054. 特別コーチング(1)
高知龍馬空港から羽田空港までは約1時間30分のフライトだ。牧野は飛行機の中で龍馬ゲーミングのプレイ映像をリプレイで見ながら、今後どういったアドバイスを送るか迷っていた。
IGLの芽依さんは非常に成長し、守月君の狂犬ぶりを見事に制御していた。決勝ブロックで彼を解き放ったのは勝てる見込みがあって、攻め時だと判断したからだと牧野は勝手に判断している。勝負師としての才覚を芽依さんは持っているとこの予選を通してひしひしと感じていた。
今回のコーチングでかなり芽依さんの戦術視野は広がり、IGLの経験がなかった彼女が短期間で実践経験を積ませることであのレベルまで成長できた。
問題は守月君だ。
今回の決勝ブロックでの彼の動きははっきり言ってバケモノだった。ただ、それは芽依さんの戦術のうちのひとつで彼はその戦術の土台になったにすぎない。
まあ、土台どころの話ではないけれども……。
実践でもあそこまでの精度ではなかった彼が大会では完璧なエイムを見せている。恐らく彼は芽依さんがいなくても、一人でも敵部隊を蹂躙できる力を秘めている。
「本当に恐ろしいな……」
牧野はそう呟いて画面に映る彼のプレイ映像と柳町俊吾の姿を重ねていた。
メイン武器が"リボルバー"でサブ武器が"SMG"という好戦的な武器構成は、彼の戦闘スタイルを如実に表している。彼のプレイを見ていると柳町俊吾とどうしても比べてしまう。あのエイム力と戦闘勘は、恐らく彼と比べても遜色ない。
そんなことを考えていると、柳町のことを思い出した。それは牧野が柳町俊吾と最初に出会った日のことだった。
それは、9年前の出来事だった。
東京郊外にある小さなカフェで牧野は珈琲を飲んでいた。その日はどうしても珈琲を飲みたい気分だったが、行きつけのカフェがあまりにも混んでいて大通りから外れたここの喫茶店に足を向けた。
向かった喫茶店は大通りから少し離れている分、人も少なく静かだが、肝心な珈琲はそんなに美味しくはない。
それでも、牧野はこの店の雰囲気が嫌いではなかった。そんな静かな店内で珈琲を飲んでいるとドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
大学のノートパソコンでレポートを作成していた牧野は目線を上げて客を一瞥する。その客が柳町俊吾だった。彼は店内を見渡し、空席がないか探している。
大量のレポート用紙を抱えたぼさぼさ頭の少年はわざわざ牧野の隣の席に座ってきて、
「大学生ですか?」
そう言って、隣の席に座る牧野に声をかけてくる。突拍子もなく話しかけられ、牧野は驚いたが彼は悪びれる様子もなく飄々としている。
「え、あ、はい。そうです」
牧野は動揺しつつも冷静を装いながらそう返した。彼はそんな牧野のことを気にせず話を続ける。
「レポートだるいですよね。俺も大学入学前の事前課題ださなきゃいけなくて」
「まぁ、そうですね……」
彼はそんな他愛もない会話をしながら持っていた真っ白なレポート用紙に筆を滑らせていく。そのレポート課題にチラッと目をやる。
とてもじゃないが、一日で終わるような枚数のレポートじゃなかったので思わず彼に質問する。
「あの、そんなに大量のレポート課題やるんですか?」
「そうなんですよね。なんか、今月までに提出らしくて終わりそうもないですよね」
「え、それやばくないですか?」
明らかにレポートの枚数が多かった。数十枚は余裕で超えているだろう。とてもじゃないが明後日までに終わるような量ではないが……。
だが、彼はそんなことを気にする様子もなく淡々とレポート用紙に文字を書き連ねていく。
「レポート出さないとなんか前期の授業で最初から減点されるらしくて担任に怒られて」
「なんでそんなギリギリに……」
「いやぁ、受験終わったらなんかスッキリしちゃって余裕ぶっこいてたら」
柳町俊吾はそんなことをいいながらボサボサの髪を触りながらそう言った。受験終わったら気が緩むのはわかる気がする。
「ていうことは、来年から大学生なんですね」
「そうです。大学生になれるのになんでこんな課題に見舞われてるんですかね……。クランメンバーももう一人集めないといけないのに」
柳町はこっちのことなどお構いなしに自分の話を続ける。
「あっ、まだ名乗ってなかったですね。俺、柳町俊吾です」
「あ、僕は牧野……」
牧野はそこまで言って少し考える。彼の言ったクランメンバーという言葉が妙に引っかかり途中で思わず質問をしてしまった。
「クランってゲームかなんかですか?」
「そうそう、やってるゲームタイトルは『THE WORLD』っていう割と硬派なFPSなんですけど、これが結構面白くてですね……。そこのクランリーダーやってて」
「知ってますよ。僕もやってるゲームなんで……」
素直にそう答えると、レポート課題をやりながら器用に話をしていた柳町の手が止まった。そして、彼の目線が牧野に向く。
「えっ、まじですか?」
「はい、昔からFPSずっと好きでただゲームで大会とかは出たことないですけどね」
さっきまでレポート課題に目を向けていた柳町が嬉しそうにこちらに質問してくる。
「マジですか……。じゃあ、良かったらうちのチーム来ません?」
「えっ!?」
突然、そんなことを言われて驚くが、この話の流れ的になんとなく分かっていた。彼は今チームを組んで大会に出る相手を探しているんだと……。
「ゲームの競技って今はまだマイナーですけど、そのうち有名になりますし。それにメンバーも面白いやつばっかで楽しいですよ」
もし、なんか今の生活退屈とかそういう風に思ってるのであれば一緒にゲームやらないか、そんなことを言われたのを覚えている。
その時の柳町の輝いた目を見て、牧野はNRTに加入することを決意した。その後、柳町のチームのメンバーは彼の言うように退屈な日常は大きく変化した。
【コラム】
牧野の出身は埼玉県ですが大学は池袋駅のすぐ近くの市立大学に通ってました。彼は勤勉な性格で授業はほとんど欠席しない優等生でしたが、柳町俊吾という人物に出会ってから人生が180度大きく変わります。今回のエピソードは外伝要素が強いですが本筋のストーリーとは連動してますのでお楽しみください!




