032. 彼女の憧れは身近に(1)
龍馬ゲーミングが発足してから数日が経った。
まあ、発足したといっても名前だけ決まって実績も何もないが……、「NRT」だって最初はゲーム内のクランから始まってるのだから名乗るのは自由だ。
問題はこれからどうしていくのかが重要になる。
「まあ、どうしていくかっていうのが問題なんだがね」
学内環境では出来ることは限られている。一緒にプレイした動画を見ながら、分析をしながら意見を出し合って、休日の夜になったら各々の自分の環境で一緒にプレイする。
こんなルーティーンが出来上がりつつあった。
意外だったのは、何かと菜希が乗り気だったということだ。ゲームには積極的に参加するし、学校の友人と遊ぶ日以外は積極的に一緒にプレイしてくれた。
教室内で会話することはあまりないが……、放課後のコンピューター室と休日の夜に通話アプリのサーバーで喋るという、クラスの人間が知らない関係性が構築されていた。
そんなことを考えながら、俺は教室に向かっていく。教室に入って自席に座ると、いつものように芽依が俺の席に寄ってくる。
「おはよう、今日はいい天気だね」
芽依は俺にそう声を掛けてくる。週末まで続いていた曇り空は嘘のようになくなり、晴天の空に燦燦と煌めく太陽が顔を出していた。
「ああ、そうだな。週末はずっと雨だったもんな」
「そうなんだよ。雨だと髪整えるの大変だから、晴れてよかった」
芽依は髪の毛を触りながら、そんなことを言っていた。芽依の美しい亜麻色の髪の毛が、光に照らされてなんだか煌びやかに見えた。
「どうしたの? じっと見て」
「いや、別になんでも……」
まるで光の筋が髪の毛に反射しているように見えたから見惚れてしまった。そんなこと言えるわけがない。俺はそんな芽依から視線を外して、前を向き直す。
予鈴のチャイムが鳴り、担任の美和先生が教室の中に入ってくる。そして、教壇に立ち朝のホームルームを始めた。
美和先生は決まって朝のホームルームに今日は○○の日ですという、その日にちなんだ話題を話してくれる。今日4月18日は発明の日と呼ばれているらしく、1885(明治18)年のこの日、現在の「特許法」の元となる「専売特許条例」が公布されたらしい。
「ということで、来週は軽音部がピロティで演奏会をするのでぜひ聞いてあげてください」
美和先生がそう話を締めくくると同時に、後ろの席に座っている芽依が「あれ、毎朝ネットで必死に調べてるんだよ」と嬉しそうに耳打ちしてくる。教師という仕事も大変だなとしみじみ思う。
ホームルームが終わり、一限目の授業は憂鬱なことに体育だった。朝っぱらから運動しなくてはならないことに、授業を受ける前からやる気が削がれている。
しかも、無慈悲なことに体育の内容は「スポーツテスト」だった。高校のこの時期は「スポーツテスト」をやるのが通例らしく、朝の貴重な一時間は己の体力を計測するという浪費に費やされることになる。
「今日は男女共にスポーツテストをするから、男女合同で順番に体力測定するぞ」
体育科の教師がそう説明を始める。体育教師の格好は、ジャージにTシャツといういかにも運動大好きですと言わんばかりの格好だ。馴染みのある体育教師の格好にいつの時代も安心感を覚える。
「ねえ、守月君。私と一緒に組もうよ」
ストレッチをしていると、芽依が俺にそう言ってくる。スポーツテストのペアは誰でもいいとのことだったから、俺は芽依のありがたい申し入れを快諾した。
「守月君ってさ、運動得意?」
「うーん、あんまり運動には自信がないな……」
準備運動のランニングを芽依と一緒にやりながらそんな会話をした。この体になってから、あまり激しい運動を試したことがない。だから、運動神経がどうなのかというは未知数だ。
「そうなんだ。私もあんまり運動得意じゃないから、一緒に頑張ろうね」
「ああ、そうだな」
準備運動も終わり、芽依と俺は測定の列に並んだ。そして、順番に握力・長座体前屈・反復横跳びを計測していった。
「守月君、意外と体柔らかいんだね」
芽依から感嘆の声が上がる。思ったよりもこの体は柔軟性があるらしい。どうにも、昔は届きもしなかった位置まで体を曲げることが出来て、自分の身体能力の高さに驚いた。
「いや、たまたまだよ」
俺は謙遜しながら、長座体前屈の測定を終えた。そして、次の測定である握力測定に向かう。
「私あんまり握力自信ないんだよね」
芽依がそんなことを言ってきた。芽依の華奢な手を見るに、確かに握力はそんなに強くなさそうだった。
「まあ、女子は握力低い方が可愛いと俺は思うけどな」
「もう、そんなフォローはいいって……」
そんなことを言い合ってるうちに、全ての測定が終了する。そして、残りは校庭を周回する持久走だけが残った。ここまでは前座で、持久走が本番といったところだろう。
「よーし、みんな持久走の記録を取っていくぞ!」
体育教師がそう言うと、生徒名簿を持ちながら順番にスタートさせる。女子と男子は合同だが周回する本数が違って、女子は三周、男子は五周の計測をすることになっていた。
「持久走、大丈夫そうか?」
「うん、ちょっと疲れたけど……、大丈夫そう!」
俺は芽依の返事を聞くと、一緒にスタート位置につく。そして、体育教師が笛を吹き、持久走が始まった。
最初は調子よく走れていたものの、数周走るうちに息が上がってきて段々と苦しくなってくる。俺は隣を並走する芽依に視線を向ける。
「はあ、はあ、芽依は……大丈夫か?」
「うん、私は大丈夫……」
そうは言っているものの、芽依の呼吸はかなり苦しそうだった。前世での体の弱い彼女を見てきたせいで、俺はちょっと心配になった。
「芽依、辛くなったら……無理するなよ」
「大丈夫、心配しないで守月君」
芽依は俺にそう告げると、ペースを上げて俺と一緒に並走する。明らかに無理をしていると分かったが、俺はちょっとだけペースを落とした。
体が弱くて入院していたことを芽依は俺に隠している。それは、変に気を使ってほしくないと思っているからだろう。そんな彼女の気遣いは、痛いほど分かる。だが、真実を知っているからこそ、俺は気にしてしまう。
そんな嫌な予感が的中したのか、芽依の走るペースが落ちていく。よろよろとした足取りを俺は見て、思わず芽依の手首を掴んでいた。
手首を掴んでもなお、芽依は懸命に走ろうと抵抗した。だが、体力の限界を迎えたのかその場に立ち止まる。意識が朦朧としているのか、その場に倒れそうになる体を支えて、俺は芽依に声を掛ける。
「大丈夫か、芽依?」
そう尋ねても返事はない。ただ荒い呼吸音を上げるだけだった。脳裏に過ったのは病室での記憶だった。
「先生、中野さんが調子悪そうなので……、このまま保健室に連れていきます」
俺は体育教師にそう告げて、芽依の体をおぶり保健室まで運ぶことにした。昔から強情なところはあったし……、限界でも無理をしていた可能性が高い。
「ったく、昔から体弱いのに無理するからだ……、馬鹿野郎!」
俺は芽依に向かってそう呟くと、保健室まで急いで向かった。




