031. 新戦力の勧誘(5)
週明けの朝は、雨が降っていた。梅雨入りにはまだ早い気がするのだが……、ここ最近の天気予報を見ても雨の予報がずっと続いている。
家の外に出ると、大粒の雨が視界に飛び込んでくる。持っていた傘を差しながら、靴と靴下が濡れないよう、道路脇にできた大きな水溜りを軽く飛び越えながら、高知駅へと向かった。
そんなどんよりとした天気を吹き飛ばす「朗報」が今朝入ってきた。
「同好会入るわ、だから今日の放課後行くから!」
簡潔で、何も感情が込められてなさそうな一文がメッセージアプリには表示されていた。とにかく、今日から参加してくれるということで、メンバー問題は解決しそうだ。
彼女を勧誘させておいてなんだが……、俺はちょっとだけ心の中に不安を感じていた。
(芽依との会話どうすんのかな……)
俺は学校に到着すると、下駄箱で靴を履き替えて教室に向かう。高校に通うというルーティンにもだいぶ慣れてきた。教室に入ると、芽依が俺に話しかけてくる。
「おはよ、今日も雨だね……」
「だな……。で、勧誘の件なんだけどさ……」
俺は先手を打っておくことにした、彼女との「衝撃的な出会い」の部分は誤魔化し、俺の熱い勧誘によって彼女が同好会の見学をしにくるという話にしておいた。
週末に彼女の実力は確かめて、問題ない判断だということも付け加える。
「へぇー、そんなことがあったんだ」
「まぁな……。とりあえず同好会に勧誘することに成功したんだが……」
懸念事項はいくつもある。芽依に対し、菜希がどのような振る舞いかたをするのか……、攻撃的な姿勢を取るのか、はたまたいつもの猫被りを披露するのか……。
「でも、やっぱり篠宮さんがゲームやってたとは意外だね」
戦術面いわゆる「IGL」の役割を芽依に任そうと思っている以上、ある程度は彼女とも上手く会話してもらわないとチームとしてまとまらない。
「じゃあ、放課後に顔合わせってことでいいんだよね?」
「あぁ、そうだな……。一応、職員室に行ってコンピューター室借りてあるから」
俺は芽依とそうやり取りすると、朝のホームルームが始まったので席に座った。今日は予報ではずっと雨が降るようだし、体育の授業もあるから憂鬱な一日になりそうだな……。
そんなことを思いながら俺は部屋の片隅で静かにホームルームを聞き流す。
窓越しに外の様子を伺いながら、放課後にどのような話し合いをするか考えていた。
そんなこんなで放課後になると、俺と芽依は一緒に職員室に向かった。事務員の人からコンピューター室の鍵を受け取り扉を開ける。
その数分後に、篠宮菜希はやってきた。その表情は、かつて部室棟で俺に見せた猛獣の顔ではなく、余所行きの飾り切った笑顔だ。
「わたしは、篠宮菜希です。一緒のクラスですよね。よろしくお願いします!」
まるで別人のように猫を被った話し方をしている彼女に対し、俺は思わず吹き出しそうになった。吹き出したりでもしようものなら、確実に腹に蹴りが飛んでくるだろう。
「あ……、私は田中芽依です。よろしくお願いします!」
「わたし、芽依ちゃんと話してみたかったんだよねー、あっ、芽依ちゃんって呼んでもいい?」
「うん、私も菜希ちゃんって呼ぶね!」
「大歓迎だよ!」
猫を被るとここまで変貌するのか……。ていうか、こういう感じで行くんだな。いつか化けの皮が剝がれていきそうだな。ゲームすると無意識にその人の本質を曝け出してしまう場面が絶対にあるしな……。
「で、ここは『ゲーム』の同好会って話を彼から聞いてたんだけど……」
こっちを見る時の視線がどことなく冷たい気がするが……、まぁ、気のせいだろう。
「そう、集まってもらったのは今後の方針を相談するためなんだ……」
俺はパソコンを起動させると、席に座るよう促し、「今後の方針」について話し合いを始めようとする。プロジェクターがあるので、適当にメモ帳を開いてそれっぽく司会進行をする。こういうリーダー的な役は俺ではなく、違う人間がやるべきだとは思うが……。
「『今後の方針』って、具体的に何をするの?」
