049. 週末の買い物(3)
路面電車に再び乗って向かった先は、高知の「ひろめ市場」という場所だった。
ここでは高知の新鮮な海の幸や農産物が豊富に取り扱われていて、観光客も多く訪れる場所だという。
名前の由来は、土佐藩家老の屋敷跡付近にあり、屋敷が消えた維新後もその一帯は親しみを込めて「弘人屋敷」と呼ばれていたことから、その名をとり「ひろめ市場」と名付けられたそうだ。
菜希が行きたかった場所というのはこの市場らしい。都会での暮らしが人生経験のほとんどを占める俺は街の中の「市場」というものにあまり馴染みがない。
しかも、地元ではない高知の食文化の代表的なものと言われてもパッと思いつかない。
唯一、思いつくものがあるとすればカツオのたたきだろうか……。
カツオのたたきと一緒に飲むならビールだが、未成年である俺たちは、まだ酒を嗜みながらつまみを食べるということはできない。残念なことにな……。
(この体に転生して残念なのは、酒を飲めないことだな……)
「ねえ、聞いてるの!?」
菜希は、少し怒ったような様子で俺の顔を覗き込んできた。
「あ、あぁ……。ごめん」
「もうっ、ボーッとしちゃって!」
そう言って再び前を向いて歩き出した。市場に着くとそこは多くの人で賑わっていた。客層は様々で、地元民から観光客まで幅広い層に愛されているらしい。
「で、何を買いに来たんだよ?」
俺は菜希の後を追いながら尋ねる。すると、菜希は普段の俺には見せないようなとびきりのスマイルを浮かべながらこう言ってくる。
「美味しいソフトクリームがあそこらへんにあるのよ、お腹空いたでしょ?」
「まあ、そうだな」
そう言いながら菜希は、勝手知ったる様子で市場の中を進んでいく。市場は区分けされていてそれぞれ何か名称のようなものが付いている。
だが、その名称を確認する間もなく、目的の場所に辿り着いた。
「ほら、ここよ」
そう言って指差したのは、お店が立ち並ぶ先の奥にぽつんと佇むレトロなお店だった。昭和から飛び出てきたような風情のあるお店だと思った。
「偶にね、クラスのみんなとここでソフトクリーム食べて帰るのよ」
「へぇ、そうなのか……」
俺はスイーツにはまるで興味がないが……、菜希が「おすすめ」と断言するのであれば断る理由もない。袖を菜希に引かれるまま入ってみることにした。
「いらっしゃいませー」
おばあちゃんが笑顔で出迎えてくれる。席に座る前にメニューを渡させる。渡されたメニューにはソフトクリームだけではなくぜんざいやかき氷もある。
「どれにする?」
菜希が聞いてきたので、俺は割と真剣にメニューを眺めながら「クリームぜんざい」に決めた。ソフトクリームと悩んだが……、最初に目に留まったぜんざいのインパクトが勝った。
「じゃあ、クリームぜんざいで」
「わたしはバニラソフトにします」
そう言って注文を済ませると、席に座るよう促されたので座ることにした。
おばあちゃんは手際よくソフトクリームを作っていく。そしてあっという間に出来上がったそれを菜希に渡している。遅れてやってきたクリームぜんざいを俺も食べ始めることにする。
味は確かに美味しかった。
「なかなか美味しいな」
俺は素直な感想を述べる。
「でしょ!」
菜希は得意げな表情を浮かべている。そして、自分のソフトクリームを口に含むと幸せそうな表情を浮かべた。その様子を見てこんな表情もできるんだなと思った。
「何よ、人のことジロジロ見て……」
「いや……。そんな表情初めてみたからさ」
「当たり前でしょ。わたしだって笑う時は普通に笑うんだから」
「いつもの菜希は、高飛車な態度で俺を蔑むような目で見てくるからな」
「それはアンタが悪いんでしょ!」
悪くないだろ……と心の中で呟く。菜希は咳払いをすると話を続けた。
「別にアンタのこと嫌いではないわ。これが素なの悪かったわね……」
「まあ、いいんだけどさ。別に……」
これが素だと色々と困る気がするが、別に俺だって菜希のことを嫌っているわけではない。
「ねえ、そういえばパーツ買っといてなんだけど……、わたし分解とかできないんだけど……」
「なんとなく、だろうとは思った」
「ここまで付き合ってくれたんだから、まさか断らないわよね?」
「断るっていう選択肢を用意してくれるなら、断ろうかな」
「わたしがそんなこと許可すると思う?」
菜希は語気を強めて言う。彼女の右手の握りこぶしに力が入る前に俺は折れた。
「わかったから、そんな怒るなよ」
俺はため息を吐きながら了承する。まあ、最初から断るつもりなどなかったし……、菜希だってそれをわかっているのだろう。
「てことは、家まで行くってことだよな?」
「そういうこと。そんなに遠くないから……家に誰もいないし」
そういうところは一応気にするんだな。
「じゃあ、会計済ませて行くか」
俺はそう言って席を立つと菜希も後についてくる。お互いに会計を済ませると、俺は菜希についていくような形で再び高知駅に向かった。




