046. 牧野コーチのIGL(4)
「まぁ、色々と思うことはあるよね」
牧野はそう言って車を発進させた。いつもの通学路から坂を下っていき、高知駅の方角とは逆に向かっていく。俺も転生してまだ半年も経っていない。
高知県の生活に慣れたつもりではあったが、自分の生活圏内から離れると見知らぬ光景が目に付く。春野広域農道を通り、海沿いの道へと進んでいく。
道路脇から見える景色は山ばかりだ。
「これ、どこに向かってるんですか?」
「それは着いてからのお楽しみということで」
牧野はそう言うと車のスピードを上げた。さらに車を走らせると、県道14号に入っていく。そのまま道を進むこと10分弱。右手に海が見えてくる。
右手の海を眺め続けていると何回かカーブを挟み、一度山の中に入った後にもう一度海に出る。
「ここって、桂浜ですか?」
「そうそう、高知に来たら訪れてみたかった場所トップ10の中のひとつ」
夕日が丁度桂浜の海に沈むところだった。キラキラと反射する赤い波が目に入る。その光景はまさに絶景だったが、それと同時にこの景色を男二人で眺めるのは少しだけ虚しさを感じた。
「なんか、青春って感じですね」
俺がそう言うと牧野は苦笑いを浮かべながら答える。
「まぁ、青春ではあるよね」
二人は桂浜の駐車場に車を停めると車から降りて浜辺の方へと歩き出す。
潮風が香る中、波の音を聞きながら二人で並んで歩く。桂浜のすぐ近くには坂本龍馬の銅像がある。海を見渡す武士は桂浜の方をジッと見つめ、夕日はそんな彼のことを暖かく照らしていた。
(確かにいい景色ではあるけどな……、なんでよりにもよって牧野とこの光景見てんだよ)
そんな思いを抱きながら桂浜を見てると牧野が俺の肩をポンと叩いた。
「君を見てるとね懐かしい人を思い出すんだ。6年前そいつは交通事故で死んじまった」
「その人って……」
「あぁ、NRTのエースだった柳町俊吾だよ」
牧野はそう言うと海の方へ視線を向けた。その目は何かを思い出しているように見えた。俺も何も言わず、彼と同じように海を見てみる。
夕日が沈み始め、海は深い青に染まっていく。
「君は柳町に似てるよ。戦い方も立ち振る舞いもね」
「そうですかね……」
「まぁ、柳町の方が強いかもしれない。でも、君は似てるよ」
(おい、俺本人なんですけど……。それはお前の思い出補正入ってんじゃねぇのか?)
そうツッコミを入れたいのを必死に我慢して口を噤む。
牧野は海へ視線を向けたままだった。彼の目にはきっとまだ過去の栄光が映っているのだろう。その横顔は寂し気な顔をしていた。
「柳町が死んでからもう6年も経つのか……。時の流れは早いな」
「牧野さんは柳町さんのことどう思ってたんですか?」
俺がそう言うと、牧野はどこか遠くを見据えた目で海を見つめ語り始めた。
「あぁ、馬鹿な奴だったよ。真っすぐで負けず嫌いで戦闘馬鹿で……。でも、NRTは周りがそれ以上に個性的だった。柳町は一番クールでよくも悪くも大人だったのかもしれない」
牧野は淡々と話を続ける。おい、そんな目で見るな……。
「柳町はあんなとこで死んでいい奴じゃなかった……」
「牧野さん……」
「彼は僕の憧れだった。初めて彼を見た時からずっと背中を追いかけてた」
すまねぇな牧野。お前らがどういう気持ちでこの6年間を過ごしてきたかは知らねぇ。夢だけ見させて途中退場したのも悪いとは思ってる。
「だから、僕は彼の分も頑張っていきたい。そして、このチームで優勝して柳町を安心させたい。だから……」
俺は夕日が沈んだ桂浜をもう一度見る。静かな浜辺には波の音だけが残っていた。
「だから、君は柳町にならないでくれよ……」
俺は牧野のその言葉にどう答えるか悩んだ。俺はフッと息を吐いた。なんか、気遣うのも面倒になってきた。そんな思いから出てきたのが……、
「俺は柳町俊吾じゃないっすよ」
俺がそう言うと、牧野はこちらに顔を向けた。その表情には驚きと悲しみが混じったような複雑な表情をしていた。
ここで俺が柳町だということを認めたってなにもいいことはない。
だから、代弁してやろう。仮にだ、柳町俊吾が生きていたとして、牧野のこの言葉を聞いていたら俺は絶対にこう返す。
「もし、俺が柳町俊吾だったら『いつまでも過去を振り返ってもしょうがないだろ?』って言いますね」
牧野は動揺を隠しきれずに俺の目をじっと見つめていた。そんな目で見られても困るんだよな……。なんか、変な空気になっちまった。
「えっと、柳町選手が昔インタビュー受けてた時にそんなこと言ってましたよね?」
俺は苦笑いを浮かべながら話を続けた。すると、牧野の表情が一気に明るくなったように見えた。
「まぁ、昔のことは俺も知りませんし、何があったかも知りませんが……。でも、そのおかげで俺たち今こうしてここに居られるんじゃないですかね?」
「そうかもしれないな……」
牧野はそう言うと軽く息を吐いた。そして、彼は俺に向けて微笑む。
「君と話してると、柳町と話しているみたいで楽しいよ」
「はは、それは光栄ですね……」
「じゃあ、帰ろうか。芽依さんのことフォローちゃんとしてあげてよ?」
「分かってますよ」
牧野にそう言われ、俺は桂浜に別れを告げて車に戻った。車にエンジンが掛かる音を聞きながら、俺は助手席から海を眺める。
(コイツもコイツで苦労してたんだな……)
俺は心の中で苦笑しながら、車の運転をする牧野の顔を見た。そして、俺は牧野と共に帰路に就いた。
【コラム】
雄大な太平洋に面している桂浜は月の名所としても名高く、よさこい節にも唄われている景勝地。地元の幼稚園児が遠足に来てたりしてたのが非常に印象的です




