019. お別れと新たな道へ
推薦試験から一週間が経過し、俺は緊張しながら結果発表を待つ。学内の指定校推薦はほとんど落ちないと言われている。そうは言っても……、俺は不安で仕方なかった。
(もし落ちたらどうしよう……)
そんなことを考えながら、俺は指定校推薦を受けた生徒の名簿が貼りだされた掲示板の前に立った。どうやら、あの高校を推薦で受験した生徒は俺だけだったらしい。
俺の番号はすぐに見つかった。
ちなみに、後から聞かされた推薦の裏事情だが、推薦枠は希望者が何年もいないとその高校から翌年推薦を受けれる生徒がいなくなってしまうというからくりがあったそうで……。
「だって、私が通ってた学校の推薦枠を消すのは勿体ないじゃない。去年もそうやって言いくるめて送り出してるからさ……」
と、先生は言っていた。確かにその通りだと思うが……、なんか釈然としない。なんとなく私事に利用されたような気がしてならないのだ。
「まぁ、いいけど……」
俺はそう呟いて、自分の番号を改めて確認する。これで来年からは芽衣と同じ学校に通うわけだ。不思議な気分だった。
だけど、この世界の俺は、柳町俊吾ではない。
「まあ、とりあえずこれで中卒という称号を手に入れずに済みそうだ……」
俺が新学期から通うことになる高校からは既に事前課題がたんまりと送られてきて面倒だなと思った。まあ、面接のみで高校に合格できているので文句は言えんが……。
自由登校期間ということでほぼ学校には行かずに、ゲームに没頭し、プレイ動画をあげて自己満足に浸る。そんな自堕落な生活をしていた。
そんなに熱心にやってるつもりはなかったが、動画の再生回数はかなり伸びていた。収益化の要件も満たし、お小遣い稼ぎにはちょうど良い。
でも、別に金儲けがしたいわけじゃなかった。
自分を自分の眼で分析するのには限界がある。他人から客観的な意見を聞いた時にハッと気づかされることも多くある。俺はその「重要性」をよく知っている。
だから、大勢が目にする場所に動画を投稿しようと思った。
(てか、こんなにやりこんでどうするつもりなんだ……)
俺はふと我に返って、そんな疑問が頭をよぎる。あの時、みんなで約束した目標は、「世界で一緒に戦う」だったはずだ。だが、今の俺は……。
互いに競い合い、励まし合っていた、あの頃の仲間はもういない。
「失ってから初めて気づくって、こういうことなんだな……」
そして、月日が流れて、なんの感慨もなく中学の卒業式を迎えた。名残惜しそうに校舎を歩く生徒たちを横目に俺は一人足早に学校を後にしようとする。
「さてと……。これからどうするかな……」
俺はそう呟いて、空を見上げる。春の空は、雲一つなく澄み渡っていた。
「ちょっと、待ってよ!」
聞き覚えのある声がする。後ろから走りながら追いかけてくるのは立花智香だった。彼女の艶やかな茶髪の髪が風に揺れている。
かなりの勢いで走ってきたのか肩で息をしながら呼吸を整えていた。
「はぁ……、はぁ……」
「そんなに慌ててどうしたんだ?」
俺はそう尋ねたが、彼女は息を整えながら俺を睨みつけるだけだった。そして、少し落ち着いたところで俺に向かって言った。
「なんで……、なんで黙って行っちゃうのよ!」
「別に、言う必要がなかったから」
結局のところ、俺は最後まで彼女と本物の守月裕樹の関係性がよく分からずにいた。別に付き合っているわけではなさそうなのだが……。
「そうかもしれないけどさ……」
彼女は寂しそうな顔で呟く。俺はここで「ごめん」と素直に謝るのは何か違う気がした。それは、彼女を傷つけてしまうという罪悪感からではない。
まだ、この世界での彼女との付き合い方を決めかねているからだ。俺は、この立花智香という少女をどう扱えばいいのかが分からなかった。だから……。
真実を彼女に告げようと思った。
「俺さ、記憶がないんだよ」
「え?」
いきなり訳の分からないことを言われて、彼女は驚きを隠せない様子だった。
記憶がないというのは嘘じゃない。守月裕樹が過ごしてきた中学以前の記憶は俺にはない。それをはっきりとこの場で言ってしまった方が良いと直感的に思った。
彼女の好意は俺に対して向けられているものではないのだから……。
「記憶がないってどういう……」
「俺、実は病院で目が覚めた前の記憶がないんだ。だからさ、本当に分かんないんだよ」
「そ、そんなことって……」
「だから、ごめん。俺、君のことをどう扱えばいいのか分からないんだ」
彼女は俺の言葉を聞くと、しばらく黙ってしまった。俺は彼女の反応を待つ。そして……、彼女は言った。
「そうだったんだね、だからか……。あんなに気の弱かった守月くんが急に登校してきて喋るようになって変だなとは思ったんだ……」
彼女はそう言って笑った。その笑顔はどこか寂しそうだった。
「まあ、仕方ないか……。そういうこともあるよ、きっと……」
彼女の反応は意外とあっけないものだった。俺は思わず拍子抜けしてしまう。
「君はさ、私を守ってくれたんだよ。私を必死に守ろうとして、いっぱい傷ついて、学校の校舎から飛び降りちゃった。その話を聞いたときは本当に辛くて、心配して、だから生きてて良かったと思ったんだ……、本当にさ」
彼女は、まるで俺ではない誰かに言うように言葉を紡いだ。俺に向けられた言葉ではない。それは、きっと俺じゃない守月裕樹に向けられた言葉だ。
「だからさ、もし何かあったら言ってね……。出来る範囲できっと力になるから」
そう言って、彼女は俺に向かって手を差し出した。俺はその手を取るべきか一瞬悩んだが……。
「ああ……。その時は頼むよ」
とだけ言った。彼女の手を握ることはできないと思った。彼女を救ったのは俺ではないのだから、その手を取る資格は俺にはない。
俺の顔を見て彼女は何かを悟ったのか、ちょっとだけ名残惜しそうに「じゃあ、またね」と言い残して別の方向へ歩き出した。
その背中が見えなくなるまで、俺は彼女の後ろ姿を眺めていた。




