038. 配信者の大会(4)
無造作に床に散らばったデバイス、机に乗っかる大きなディスプレイ、愛用していたマウスにキーボードという懐かしい光景に俺は目を細めた。
(半年前は当たり前だった光景が今はどこか懐かしいような気がした)
ゲーミングチェアに座る自分の姿を後ろから見つめるという奇妙な光景――、
ぼんやりと意識が遠のいていくのと同時に俺はベッドの上で目を覚ました。
「なんだよ、夢か……」
ぼやけた視界を擦ると、今では見慣れた大きな机とゲームデバイス一式が目に入る。
最近はこんな夢ばかりを見続けている気がする。起きる時に妙に懐かしい気分になる。久しぶりに旧友と会話をし、どこか懐かしい思いに耽っているのが原因なのかもしれない。
「ていうか、もうこんな時間か……」
少し、昼寝をするつもりだったが太陽は西に傾き、夕日が窓から差し込んでいた。日曜日の今日は「結城ミク」が主催する大会の開催日である。
開催の日時は夜の六時からスタートとなる。
参加者は事前に参加者専用のグループサーバーに集められ、一通りの説明を受けた後に試合を開始する。何かあったら運営を呼んでくださいとも書いてある。
ベッドから起きると大きく伸びをする。体を動かすと節々がポキポキと音を鳴らした。
「そろそろ、通話を繋げておこうか……」
俺はそう呟きながら通話アプリのグループにチャットする。大会の全体サーバーに参加する前にチームのメンバーと認識を合わせておこうと思ったからだ。
【そろそろ、繋げておくか?】
俺がメッセージを送るとすぐさま既読がつき、返信が届く。そして、数秒もしないうちに通話アプリの着信音が鳴ったので俺は通話を繫いだ。
「もしもーし」
芽依がいつもの緩い声で電話に出る。俺もそれに答えるように口を開く。
「お疲れ、芽依。調子はどうだ?」
「私はバッチリだけど……、守月君はどうなの?」
俺はちょっとだけ笑いながら「もちろん」とだけ返す。今まで寝てたけど……。すると、電話口からちょっと高めの声が聞こえてきた。
「お疲れ様。守月君、芽依ちゃん」
「おぉ、お疲れ様!」
俺はそう答えると、電話の向こう側からは「うん、お疲れ様」という声が聞こえてきた。なんか素直だと逆に怖いと思ってしまうのは裏の彼女を知っているからだろう。
「大会本番の動きだが、基本的に指示は芽依に任せる。いつもランクマッチでやっているのと同じような感覚で大丈夫だ。本番は恐らくもっと部隊の減りが遅いと思う。戦況を見ながら、もし迷うことがあれば……、その時は俺に相談してくれればいい」
芽依はちょっとだけ不安そうな声音で「分かった」と返事をする。それも無理はない。本番環境でどういう風になるかは俺にも分からない。
でも、最初から全てが上手くいく人間はいない。経験を重ねていって何が適切かを見極めるのも成長の一環である。経験するのを怖がってはいけない。
「菜希は、俺との動きにできるだけ合わせてくれ。芽依が、誰を狙おう、敵がどこにいるのかという報告をしてくれるから、それに合わせる感じで……」
菜希は「うん」と短く返事をする。俺がこの二人にアドバイスできることはこれくらいだ。俺は人に何かを教える才能はあまりないと思っている。
だから、この大会が終わったら本格的にコーチを探したいと思っている。ただ、それはこの大会が終わってから考えればいいことだ。
それからしばらくは雑談をし、大会の開始時間が近づいたので各々準備を始める。
「これは別に本番じゃない。でも、俺は成績を残すつもりでいるから、いつも通りにやろう」
俺は通話の向こう側の二人に向かってそう声をかける。俺がそう言うと、芽依は無邪気に「うん」という菜希もそれに被せるように返事をする。
大会の開始時間である18時前に全体サーバーに参加者全員が集められ、カスタムへの参加方法が丁寧に説明される。配布されたパスワードとコードで参加するそうだ。
開始時間になるとそれぞれがチームのボイスチャット専用のチャンネルに割り振りされ、芽依と菜希と一緒のボイスチャンネルに割り振りされる。
「では、開始時間は18:10からです。マッチングまでは5分ありますので準備をお願いします」
アナウンスが流れると参加者全員の画面にカウントダウンが始まる。
「いよいよだね……」
芽依がそう言うと、俺は「そうだな」と返した。芽依は緊張しているのか、声が少し震えている。こういうのもひとつ経験だ。
「大会が始まったら、臨機応変にって感じで。最初はとにかく勉強だと思ってればいい。練習でやったことをしっかり本番でもすればいいから」
俺がそう言うと、芽依は少しだけ間を置いて「分かった」と返した。
配信ソフトを立ち上げ、視聴者には申し訳ないが超ゲリラ配信を始めた。
タイトルも適当で「初めての大会」というシンプルなものにした。大会が終わったらキルのシーンでも切り抜いて動画でも作ればいいかなと思い、俺はエンターを押した。
「よし、楽しんでこう!」
そこからは一切配信画面は見ずに、俺はゲームの画面だけに集中する。そして、大会開始の合図であるカウントダウンがゼロになり試合が遂に始まった。




