028. 新戦力の勧誘(2)
放課後になると生徒で賑わう部室棟――、特に賑わっているのは2階で、手芸部、文芸部、大部屋に吹奏楽部、将棋部と多くの部活が立ち並ぶ。活気で溢れかえっている。
ただ、1階の奥の部屋と3階については、授業で使用する備品を置いたりする倉庫代わりになっていたりと人の出入りがほとんどない。
3階は空き部屋があったりするので、密かに「ゲーム部」の認可が学校側から下りればその場所を使いたいというプランを頭の中で描いていた。立地が悪いのが難点だが……。
そう、部室棟の3階は最果てで誰も来たがらない。2階では人と多くすれ違うが、3階に来た途端に人の流れが消え、誰もいない廊下を一人で歩くことになる。
コツコツという足音を立て、最果ての奥部屋の扉を開ける。
「やっと来たわね……、アンタ何やってんのよ!」
「いや、あの……、俺が聞きたいんだけど……」
既視感というのはこういう時に用いるのだろうか……、いつもの優しい笑顔を周りに振りまいていた彼女が、この部屋ではまるで鬼のような形相でこちらを睨みつけている。
彼女は俺に顔を近づけると、ドスの効いた声で言った。
「なんで、わたしのことを嗅ぎまわってるわけ?」
「それは……、成り行きで……」
「はぁ、意味分かんないんですけど。大体、わたしはアンタのこと信用してないし!」
篠宮菜希は俺を突き放すと、壁を殴る。攻撃的、なんて次元を遥かに超えてる。感情のコントロールを失っている彼女のそれは、普段の振る舞いとはあまりにかけ離れ過ぎている。
壁を殴った勢いでスマホが床に零れ落ちる。スマホについたストラップを今まで一番近くで見たが、やはりNRT時代、それも初期に販売していたグッズで間違いなさそうだった。
(やっぱり、見間違いじゃなかったか……)
「とりあえず、アンタが何を企んでるか知らないけど、わたしの素性を明かそうとしてるなら容赦は……」
「ま、待ってくれ。俺もその好きなんだよ」
ストラップを指さして必死になって考え出した言葉がそれだった。こうなってしまったらしょうがない怒り狂う彼女を鎮めるには、探っていた理由を嘘でもいいからでっち上げないといけない。
「こ、これ――、このストラップ。俺もNRTのファンだったんだ。だから、篠宮さんも好きなのかなって思って周りに趣味を聞いてただけなんだって……」
それを聞いた彼女は、驚いたように目を見開いた。いや、その反応はどっちなんだ。何に対する驚きなのか分からないが……、とりあえず今にも襲い掛かる寸前だった動作は停止した。
「なんで、アンタがそれを知ってるのよ。随分と昔のゲームのプロチームだけど?」
「そのゲームが好きだったんだよ。昔ハマっててさ……」
所属していた本人になんで知ってるのよはおかしな話であるし、まあ「嘘」は言ってないからいいだろう。
好きというか、関係者だしな。
「嘘じゃないでしょうね?」
「あぁ、解散したのは残念だったが……、俺は今でも最強のチームだと思ってる」
これは本当のことである。
俺が死にさえしなければ……、きっとあのチームは「伝説」になっていた。牧野隆史、鈴木凌平、岡田啓介、紅林尚成――、今思えば良いメンバーに恵まれたと思う。
「えっと……、篠宮さんはチームが好きだったの?」
「チームも好きだったし、あの時『THE WORLD』をやってたし……。憧れだったのよ」
「へぇ、憧れの選手って誰だったの?」
「……鈴木凌平選手!」
俺は心の中で「あの爽やかイケメン野郎がふざけんなよ」と毒づいた。当時の小学生のハートも奪っていやがったのかと……、無性に腹が立ってくる。
まあ、律儀にあの頃のグッズを持ってるくらいなんだから、思い入れが強いんだろうなと思いながらも適当に口裏を合わせることにした。
「そのキーホルダー……、本当に創設当初の初期のグッズだよな。本当に数人しか持っていないようなかなりレアなグッズだったはずで……」
