002. 少女は病室で彼を思い続ける(2)
エレベーターの小さな振動に揺られながら、俺は考えていた。
プロゲーマーという職業は安定した職業という位置からは一番遠い職業だろう。もちろん、大会で勝ち続け、人気が出てしまえば生活していくだけのお金は稼げるかもしれない。
だが、それはごく限られた一部に過ぎない。
海外で脚光を浴びている選手もいるが……、日本ではまだまだ知名度はマイナースポーツ。世間からの偏見や無理解にさらされ、苦悩する場面も多々ある。
だからと言って、プロで食っていくのを諦めるのかと言われればそうではない。確かに、安定はしないかもしれない。しかし、大会で成果を出せば世界中から注目される。
自分がNRTを作ったのは、それが一番実現できそうだからだ。この先、俺の身に何が起こるのかは分からない。しかし、後悔しないようにやりたいことはやっていこう……、そう心に誓っている。
「芽依、柳町くんが来たわよ」
中野先生はドアを開けるなり、奥の部屋に声をかけた。すると、そこにはベッドの上で本を読んでいる少女の姿が視界に入る。
亜麻色に輝く長い髪に、宝石のように輝く緑色の目を持つ美しい容姿をした美少女。名前は中野芽依、彼女はこちらを見ると驚いた表情を浮かべたあとにふわりと笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん!」
彼女は嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。俺は彼女を抱き留めると優しく頭を撫でてあげた。
「久々だな、芽依。元気にしてたか?」
「うん、最近調子が良くてね。ほら、もう自分で歩けるんだよ」
「もう、芽依。あんまり無理しちゃダメだからね」
「はーい」
彼女はベッドに戻る。俺は中野先生の隣に立って、彼女を眺めていた。芽依は俺のことを見上げるとニッコリと微笑んだ。
傍らには家庭用のゲーム機が置いてある。ゲーム機は病院のテレビに繋がれており、さっきまでやっていたのだろうコントローラが近くに置いてあった。
「久しぶりにゲームでもやるか?」
「いいの?」
「あぁ、今日は時間もあるしな」
「私はいったん学校に戻って書類の整理しに行かなきゃだから……。あっ、面会時間は20時までだからそれまでには戻ってくるわね」
「はい、分かりました」
中野先生はそう言うと部屋を出ていった。そして、芽依はこちらを見て、小さく手招きをする。俺はそれに応じて、芽依の隣に座った。
「なんのゲームやりたい?」
「んっとね……、お兄ちゃんがやったことないゲームがいいな」
にこやかに笑いながらも、その瞳にはどこか「負けたくない」という感情が読み取れた。そういえば、芽依は昔から結構な負けず嫌いだったな……。
こういうところはどこか親近感を覚える。
さて、ゲーマーには二種類のタイプが存在する。ひとつのジャンルを極めているゲーマー、オールマイティーにゲームが上手いゲーマーのふたつだ。
俺の場合はどちらかと言えば前者に近い。やりこんでいるFPSゲームなら強いが、例えばFPS以外のジャンルのゲームはそんなに上手くない。素人に毛が生えたレベルだ。
(そこまで考えての提案というのであれば将来有望だな……)
芽依は俺の膝の上に頭を乗せて、上目遣いで俺のことを見つめる。
「じゃあ、これなんてどう?」
取り出したのは、棚に平積みにされているゲームソフトのひとつ。流行りの人気パーティーゲーム。まあ、二世代くらい前のやつだけど……。
俺は幼少期からこういうパーティーゲームを一切プレイしたことがない。
子供の頃からずっと銃を持って強盗するようなゲームだったり、対人のFPS系統のゲームをやっていた。だから、小学生時代はほとんどの人とゲームの趣味が合わなかった。
「これなら自信あるかも……」
「よし、じゃあやろうか」
俺達は二人でコントローラを持ち、二人で同じゲーム画面を見ながらゲームを始めることにした。
「ちょ……、待って……」
「お兄ちゃん、遅いよ。早くしないと私ゴールできちゃうよ!」
芽依は楽しそうに画面を見ながらコントローラーを操作している。俺は必死についていっているが正直に話すとかなりキツい。
パーティーゲームのミニゲームで選択されたレースゲーム。コーナーを器用に曲がって見せる芽依と、コーナーで見事に車をぶつけながら走る自分では実力に雲泥の差があるのは一目瞭然。
最近の小学生ってゲーム上手いんだな。いや、俺があまりにも下手過ぎるのか、普段コントローラでゲームなんかやらないし……。
「お兄ちゃん、そこの角を曲がったらゴールだよ」
俺は出遅れてしまった分を取り返すこともできずに、見事に芽依に惨敗した。
「はい、私の勝ち」
芽依は誇らしげに胸を張って笑う。その笑顔は昔と変わらず無邪気なものだった。
「まさかこんなことになるとはな……」
「お兄ちゃんって、意外とパーティーゲームは苦手なんだね。学校でやったりしないの?」
「ま、まあ、昔はそんなに流行ってなかったしな……」
(言えない……、一回も誰かとパーティーゲームやったことないなんて……)
「でも、このゲーム一人でやるよりさ、誰かとやる方が面白いよね」
その言葉は当たり前のように聞こえるが……、彼女にとって大きな意味を持っているのだと思う。一緒に遊ぶ友達もいなければ、一緒にゲームをする人すらいない。ずっと、一人ぼっちで病室で過ごしてきた彼女が発した言葉の意味は非常に思い。
この病室でどれだけの孤独を味わってきたのだろうか……。誰にも想像もできないほどの辛さを芽依はきっと感じていたんだろう。
「あぁ、そうだな……」
「また、今度一緒に遊ぼうね。今度も私が勝つから」
気づいたら面会時間の終わりに差し掛かっていた。
芽依の握る右手に少しだけ力が入る。それは小さな約束で、次もまたゲームをして遊ぶというささやかな願いだ。そして、叶うか分からない願いだ。
俺は芽依の手を握り返す。すると、芽依は嬉しそうに微笑んだ。
「もう面会時間過ぎそうだし……、俺は帰るよ。面会時間終わって残ってたら怒られそうだしな」
「うん、分かった。お母さんにも伝えておくね」
芽依は寂しそうな表情でそう呟く。俺は彼女の頭を優しく撫でると、ベッドから離れる。病室から出る扉を開けようとすると芽依が最後に声をかけてくる。
「私ね、お兄ちゃんこと大好き!」
振り向くと、前会った時よりも少しだけ大人びた少女が笑顔でこちらを見つめている。俺がかける言葉は頭で考えるまでもなく決まっていた。
「ありがとう。俺も芽依のこと好きだぞ」
「えへへ……、じゃあね」
「おう、またな」




