058. 偽りの仮面(1)
eスポーツカフェで黙々とコーチングを受け、日も暮れ始めた頃。ゲームを切りのいいところで終わらせて、三人はカフェを後にした。
「なんか……すみません、二人とも付き合わせちゃって」
「いいのいいの気にしないでよ」
菜希が申し訳なさそうに言うと紅林は笑いながら首を振る。牧野も無言で頷いている。
「紅林、明日も同じ時間に集まれるか?」
「あぁ、その時間になったら電話鳴らしてくれ多分寝てる」
紅林はプロチームの配信者である。生活リズムが普通の人間とはかけ離れているため、今日のように決まった時間に集まれることは珍しい。
「なら、また連絡するから無視するなよ?」
牧野のその言葉に紅林は「了解っす!」と言ってタクシーを捕まえて帰っていった。埼玉県に一人暮らししていた紅林は今は都内に住んでいる。
「明日も練習付き合ってくれるんですか?」
「そのつもりだよ。紅林に色々言われて疲れただろ。一旦、頭の整理してから明日もやろう」
牧野がそう言うと菜希は嬉しそうに笑った。それを見て、少し安心した。ブロック代表決定戦で彼女の心が折れてしまったのではないかと心配していたが……、それは杞憂だった。
彼女はまだまだ強くなることができる。
「明日もお願いします」
「あぁ、もちろんだよ」
そう言葉を交わして二人は帰路につこうとする。東京の夜は長いなと菜希は思った。高知の町はすぐに店が閉まってしまうため、夜になってもこんなに人が出歩いて店もやってるなんて菜希にとっては新鮮だ。高知の夜は屋台を見て回る酔っ払いのおじさんくらいしか外を出歩いてるようなイメージしかない。
「篠宮さんの予約したホテルの最寄りはどこ?」
「池袋です」
「そっか、じゃあ方向は一緒だから一緒に帰ろうか」
そう言って牧野は菜希をホテルまで送ってくれると言ってくれた。その言葉が嬉しくて、少し心が踊った。
「あそこのホテルです」
菜希はそう言いながら池袋にあるホテルを指さす。そのホテルはビジネスホテルのようだが、内装は非常に綺麗だった。
「ビジネスホテルってもっとシンプルな内装のイメージなんだけど、綺麗でいいところだね」
牧野はそう言って手を振って菜希と別れる。本当はもう少し一緒にいたかったが、わがままを言えるような立場ではない。
菜希はそんなことを思いながらホテルの中に入っていく。
エレベーターに乗って自分の予約した部屋がある階にたどり着くとフロントにチェックインするために立ち寄った。
「すいません、予約してる篠宮ですけど……」
「はい、少々お待ちください」
そう言って、フロントの女性は予約リストを開く。
「はい、ご予約の篠宮様ですね。こちらキーカードになりますので無くさないようにお願いします。ルームサービスもございますので何かありましたらお電話ください」
「ありがとうございます」
そう言ってキーカードを受け取り、部屋の前まで移動する。渡された鍵で扉を開けて、部屋の中に入る。中は広々としていて、白を基調とした内装が清潔感を引き立てている。
「結構広い……」
持っていた荷物をソファーに置いて、窓を開ける。東京の街は夜でも明るい。下を見れば車のヘッドライトが光っていて、どこか寂しさも感じるが人工的な光がひしめいていることに変わりはない。
「これが高知だったら……星とか見えるのかな」
そんなことを呟きながらベットに横になる。普段の環境との違いからか少し身体がだるい。
「お風呂は後で入ろう……」
そう言って、スマホを手に持つとさっき送ってもらった自分のプレイを見返す。実際に隣で見せてくれた紅林のプレイを並べながら自分のプレイと照らし合わせる。
「うーん、まだダメだ……」
紅林のアドバイスを受ければ受けるほど、自分がいかに基本ができてないか思い知らされる。相手の動きや状況を見てから動くのでは遅すぎるのだ。
行動を起こす前の分析が甘いから毎回後手に回ってしまっているように感じる。
「明日はもうちょっと上手くできるかな……」
紅林のコーチングを受ければ受けていくほど、自分の欠点が浮き彫りになっていく。だが、改善策も提示してくれているので、今回はそれが特に収穫に感じられた。
脳裏に浮かんでくるのはブロック代表決定戦の決勝ブロックで守月が見せたプレイだ。あのゲーム運びを見てから、何か自分の中に迷いが生まれた。
練習では彼と張り合えるくらいだと思っていた。だけど、決勝ブロックで菜希は守月裕樹という人物が自分の遥か高みにいることを知った。
