054. 天才と呼ばれた頭脳(1)
勝つか負けるか、結果だけ見ればシンプルに見えても、そこに至る過程は複雑に絡み合っている。知識を持たぬものは、なぜ負けたのかという問いに答えられない。そして、己がなぜ勝てたのかという問いにもまた答えることができない。
敗北というのは次に繋がる過程である。分析の過程、それ自体が学びとなる。
勝負の結果に固執するものは、敗北から何も学ばない。それは勝負事において、もっとも忌避すべき姿勢である。勝利は分析し、次なる勝利に繋げるための布石としてのみ機能するべきである。
負けても次には強くなっている。俺がかつて作り上げたチームは、そういうチームだった。チームの勝利は、己の勝利であり、また次なる勝利のための布石である。そして敗北は、次なる勝利のための力を蓄える時間である。
そんな信念を大きく支えていたのは、チームのブレインであり、かつて『天才』と呼ばれた男、牧野隆史――、
現在は高知県の高校にあるeスポーツ同好会のコーチを勤める元プロゲーマーである。
「やっぱり、実践不足だね。スタバトは結構カジュアルなゲームだから、どうしても雑に突っ込んでくるプレイヤーが多いよね。上位層でも、そういうプレイをする人がいるからね……。でも、そういうプレイは競技では通用しない。大会はどちらかというとキルよりも生存を優先するからね。そのギャップがかなり大きい」
この前、初めて大会に参加したがランクマッチとは似て非なる特有の雰囲気だった。部隊がなかなか減らない緊迫感、キル数を稼ぐことよりも生存を優先するプレイスタイル。大会特有の立ち回りというのはそういうものなのかもしれない。まあ、時と場合によるのかもしれないが……。
牧野は、俺の目を見て言った。
「経験とゲームに対する知識、そして勝敗への一喜一憂を捨てること。勝負の決着にはかならず理由がある。これはどんなゲームタイトルにおいても同じことだね。特にある程度の実力を持ったプロ同士が競う、競技の場では。常に、なぜそこで自分がその行動を選択したのか、ということを考える必要がある。周囲の状況をみて、的確に『そうするべき』という判断を下せること。それが今求められていることだね」
痛いほど身に染みる言葉を、俺は静かに聞いていた。
結城ミクの大会――、俺は全勝して完全油症する算段で臨んでいた。だが、全勝することはできなかったし、総合優勝することもできなかった。
俺らのチームには『戦術性』というものが欠けていた。牧野のその目はハッキリと言っている自分ならば、そこに手を打てた、と。
(まあ、そう言うだろうな。でも、それに関しては文句などつけようがない……)
付け焼刃の知識、フィジカルだけでゴリ押しできるほど甘い世界ではない。まあ、俺もゲームの競技を経験していた人間として、理解していなかったわけじゃない。
「どうすれば、その『戦術』が身につくんでしょうか?」
ここまで静観していた芽依が、牧野に対して質問をした。俺はこの表情を知っている。俺がゲームで負かした時に、芽依はいつも病室でこんな感じの表情をしていた。
生粋の負けず嫌い、なんだからな……。
牧野はにっこりと微笑み、芽依の質問に答えてみせる。
「うん……。そう来ると思ったんだよね。だから、こういう映像を持ってきたんだ」
牧野は、スマホを大きなディスプレイに繋げると映像を流した。
「これは、前々回に開かれた『スタバト』の大会の映像だよ。このチーム、知ってるかな?」
「『Aim Higher』って名前のチームですよね」
芽依が答える。知らん名前だ。まあ、俺が存在していなかった空白の時間に設立したプロチームなのだろう、きっと。
「うん、その通り。設立してまだ四年程度の若いチームだね。でも、結構いい成績を出しているんだ。今後開かれる大会でも上位に入ることは間違いないだろうね」
牧野の話によると、他のバトルロワイアルゲームでも、このチームは上位に名を連ねていたらしい。バトロワに対して、かなりの研究を重ねている。
「研究っていうのは、ただ闇雲に知識を詰め込んでいればいいわけじゃない。膨大の情報をいかに整理し、理解するが重要だ。『知らなければ、何も推測できない』というのが僕の持論だ」
牧野は、その『Aim Higher』の動画を流しながら、解説を始めた。
「まず、このチームの特徴は、徹底的な情報分析にある。スタバトはリリースしてから日が浅いゲームだ。だから、まだプロリーグという制度も確立していない。スタバトの攻略に勤しむプレイヤー、実況解説グループなどが存在するけど、その数は圧倒的に少ないし、情報量もまだまだ少ない」
牧野は動画を流しながら説明を続ける。
「さて、これは開幕してからの彼らの動きを分析したものだ。何か気づいた点があるかい?」
「圧倒的に物資を漁る速度が短い、ですね。他のチームに比べて」
「うん、正解だ。このチームはとにかく物資を漁る速度が異常に早い。それはなぜか?」
牧野は俺の顔をチラッと見て言った。
「それは、彼らが『物資を漁る』という行動の最適解を知っているからだよ」
「最適解……?」
俺はその言葉の意味がわからず、つい聞き直してしまう。牧野は頷いてから言った。
「このチームは『物資を漁る』ためにどういうルートを三人が選択すれば、最も効率的に物資を漁れるかを研究しているんだ。彼らの動きをマップ上に線で描くとわかりやすいね。誰も物資を漁る場所が被っていないよね。バトロワは落ちている物資を拾わないといけない。落ちている場所は固定なのだから、決められた順番に三人が動けば最短で物資を回収できる」
なるほど、と俺は思った。確かにマップ上に引かれた線は決められたように迷いなく一直線に物資の場所に向かっている。なんだか、牧野が『戦術』と口酸っぱく言うのがわかってきた気がする。
「さて、これを頭に置いたうえでこの前の試合の映像をみようかと思ったけどいったん休憩にしよう」
牧野はそう言うと、スマホをテーブルの上に置いて、ポッドでお湯を沸かし始めた。




