056. 特別コーチング(3)
スカイツリーはいまや東京タワーに変わって東京の観光名所の地位を確立している。浅草に近いその立地は外国人観光客の受けもよく、今や東京一の観光名所と言われるまでになっている。
「私、スカイツリー初めて来たんですけどこんなに高い建物なんですね」
菜希はスカイツリーを見上げながらそう言った。高さ634メートルのその建造物ははるか上空を突き上げるように聳え立っている。
「634メートルもあるからな」
「数字を言われてもそんなにピンとこないですよね」
紅林がそうつぶやく。まあ、確かに数字言われてもあんまり凄さは伝わらないけど……。だが、その高さは登ってみると実感する。
「でも、景色いいですね」
紅林の言う通りこの展望台には東京の中心部を展望することができる。東京を一望することができる展望台はまるで見下ろしている景色がミニチュアのように見えて、それは絶景の一言だった。
「この展望台にいるとなんだか自分がちっぽけな存在に思えるな……」
牧野は昔東京タワーに行ったときも同じようなことを思ったが、スカイツリーの展望台の方がよりそう思った。飛行機の中から見下ろす東京の景色には無限の可能性が広がっていて、その一つ一つの場所に人の生活があると思うとなんだか感慨深い。
「なんかこの高さから見ると人がゴミみたいですよね」
紅林がそんな牧野の思考をぶち壊すようなことを言い放つ。まあ、昔からこういう奴なのはよく分かってるけど……。
「そんな感想出てこないわ」
「そうですかね。意外と牧野さんって清純派の人間ですよね」
牧野が紅林とそんな話をしていると、菜希は不思議そうに首をかしげながら話に耳を傾けていた。いかんいかん、馴染み深い奴が隣にいるとなんだか内輪ノリみたいな感じになってしまう。
「あ、ごめんね。なんか俺たちだけで盛り上がって……」
牧野は菜希に謝ると彼女は笑いながら首を横に振る。
「いえ、お二人って本当に仲が良いんだなと思って」
「まあ、腐れ縁みたいな感じだけどな……」
そう、紅林とはかれこれ7年くらいの付き合いになる。柳町が事故でなくなってからもずっと連絡を取り合っていた仲だ。お互い気心しれているし、俺が龍馬ゲーミングのコーチに就任するときも背中を押してくれたのは紅林だった。
「さ、下のソラマチでご飯でも食べて次の場所行こうか」
紅林はそう提案して牧野たちは東京ソラマチに移動した。東京ソラマチは300店舗以上のショップが軒を連ねており、平日にもかかわらず多くの人々で賑わっていた。人通りの多さは田舎の比ではない。高知駅の観光客など可愛く見えるほど都会の人間のエネルギーは凄まじい。
「東京ってこんなに人がいるんですね……」
菜希がそんなことをポツリと言うので牧野と紅林は頷く。一本の通りに並び立つ店舗の数に菜希は目を輝かせながら、展望台の時と同様にきょろきょろと辺りを見回していた。
「紅林、ソラマチって何が有名なんだ?」
「いや~、大見得切って案内するって言ったんですけどあんまり詳しくなくてですね……。ただ、ハンバーガーのお店なんかどうすか?」
ソラマチの1Fにあるレストランを紅林は指さす。ソラマチにはそういった飲食店がかなり多く、そして大体のお店が長蛇の列だ。お昼時ということもあり、和食などのレストランは満席状態だ。
「いいかもな、テイクアウトして外で食べようか」
牧野がそう言うと、紅林は「いいっすね」と賛同して早速レストランに並んだ。少し待っていると意外と早く注文の順番が来た。男二人はハンバーガー、菜希はサンドイッチを頼み、テイクアウトにしてもらう。
「それにしても凄い人だかりですね……」
菜希はレストランでテイクアウトする時、周りの人混みを見て少し不安そうにそうつぶやいた。この中からスカイツリーに移動するのも一苦労しそうだが……。
持っていたツナサンドを手に取りながら先程入ったスカイツリーの入場口付近のベンチに菜希は座った。
