006. 壊れてしまった夢(1)
世界大会まで残された時間は一週間――、
台湾で開かれる世界大会に向け、俺たちは毎日のように練習に明け暮れていた。世界大会は三日間行われ、一日ごとに世界各国の代表同士でトーナメントが行われていく。
NRTの世間での評判は非常に良かった。このチームが世界で戦えないとなると日本代表が活躍するのは厳しいと称される程には期待されている。
そんな様々な期待を背に受けながら――、
午前中は相手チームのプレイ映像を見て、気づいた点を挙げて相手チームの対策を練る。夜はマップを限定してひたすらチーム内での連携の練習を行う。
NRTが練習スペースとして借りているアパートは設備が整っており、所謂ゲーミングハウスというやつで、部屋はゲーミングデバイスだらけでこの空間だけは別世界のようだった。
こんな空間はとてもじゃないが、第三者に見せられない。
床には予備で購入しているゲーミングマウスやキーボード、マウスパッドなどが散乱している。俺がいつも使っている"Razer DeathAdder 2013"も故障した時に備えて予備機を用意してある。
もはや、散らかり過ぎてどれがどれだか分からないけど……。
「じゃあ、今日の練習はこの辺にしておこうか」
「あぁ、お疲れ様……」
牧野の言葉を聞いて、俺たちはゲーミングチェアにもたれ掛かる。大会が始まってからはずっとこんな感じだ。朝から晩までゲーミングハウスで知識を詰め込む。
大会での反省を生かすために、大会の映像を見ながら何度も振り返り、その度に修正していく。本番に近づくにつれて緊張感がどんどん増している。
だけど、不思議と嫌な気持ちはない。
「あぁ~、もうだめだ。頭がパンクする!!」
「お前はもっと勉強しろよ。英語くらいは話せるようにならないと駄目だろ?」
「あぁ、わかってるけどさぁ、覚えることが多すぎて大変なんだよ。語学まで覚えるとなると、もう無理だわ。ゲームだけで勘弁してくれ!」
「俺だってそうだよ。もうちょっと高校で勉強しておくべきだった」
「……だよな。はぁ、頑張らないとな」
海外のプレイヤーは当然母国語で意思疎通をしている。過去のアーカイブ映像から彼がどのように考え、どのように動いているかを紐解いていくにはその言語を翻訳するしかない。
翻訳作業は大変骨の折れる作業ではあるがこれを乗り越えなければ上に行くことはできない。
「とりあえず、今日は解散しよう。明日に備えて英気を養うんだ」
「んじゃ、俺は先に帰るな。おつかれさん」
ゲーミングハウスで泊まる奴もいれば実家に帰る奴もいる。俺はNRTを作る前に一人暮らししていたアパートがすぐ近くにあるのでそっちに帰るようにしている。
あのアパート全員が泊まれるほどのスペースはないしな……。
俺は帰り道にあるコンビニで弁当を買い、家路につく。最近はカップ麺や冷凍食品ばかり食べている気がするが、健康面を考えると自炊した方がいいのだろう。
(まぁ、料理なんてできないし……、面倒だからしないんだけど)
一人暮らしを初めて一年になるが、未だに家事スキルというものが身に付いていない。洗濯機に服を入れて洗剤を入れれば自動で洗って乾くと思っているレベルで何も知らない。
親元を離れて、自由を手に入れたと同時に母親のありがたみを知った。
渋谷駅から山手線に乗り換えて高田馬場駅で下車すると、駅のホーム内で馬鹿騒ぎしている学生とすれ違う。まったく呆れるほど能天気な奴らだな。
俺はスマホを取り出し、時間を確認する。時刻はまだ午後8時前。だが、辺りはすっかり暗くなっており、街灯が道を照らしている。
私服の若い学生やスーツを着た会社員の大群に交じりながら俺はため息を吐いた。
(今日はやけに人が多いな……)
そんなことを考えながら歩いていると……、突然ポケットに入れていたスマホから着信音が鳴り響く。画面を見るとそこには『牧野』と表示されている。
(なんだよ……、牧野の奴、こんな時間に……)
俺が電話に出ようとした瞬間に道路から大きなクラクションが聞こえた。
反射的に音の方向に顔を向けると……、暴走車が迫ってきているのが見える。耳元で牧野の声が聞こえた。咄嗟に、どうやら電話に出ちまったらしい……。
「おーい、柳町。明日の練習メニューなんだけどさ……」
「あ、危ないッ!!!」
だが、そんなこと気にする前に、俺は思わず反射的に大声をあげる。しかし、運転手の耳には届いていないのかそのまま突っ込んでくる。俺は慌てて避けようとしたがもう間に合わない。
「おい、柳町!? どうした????」
視界の端から物凄い速度で迫ってくる車に恐怖を覚えた。
次の瞬間――、
けたたましいブレーキ音と共に……、激しい衝突音が街中に響き渡り、俺の意識はフッとそこで途絶えた。




