035. 配信者の大会(1)
四月も下旬に差し掛かり、入学式に咲いていた桜も続いていた雨によって散ってしまい、散った花弁が足元を桃色に彩っていた。
「今週は音楽祭だから練習頑張ってね!」
朝のホームルームで美和先生がそんなことを言っていた。
音楽祭というのは、中学でいうところの「合唱コンクール」みたいなものらしい。練習は例年四月下旬から始まり、一学期の大きな行事の一つだそうだ。
合唱コンクールというと課題曲と自由曲の二曲を歌うのが定番だが……。音楽祭では、課題曲はなく生徒の自主性を重んじるということで自由曲のみとなっている。
そして、その自由曲もある程度融通が利く。
ホームルームの時間をクラス会議にすることが通例らしく、俺たち1年も例外ではなくホームルームの時間を使って、自由曲を決めなければならない。
正直な話、俺は合唱という文化に興味が全くない為……、話し合いを聞いてるふりをしつつ、窓の外の空をぼんやりと眺めていた。
「今日はいつもの振り返りやるんだよね?」
芽依が後ろから小声で話しかけてくる。芽依も合唱にはそんなに興味がないらしい……。
「そうだな、俺は掃除当番だから先に行っててくれ」
「うん、菜希ちゃんにも声かけとくね」
「オッケー、頼んだ」
同好会の活動は学外での練習がほとんどのウェイトを占めている。自宅から各々が通話を繋げ、ゲームする時間が実践の機会である。学内では、前日のプレイ映像を見ながら、俺が中心となって試合の反省点をフィードバックする。
ただ、この方法には限界がある。
まず、一つは……、あくまでもランクマッチというのは、強い腕前を持ったプレイヤーが競う場であるのは間違いないのだが、全員が全員競技の大会のような動きをしているわけではない。
ランクマッチの環境の中には脳死でキルをひたすら取りに行くプレイヤーもいれば、フィジカルに自信がないのか、順位をあげるために戦闘に参加せずに、安全地帯中央で隠れるようにずっと待っているプレイヤーもいる。
そんなプレイヤーに対して、「この場面なぜこの行動をしてきたのか……」という分析を行ってもあまり意味がない。一挙手一投足に対してプレイヤーが意味のある動きをしている競技の大会とは違って……、ランクマッチは相手の動きをみて分析するということはできない。
これが現状の大きな課題になってしまっている。もし、仮に大会があったら相手はどういう動きをするのかという分析ができればかなり大きく変わるのだが……。
「せめて、練習試合とかができれば話は変わってくるんだけどな……」
先日、とある配信者主催で開かれたスタバトの大会の映像を見たがランクマッチとは大きな違いが明確に現れていた。やはり、大会となると所謂硬い動きがあからさまに現れる。
高い順位を取るというのはバトロワ特有の動きであり、現世で初めてバトロワゲームに触れた俺もこの違いについて気づいていた。
順位をキープし続けるというのは、バトロワが持つ特有の要素である。広大なマップに降り、マップの縮小に合わせて移動しながら、敵を倒して最後のひとりまで勝ち抜く。
ランクマッチでは、最初のマップに降り立つ際に、部隊が被って物資が揃わぬまま戦闘になるケースも珍しくない。だが、これは万全な状態で戦闘をしかけるギャンブル行為である。
そして、もう一つの問題は戦術コーチの不在である。
前世の俺は「プロゲーマー」と呼ばれる存在だったのは確かだ。人のプレイイングについてはあれやこれやと経験で御託を並べることはできる。
だが、ゲームメイクいわゆる「戦術」といわれる部分については、他人に教えられる技量や考えはほとんどない。つまり、戦術担当である芽依に的確にアドバイスを送れる存在がいないのだ。
「考えてみればこれも大きな問題だよな……」
じゃあ、誰がいいのかと言われるとちょっと難しい問題である。
「ただ、まずは壁に当たらないと戦術も何もないがな」
まずは、実践での練習環境を定期的に確保するというのが目標になるだろう。俺自身も大会という環境下での実践がないおかげで動きもエイムも鈍ってきてるし……。
俺はそう考えながら、掃除の箒を適当に掃うのも飽き、校舎外のピロティに座りこんだ。春の日差しは段々と強くなり、夏の訪れを段々と感じる時期になった。
「あっ、こんなところにいた!」
そんな声が聞こえ、振り返ると、深緑のセーラー服とクリーム色のブレザー、大きめの金色のリボンが特徴の制服を着た芽依が立っていた。
ちなみに、この冬服の制服がかなり人気らしく、「この高校の制服着たい」という理由で受験する生徒もいるとかなんとか……。
「どうしたんだよ。なんか用事あったのか?」
俺は芽依にそう尋ねる。すると、芽依は突然持っていたプリントを俺に見せてきた。
「これ、今日中に提出しろって言われちゃってさ……」
プリントを見ると音楽祭で歌いたい曲の名簿がリストアップされていた。今日のホームルームで話し合っていた内容らしい。全く聞いていなかったけど……。
「あんまり興味ないんだけどな」
「いや、私も興味はないんだけど。提出してないの私と守月君だけだって……」
変に逆らって波風を立てるのも面倒だしな……。別に歌いたい曲などないのだが、適当に目に入ったものをチェックを入れようとすると、芽依が嬉しそうに鉛筆を渡してくる。
「私さ、ちょっと考えたんだけど……。必要なのは実践だと思うんだ。ほら、野球部とかも練習試合とかしてるじゃん。あんな感じで本気でぶつかれる大会とかないのかな?」
芽依のそんな言葉を聞いて俺は少し安堵していた。やはり、思うところは同じらしい……。
「俺も同じことを考えてたんだ。だから、今週からは有志で開いてる大会とかを探しながら応募とかしてこうかなと思ってたんだけど……」
俺がそう言うと、芽依は「やっぱそうだよね」と小さく首を縦に振った。実践をいかに経験にして、その先にある「勝利」という目標に近づける。
「私もネットで検索して頑張ってみつけようと思う」
無邪気な笑顔を浮かべながら芽依はそう言った。当面の目標は「本格的に戦える実践の場を見つける」というのがテーマになっていきそうだ。