彼はゲームのセンスがある。
いくら菜希が食らいつこうとしても、いつの間にか置いていかれてしまう。迷いがない、邪念がない、ただ純粋にゲームを楽しみ、相手を潰すことだけを考える。
そんなプレイングに菜希は憧れを抱いてしまった。
「私も……あんなふうになりたいな」
それがどんな感情なのか、まだ菜希にはよくわからなかった。だが、守月のプレイを見てからなぜかその感情は肥大化していくばかりだ。
「なんか食べよ……」
ホテルのレストランでもコンビニでもいいから何か食べようと扉を開ける。エレベーターに乗り込んでロビーまで降りる。ロビーはガランとしていて、受付にすら人がいない。
ただ、ソファーに紅林がいるのを見て菜希は少しだけ驚いた。
「あれ、帰ったんじゃなかったんですか?」
「ちょっと、言い忘れたことがあってね。もしかして、夕飯まだ食べてない?」
菜希が黙って頷くと紅林は池袋のこじんまりとしたラーメン屋に連れててくれた。紅林は自分が奢るからと言って菜希に味噌ラーメンをご馳走してくれた。
「ありがとうございます」
「いいのいいの、それで言い忘れてたことなんだけど……」
紅林はそう言って箸を止めて少し真剣そうな顔を見せる。その様子を見て、菜希も箸を置いてしっかりと彼の目を見る。
「昼間にごちゃごちゃ言ったけどさ、要はもっと自分を出していいんだぜっていうこと」
「自分を出していい……?」
その言葉に菜希は首を傾げる。紅林は運ばれてきたラーメンを啜りながら頷く。
「あぁ、遠慮してちゃあダメだってこと」
「え、遠慮なんかしてないですよ」
「君さ、一見真面目そうだけど……、実際は滅茶苦茶性格悪いでしょ?」
ドキッと心臓が跳ね上がる。言葉にされて、「はい」と即答で肯定できるほど菜希のプライドは低くはない。菜希がそんなことを考えながら黙っていると、
「まあ、別にそれを悪いとは思わないよ。人間誰しも裏表はあるもんだからね」
紅林はそう言って麺を啜る。
「そ、そんなことないです」
「いや、あるね。大人しそうな顔して実は口悪いでしょ。自分に対しても他人に対しても」
そう言って紅林は菜希の方をじっと見る。その目は逃がさないぞという圧を感じた。
「別に否定はしないですけど……、それって性格悪いって言うんですか?」
「僕は別に責めてないさ。むしろ、褒めてるよ。FPS向きだよ、内面はね。それを押し隠してプレイしてるから窮屈じゃない?って聞いてるの」
紅林の言葉に菜希は黙り込む。図星だった。自分の本音も、自分の意見も、全部奥底に隠してゲームをプレイしてきた。それを初めて見破られた気がした。
「別に今のままでも十分強いし上手いよ普通にゲームやる分には」
そう呟く紅林に菜希は無言で耳を傾ける。
「だけど、自分のやりたいことを押し殺してプレイしてて楽しい?」
そう問われて菜希の頭の中が真っ白になった。
「君は本当はもっと自分が思っていることを自由にやりたいはずだ」
そう言葉を続ける紅林。その目は菜希のことをしっかりと見据えている。
「ただ、今の環境がそれを許してくれないんだろ? だから、ゲームの中でも本音を押し殺して、優等生を演じてる」
図星だった。菜希は毎日の生活で本当の自分を押し殺している。もっと自由に接したい。だが、周りはそれを良しとしてくれない。
篠宮菜希という人物はこうあるべきという自分の中での仮面を一生外せずにいる。
「だったらさ、一度くらい自分を曝け出してもいいんじゃないか?」
紅林はそう言って箸を菜希の方に向ける。
「自分を作っても本物には勝てないんだぜ?」
その言葉は菜希の心を強く打った。そんなつもりはなかった。だが、深層心理ではかなりそのことを気にしていたのかもしらない。
「まあ、いきなり自分を出してみななんて言われても無理だろうからさ」
紅林はそう言って箸を置いて一息つく。
「とりあえず、自分の好きなように自由にやってみなよ。考えて、考えまくるよりも簡単でしょ?」
そう言って紅林はニッと笑いながら、箸を持った。それを見て菜希も箸を手に取る。ラーメンを啜りながら紅林は麺を食べ終えていた。スープまで飲み干し、満足そうに息をつきながから器の縁を指でなぞっている。
「これで大惨事になったら責任取ってもらいますからね」
菜希は紅林に向かってそう言った。その言葉に紅林は笑いながら「どうぞ」と頷いた。




