025. eスポーツ同好会(3)
翌朝、教室に入ると芽依が先に登校していた。俺の席の隣で椅子に座っている芽依の姿が見える。髪はサラっとしており、亜麻色の髪が肩甲骨辺りまで伸びている。
「ボーっとして、どうしたんだ?」
「あっ、ごめん……。なんかさ、こうやって学校に来れることが嬉しいなって思って……」
芽依は少し照れた様子で頬を掻いた。
(確かにそうだよな。引っ越す前まではずっと入院生活だったもんな……)
病院での生活を知っている俺にとって、今こうして元気に過ごしているだけで芽依を見れることは幸せなのかもしれない。口に出すことはできないが……。
段々と授業開始の時間に近づいてくるにつれ、静寂に包まれていた教室が一気に騒がしくなる。すると、一人の女子生徒がにこやかに笑いながら教室の中に入ってくる。
彼女の名前は、篠宮菜希という。クラスのいわば「マドンナ的存在」というのは、少々古臭い言い回しかもしれない。
だが、クラス委員を自ら引き受ける真面目さに加え、クラスメイトに明るく接する社交性から彼女のことを悪く思う生徒はいない。当然のことながらクラスの中心人物である。
こういう人とは全く無縁な学生生活を送ってたな、昔の自分は……。
「まあ、今もあんまり変わらないけど」
それはそうと、考えなければいけないのはメンバー勧誘の方だ。昨日の芽依との話を思い出しながら今後のことを考え始める。
昔のように上位のランカーに話をかけて気の合うメンバーを採用しようか。ただ、NRT結成時のように上手くいくのか不安だった。
既に上位で暴れまわってるプレイヤーは企業所属の競技プレイヤーである可能性が非常に高い。まだ、発展途上だった数年前よりも野良から選手に引っ張り上げてくハードルは上がっている。
「あの時は東京だったから即座に集まれたっていうのもあるしな……」
俺はそんな考え事をしながら窓の外を見る。
空は雲一つない快晴で鳥たちが気持ちよさそうに飛び回っているように見える。高知県の田舎町の空は澄んでおり、都会よりも綺麗な気がする。俺はそんな景色を見ながらボーッとしながら、
(アイツらどうしてるんだろうか?)
柳町俊吾は――、もうこの世にはいない。
今の姿で彼らと再会したところで俺とは気づいてもらえないし、アイツらを変に混乱させるだけだ。だから、俺は会わない。俺はあれだけ思ってくれてる芽依の手助けをしようと思う。
「職員室に提出物があるから先に教室に戻っててくれ」
芽依はコクリとうなずくと、途中まで一緒に階段でおり、教室に戻っていった。俺は職員室がある部室棟へ向かう。この時間の部室棟は授業がない教員しかおらず、生徒はほとんどいない。
放課後になると喧騒に包まれるこの場所は、授業と授業の合間の時間では怖いほどに静まり返っている。そんな静寂を打ち消すように「ドンッ!」という薄い音が廊下の奥の方から聞こえてくる。
物音がした方向にいくと、そこは古くなった備品を管理する倉庫だったようで、女子生徒が思いっきり体育で使用するマットを蹴り上げる音だった。
「おい、何やってるんだ?」
俺の声に反応したのか、ゆっくりとこちらを振り向いた生徒の顔を俺は良く知っていた。倉庫でマットを蹴っていたのは、驚いたことに……、篠宮菜希だった。
「えっと……、確か篠宮さんだよな?」
「誰、アンタ?」
「あー、同じクラスの守月っていうんだけど……」
「あぁ……、そういえば……」
いつものお淑やかな口調とはだいぶ違う――、警戒するような怒気のこもった声音、まるで刃物のような刺々しさを感じる口調で彼女は話している。
俺はそんないつもと違う、彼女の立ち振る舞いに少し戸惑いながらも話を続ける。
「ここで何をしていたんだ?」
「別に……、なんだっていいでしょ。なんか、関係あるわけ?」
「それ、学校の備品なんだから蹴ったらまずいだろ」
別に正義感を振りかざしたかったわけではない、説教するつもりもなかった。ただ、なんでこんな誰もいないような場所で彼女がそんなことをしていたのか気になった。
しかし、何も彼女は答えなかった。
何か声をかけようと思ったが、何を言っていいかわからず、面倒くさくなった俺はその場を後にしようとする。すると、部屋の中にいた彼女が俺の袖を掴み――、
「あんた、同じクラスって言ったよね。このこと誰かに喋ったら殺すからね」
「このことってどのことだよ」
「この場でやっていたこと、この会話も含めて全部!」
「あー、クラスでお淑やかな篠宮さんが、実はこんなに口が悪くて、学校の備品を蹴るような、横暴な生徒だったっていうことね」
そう言うと胸倉を掴まれて、拳を握られたので本気で殺されると思い、「嘘、嘘、マジで誰にも言わないから」と必死に宥めて、振りかぶりかけていた拳を収めてもらった。
「はぁ……。ほんとに誰にも言わないから安心しろ。じゃあな!」
俺は彼女の手をから解放されると足早にその場から去る。
まさか、クラスのマドンナにあんな裏面があるとは思わなかった。去り際、彼女のスマホにつけられたストラップを見て、俺は更に驚かされた。
(あれ、なんか見覚えあると思ったらNRT時代に少数限定で販売してたストラップじゃねぇか……)
見間違いじゃなければ、間違いなくNRT時代にグッズとして販売していたストラップだ。グッズも結構販売していたが、あれは本当に最初期に販売したやつなはず……。
「なんであんなもの持ってるんだ……」
デザインは結構凝っていたので俺は気に入っていたが、最初期の頃は知名度もなくグッズの収益的にはおいしくなかった思い出がある。
「まさか、ここで実物を拝むことになるとは……。人生何が起こるかわからないものだな」
俺はそんなことを呟きながら苦笑いを浮かべる。そして、さっきの出来事はなかったことにして、職員室の扉をノックして中に入る。目的の教師を探し、課題を提出してさっさと切り上げた。
教室に戻ると芽依は席に座って一人で本を読んでいた。読んでいたのはつい先日映画化が発表された人気の小説だった気がする。ネットのニュース記事になってたっけ……。
「おかえり。遅かったね」
「ちょっと色々あってな……」
結構、衝撃的な出来事だったわけだが……。
彼女のダークサイドな一面はいったん置いておくとして……、NRTが活躍していた2013年はまだ芽依も彼女も小学生だったはずである。
しかも、あのグッズはまだ活躍してない時のものだから逆算すると、かなり昔からeスポーツというものに触れてきている逸材なのかもしれない。
(これは、篠宮菜希にかなり興味が湧いてきた……)
俺が他人に興味を持つなんていつぶりだろうか――、
俺は頭の中で彼女に話しかける口実を必死になって考える。さっきのことを話題に近づくのは流石にリスキーすぎるので、あまりやりたくない……。
「俺の体に危害が及びそうだしな……」
とにかく、まずはゲームをやってるかを聞きたい。ならば、探りを入れるべきは周囲の人間が良いかもしれない。周りから徐々に探りをいれて、糸口を掴んでいくか……。