「まずは、チーム名を決めよう。コーチとか、今後の活動についてはその後に決める」
「チーム名ってそんなに大事?」
「当たり前だろ、有名になった時に広がっていくのはチーム名なんだから」
俺は話を円滑に進めるため、軽く説明する。いかに、団体名称の重要さが、今後に響いてくるのか……。
「で、何にするの?」
「まぁ、適当に名前を決めてくれればいいんだけど」
俺は事前に考えておいた名前を画面に入力していく。これくらいシンプルな方がいいだろう。他の二人にも見えるように画面を回転させる。すると、二人の顔から表情が消えていくのが分かった。
「ちょっと、これダサすぎるでしょ!」
スクリーンに映った候補を見て、菜希が声を上げる。いやいや、そんなことよりおねえさん、素が出てきてますよ、素が……。
「……っ、なら代案を言ってみろ」
俺は菜希の反応に不服そうにしながらも、他の候補を出すよう促す。すると、芽依が代わりに俺の入力した候補を淡々と読み上げる。
「『エンジェルス』とかどう、可愛くない?」
「え……、ちょっと天使を名乗るには荷が重いかも……」
芽依の提案を柔らかく却下する菜希。おい、なんだよその扱いの差はと思いながらも俺も流石に「エンジェルス」を名乗る気はしなかった。
「もう、いっそのこと高知県のゲーミングチームにするんだから『龍馬ゲーミング(Ryoma Gaming)』でいいじゃない!」
なんとなく、菜希が呟いたチーム名が気に入ったので、俺はそれを入力し直す。「龍馬ゲーミング」……。うん、悪くない。むしろ、いい!
「俺は別にいいと思うんだが、芽依は?」
「私もいいと思うよ。ほら、高知県って至る所に坂本龍馬がいるしさ」
そう、高知県はあまりにも「坂本龍馬」に頼り過ぎな面がある。温泉には龍馬の年表が刻まれ、至る所に龍馬の銅像があり、お土産屋さんには龍馬のグッズが沢山、挙句の果てに空港の名前にすら「龍馬」という単語が使われ、高知龍馬空港という愛称で親しまれている。
「まあ、龍馬っていう単語は地元受けもいいだろうし、いいんじゃないか?」
「じゃあ、決まりで。『龍馬ゲーミング(Ryoma Gaming)』ね!」
菜希はそういうと、俺が考えたチーム名を全てデリートし、「龍馬ゲーミング」を入力する。どんだけ、俺の考えたチーム名が気に入らなかったんだ……。
「とりあえず、校内に環境が揃うまでは各々自宅で一緒にゲームをやるという方向でいいよね?」
「まあ、このパソコンじゃゲームできないしね……」
「じゃあ、そういうことで」
俺は、いつも使ってる通話アプリで通話用のチームを作り、二人を招待しておいた。おいおい、一緒にやっていくとして、今日の活動は「解散」とした。
「じゃあ、これからよろしく!」
菜希がそういうとコンピューター室から出ていく。
「うん、またゆっくり話そうね」
芽依がそう言うと、菜希は嬉しそうに頷いた。それは本心の笑顔なのか……、それとも偽りの笑顔なのか……。俺は去っていく菜希にどこか引っ掛かりを感じながら、芽依と一緒にコンピューター室を施錠し、職員室に鍵を返しに行く。
下駄箱で待ってていいよと言ったのが、芽依が一緒に行くと言い出し、結局二人で歩くことになった。
「なんか、菜希ちゃんって可愛いよね……」
「そうだな」
俺は適当に相槌を打つ。確かに、彼女は容姿端麗だ。外見と中身は一致しないので、油断してはいけないが……。
その言葉になんの意味があるのか……、俺は下駄箱で靴に履き替えながら、芽依の言った言葉の意図を考えていた。
「じゃあ、またね!」
「おう……」
結局、バスの中でその話題に触れることなく、高知駅に着き、芽依と別れると、俺は駅前の停留所で一人残されながら、薄暗い空を見上げる。また、雨がザーッと降り始めたので俺は急いで、傘を差しながら家に向かった。
【コラム】
高知県といえば何を思い浮かべるでしょうか。まあ、坂本龍馬ですよね。高知県あるあるを調べてる際に「高知県は坂本龍馬に頼り過ぎ」みたいな記事を見つけて分からなくはないなと思いました。ちなみに筆者は空港で龍馬の耳かきと扇子買ったことあります(未だ愛用中)