そう言うと彼女はどこか誇らしげに胸を張りながら、
「へぇ、本当にファンなのね。そう、このグッズは創設当初まだ有名になる前にひっそりと売られてたグッズよ。そこから有名になっていって、私の眼に狂いはなかったってわけ」
なるほどな……、ハチャメチャな時代からずっと知ってるわけか……。あの頃から応援してくれていたファンの思いにしっかりと応えることができていたなら嬉しい限りである。
そんな感情が表情を緩めたのか、彼女が不思議そうに、
「なんで、アンタが嬉しそうなわけ?」
「いや、同志を見つけてちょっと感動しただけだ……。気にしないでくれ」
本当は胸の中が熱くなるほど感動していて、思わず涙を浮かべそうになるくらいだが……、涙なんか流したら一気に不審がられるので必死に堪える。
「ゲームにハマったきっかけはどういう理由だったんだ?」
「小学生の頃のわたしは、今とは全然違ったのよ。誰とも話さずに一人でいるのが当たり前で、そんな自分に嫌気がさして、イライラをゲームにぶつけたら意外と面白くて『THE WORLD』を始めたの」
「随分と過激な理由なんだな……」
「ゲームに依存する理由なんてそんなものでしょ。あの頃のわたしは、ゲームに救われてた……。ただ何も考えずに銃を撃つことだけに集中してて、他のことは考えなくて良かったから……」
そこからの彼女は、熱に浮かされたように話し始める。そして、最後に「こんなことを誰かに話したのは久しぶりで……、少しスッキリした」と呟いた。
「私ね、そのNRTが解散した後、ショックでゲームが出来なくなったの。で、何もかもを変えてやろうと中学からテニスを始めて、話し方も変えたわ、見た目も変えて、性格だって……」
俺の目に映っている輝かしい青春の光景は、何か彼女の根本的な部分を犠牲に成り立ってるという仮説はどうやら間違いではないらしい。
彼女は、自分の本質を偽り、別の自分として生きてきた。そのストレスが、彼女の精神を蝕んでいるのかもしれない。マットを蹴っていたのは自らの苛立ちを発散する為だろうか……。
「なんか、ゴメン……、わたしの愚痴に付き合わせちゃって……」
彼女はバツの悪そうな顔をして、俺を見る。今にも壊れてしまいそうな、儚げな表情に俺は思わず、
「そのさ、何か抱えてるんだったら、一緒にゲームでもして発散でもしないか?」
と言ってしまった。
「ゲームって……、なんでアンタとやる必要があるの?」
「でも、一人でゲームをするより誰かとやったほうが楽しいだろ?」
俺はそう言って彼女に笑いかけてみせた。なんか、間接的に彼女がこうなってしまったのは俺のせいであるような気がする。ていうか、NRTが解散したのは俺のせいではあるのだが……。
まあ、彼女の悩みを解決できるとは思っていないが、彼女と話しててもしかしたらゲームを一緒にやれば何か分かるかもと思った。
「へぇ、そんなに腕に自信があるんだ?」
「あ、あぁ……。まあ、俺だって篠宮さんと同じくらいゲームをやり込んでるんだからな……」
俺はそう答えながら彼女のことを改めて見た。浮かべた表情がどこか芽依と似ている。彼女も俺とゲームをやり始めてから少しずつ元気になっていった……。
「そんなに自信があるなら、その自信に免じてやってあげる」
そう言って彼女は笑った。その笑顔は年相応の少女のものだった。
「でも、『THE WORLD』はサービス終了してるし……、やるゲームはどうする?」
「だったら、今流行りの『スタバト』でいいんじゃない?」
彼女はそんなことを口にした。スタバトの影響力ってスゲェな……。俺としては願ったり叶ったりのゲームを選んでくれた。彼女がどれほどのゲームの腕前なのか知ることもできるしな……。
というわけで、意外にもあっさりとゲームやる約束をとりつけることに成功した。