「紅林ここからなんだが……、次の行き先は秋葉原でいいか?」
「もしかして、eスポーツカフェっすか?」
感が鋭いなと思った。紅林はニヤリと笑いながら「まあ、牧野さんならそう言うと思ったっす」と言ってきた。どういう意味だよと心の中で突っ込む。よくよく考えたら付き合いも長いし心の中で考えてることなんてお見通しか……。
「秋葉原のeスポーツカフェと言えば『ROCKET e-cafe』っすよね。最近オープンしたばっかで気になってたんですよね」
どうやら、紅林も行きたかったらしい。そう、コーチングするにも環境がなければできない。現状を把握してもらって、個人にあった改善点を見つけるためにも環境作りは重要だ。
「じゃあ、次の目的地は秋葉原にするか」
牧野がそう言うと紅林と菜希は頷いた。これで次の目的地は決まり、牧野はハンバーガーに齧りつく。
「そういえば、デバイスとかってどうします?」
「一応、マウスは持ってきてるんですけどキーボードは……」
手に馴染んでないデバイスを使ってもしょうがないのでキーボードは現地で同じものを買うことにした。
「なら、ゲーミングデバイスは僕が買っておくから先にカフェに入っててもらって」
牧野がそう言うと菜希は驚いて目を見開く。
「いや、さすがにそれは……」
「スペアは必要だよ。デバイスは永久に使えるわけじゃないしね」
遠慮する菜希に俺はそう言って彼の背中を押してやる。紅林も牧野の意図を察したのか隣で頷いていた。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えます」
菜希はそう言ってサンドイッチを口に運ぶ。紅林はこちらを向いて微笑んでいる。
菜希が使っているキーボードはHyperXの『HyperX Alloy FPS Pro』で、界隈ではかなり有名なキーボードを使っていた。マウスもHyperXで統一しているらしい。ちなみに、型番は『HyperX Pulsefire Core RGB Gaming Mouse』だそうだ。マウスに関しては今やセンサー性能がいいのは当たり前だ。
後はどれだけ付加価値をゲーマーに与えられるか、手に馴染むかが等がデバイスを選ぶうえで重要になる。
「にしても、HyperXとは渋いね。みんなロジクールとかから入るのにね」
「最初に握ったマウスがそうだったんです。だから、HyperXのマウスが使いやすくて」
「分かるよ、俺もそうだった。なんか最初に握ったマウスって安心感あるよな」
紅林と菜希はそんな会話をしていた。デバイスは選手にとっては非常に大きいものだ。コーチとしてデバイスには関与しないと決めている。何がいいかと問われれば答えるが自主的に使ってるものに関して何か口出しをすることはない。
「さて、着いたね。ここが巷で噂のeスポーツカフェというやつですよ」
秋葉原にあるビルの真正面にはでかでかと『ROCKET e-cafe』の文字が書いてある看板がある。2Fがeスポーツスペースとなっている。
中に入ると数組ほどの人がいるだけでかなり静かだった。
「結構空いてますね」
「平日だからじゃないか。休日なんかは人が多いって聞くけどな」
空いているのはいいのだが、肝心の目的であるコーチングに適した場所を確保したい。牧野は一番端の集中できそうなスペースを陣取り、菜希を真ん中に座らせる。紅林は後ろからとりあえず彼女のプレイスタイルを見物するそうだ。
「さて、準備はできたらとりあえず始めようか……。途中から紅林がプレイするからまずはソロで……」
「えっ、牧野さん聞いてないっす。デバイスないですよ」
紅林が慌てふためきながら言ってくるので、牧野は「大丈夫」と言ってデバイスを渡す。
「牧野さんってそういうところ抜かりないですね。僕の使ってるマウスも把握してるとか……」
こうして、牧野&紅林による菜希の特別コーチング一日目が秋葉原の『ROCKET e-cafe』で始まった。




