台からは目の前に水平線が広がる広大な太平洋が一望できる。
そんな、美しい大海原を見て芽依は目を輝かせていた。
「やっぱり、この世界ってやっぱり広いよね」
そう呟いた彼女に俺はゆっくりと口を開く。
「あぁ、そうだな……。俺が思っていたよりも世界は広くて綺麗で優しい」
俺の言葉に対して芽依は「うん」と笑顔で答える。俺たちはもう何も言葉にしなくても大丈夫だと思った。互いに前世の繋がりを認識できた。
そして、俺たちの関係性が特別なものになったことでお互いに蟠りは消えた。
「じゃあ、帰ろっか!」
そう言って彼女は俺に手を差し出す。そんな芽依の手を俺はゆっくりと掴んだ。あの時とは違う少しだけ成長した手を握って浜辺を歩いた。
【コラム】
桂浜に行ってみて思ったんですけど綺麗ですね。こういうところでやりとりさせたいなとか思いながら撮影した「海津見神社」の展望台からの写真を挿絵にしてます。また、芽依と柳町は付き合いが長いという設定で、高校生の時からずっと病室でゲームして遊ぶような関係性です。そこのところ掘り下げたいので、外伝などで過去の話も書いていけたらいいなと密かに思っております。




