057. 特別コーチング(4)
「じゃあ、早速始めるか。紅林は菜希のプレイを横から見ながら気づいた点があれば共有してくれ」
「了解です」
牧野がそう言うと、紅林は頷いて中央の画面に集中する。誰かに見られながらプレイするというのはいつもの同好会では慣れているが、普段とは違う環境でプレイするのは緊張ものだ。
「篠宮さん、基本的に紅林は石っころだと思ってくれて構わない」
「石っころってひどいっすね」
牧野の雑な扱いに紅林は不服そうに頬を膨らます。そんな二人のやり取りを見て菜希は少し笑いながら、画面に集中した。
「まず最初にやってみて、それから気になった点を指摘していくから、思ったままにプレイして」
「はい、わかりました」
菜希がそう返事をするとゲーム画面が切り替わる。見慣れたスタバトのステージが映し出され、フィールドに降り立ち、高台から全体の様子を見る。どうやら、まだ誰も攻めてきていないようだ。
いつもとは違う環境、見知らぬ人との連携、同好会でプレイしている時とは違う感覚に菜希は戸惑いながらもキーボードを叩く。
野良でマッチングした人は連携のれの字もない。いつもの指示出しがないと困る場面が多々ある。だが、自分の目の前にはプレイを見ているコーチがいる。
自分に足りないものは何か、まず役割がハッキリしないというところだった。絶対的前衛にはアイツがいるし……、指示出しを全て芽依に任せきっているせいで自分自身の役割がイマイチ理解できていない。
「牧野さん、菜希ちゃんってFPS歴何年なんですか?」
紅林は集中している菜希に聞こえないように耳打ちしてくる。牧野は画面を見て、次に野良プレイヤーとの連携を観察する。
「彼女はNRTの俺らのプレイを見てFPSを始めたらしいから歴自体は長いな」
「あー、なるほどっすね。どうりで……」
紅林は関心しながら、菜希のプレイを目で追っている。牧野も画面に目を向けるが、彼女はどこにでもいる一般的なFPSプレイヤーだった。特にずば抜けている動きをするわけでもないし、他のプレイヤーと連携がイマイチできているわけでもない。
「もう一人の子も僕らに憧れてゲームやり始めたって聞いてるんだけどな」
「牧野さんも自分も憧れるような世代になっちまったってわけですね」
そんな軽口を叩きながら紅林は牧野に視線を向ける。牧野はニヤリと口角を上げながら紅林に言う。
「だから、次の世代のためにも的確なアドバイス頼んだ。アイツの夢のためにもな……」
「了解っす」
紅林は短く返事をして、今度は菜希のプレイが終了したと同時にパチパチと手を叩きながら菜希に「ナイスプレイ!」と称賛の声をかける。
「うん、基本はできてると思うよ。エイムも悪くないし……」
紅林はだけどねと付け加えながら菜希に助言を授けていく。紅林にしか分からないこともあるだろうから、牧野は彼の言うことに黙って耳を傾ける。
「基本的な動きもできてるし、味方の動きを見てる感じはあるね」
菜希の動き方や戦況把握を見ていると確かに紅林が言っていることに間違いはない。しっかりと相手プレイヤーの動きを見ているし、視野の広さもある。
「ただ……」
紅林は菜希の録画していた映像を再生しながら弱点を指摘し始める。
「違うタイトルのゲームを長くやってた人特有の動きなんだけど菜希ちゃんは移動が遅いね。スタバトは「THE WORLD」と違ってバトロワゲームだから移動が命なわけさ、クリアリングよりも味方に付いていく方が重要っていうのが根本にある。クリアリングを軽視してるわけじゃないよ。ただ、バトロワは前線キャラが情報を拾ってくるからそこまで丁寧なクリアリングはいらない」
紅林が言っていることは牧野も思っていることだ。そもそも、「THE WORLD」はタクティカルシューターというジャンルのゲームであり、バトロワとは性質が大きく異なる。タクティカルシューターの大きな特徴は一般的なシューティングゲームよりもプレイヤーの移動が遅く、精度が格段に低く、弾薬の距離減衰があることだ。
龍馬ゲーミングの残りの二人はこれらのジャンルを完全に切り分けて考えている。スタバトは非常にアクション性が強いゲームであり、銃の反動もそこまで難しくない。
タクティカルシューターゲームをずっと齧ってた人間にとってはこの移動速度とクリアリングのメリハリのつけ方は難しく感じるという人もいる。
「さっきの試合ってさ、菜希ちゃんはどういう風に考えてプレイしてた?」
紅林にそう問われて菜希は「えーっと」と言いながら考え込む。
「単純に、誰もクリアリングしてないからちゃんとクリアリングした方が……と……」
「まあ、普通の考え方だよね」
紅林はそう言って言葉を区切る。おそらくここからが本番だ。牧野も一言一句聞き逃さないように集中する。
「スタバトってかなり多いダメージ入らないと死なないわけ。どちらかというと本当に重要な局面で部隊から遅れをとる方が致命傷になる」
紅林が何を言いたいのか、牧野は理解できた。要はゲーム性の違いだ。バトロワはいかに安全地帯に移動するかが鍵になるゲーム。逆にタクティカルシューター慣れしている菜希は慎重に行動しようとする傾向にある。このギャップが菜希の移動速度の遅さを引き起こしている原因になっている。
「これはもう実践を積んでくしかないけど高知に帰るまでに自分がカバーできる限界の範囲を憶えてもらうよ」
紅林はそう言いながらこっそりと菜希に耳打ちする。
「負けたくない奴がいるんだろ?」
菜希はその言葉に目を見開いた。
「なんで、それを……」
「それは菜希ちゃんと同じだからさ自分も比べられてきたからね天才と」
菜希は紅林にそう言われ、納得する。ずっと一緒にいた天才というのが誰だかは聞かなかった。NRTの長年のファンだった菜希がわざわざ口に出すことじゃないと思ったからだ。




