033. 彼女の憧れは身近に(2)
脈打つ心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。もう限界なのかなと思いつつも……、歩みを止めたくなかった。
だけど、意思に反して体は言うことを聞いてくれなかった。
段々と意識が遠くなっていくのを感じて、足に力が入らなくなったのと同時に倒れてしまったのだとすぐに分かった。だけど、倒れたのはひんやりとした地面ではない……。
私の意識は朦朧とする中、走馬灯のように甦ってくる自分の人生の断片的な記憶……。がっしりとした腕の温もりにどこか安心しながら、自分の体がどこかへ運ばれていく。
(あれ、守月君かな……)
見栄を張っていた自分が情けなくなった。
幼い頃の私は自分の体が嫌いだった。
みんなと同じように生活することができない、動き回ることもできない。どうして、自分は普通の体に生まれてこれなかったのだろう……。
そう何度も何度も、静まり返った病室の中で、言葉に出すことのできないもどかしさと悔しさが、心の中に渦巻いていた。
病気が回復傾向にあり、不自由なく生活できているからこそ誰にも心配をかけたくない。だから、私は必死に大丈夫だと見栄を張っていた……。
(守月君……、私……)
そう声に出そうとしても言葉が出ない。私は自分の不甲斐なさに泣きたくなった。本当はこんな情けない姿を、守月君に見せたくなかった……。
「ったく、昔から体弱いのに無理するからだ……、馬鹿野郎!」
彼がそう私に呟いた気がした。
私はその言葉を聞いて驚いた。まるで、私のことを以前から知っているかのような口ぶりに思わず、私は朦朧とした意識の中で彼をぼんやりと見つめる。
(なんで、知ってるんだろう……?)
ぼんやりとした心の中で私は言葉を反芻していた。彼を見つめると、彼がどこか寂しそうな表情を浮かべながら保健室に向かっていくのが薄っすらと分かった。
どうして、守月君がそんな表情を浮かべるのか、私には分からなかった……。
(守月君って、一体……)
私の意識はそこで途切れた……、そして目が覚めると白い壁と向き合っていた。ベッドに寝転んでいる後ろには保健室の先生と守月君の声が聞こえてきた。
「先生、芽依は大丈夫なんですか?」
「うん……、ただの貧血だから大丈夫よ。ただ、あんまり過度な運動は控えたほうがいいわね」
私はそう話す保健室の先生と守月君のやり取りを聞きながら、瞳を閉じる。さっき廊下で彼が呟いた言葉が頭の中で何度も壊れたオルゴールのように再生される。
『ったく、昔から体弱いのに無理するからだ……、馬鹿野郎!』
その言葉が頭の中を支配するようにずっと渦巻いていた。
どうして、彼はそんなことを言ったのか……。
思い返せば違和感はあった。出会って数ヵ月なんだけど……、彼と話していると、ずっと昔から親しい間柄だったようなそんな不思議な感覚があった。
私は人見知りで誰かと打ち明けるのに時間がかかる。
だけど、あの推薦試験の日――、
私は偶然見かけた彼に「話しかけよう」となぜか思った。普段の私だったら、絶対にしない行動……。
でも、私はその衝動に駆られた。彼と話がしたいと思った。
(どうして……?)
考えれば考えるほど頭の中が混乱してくる。でも、この感情はなんだろう……、嬉しいような、それでいて悲しいようなそんな不思議な感覚。
私は六年前に大切な人を亡くした。憧れていて、頼りになって、大好きだった、兄の代わりのような人が……。記憶の片隅にある面影と彼の姿が重なって、私の胸は締め付けられる。
彼は私にとってどんな存在なんだろう……。
この気持ちは、何と呼ぶべきなのかな……。
「芽依、大丈夫か?」
そんな彼の声が私を現実に引き戻した。ベッドに横たわる私は目を開けることなくちょっとだけ寝たふりをすることにした。
きっと今顔を合わせたら、自分が保てなくなりそうで怖かった。自分の感情が分からず、何を話せばいいかも分からなくて、心の中はぐちゃぐちゃのままで何も整理できなかったのだ……。




