018. 推薦試験とまさかの再開
推薦試験はその志望した高校で受けることになる。そして、面接の一週間後には合否が判明する。
高知駅からバスで30分弱乗ると割と新しめの校舎が見えてきた。私立土佐高校、校舎は山道を登って、その頂上に建てられている。田舎の学校だなと、改めてそう思った。
「面接は……、9時からだったな」
俺はスマホで時間を確認しながら、校内を歩いた。渡り廊下からは大きなグラウンドが一望でき、その隣には中等部の校舎が建っている。本当に校舎とグラウンドしか目につかないほど、何もなくただ広い土地だった。渡り廊下からグラウンドを眺めていると、向かい側から走ってくる一人の女子生徒が目に入った。
亜麻色に輝く長い髪に、宝石のように輝く緑色の目、白く透き通る肌に、整った顔立ち、スラリとした手足。誰が見ても美少女だと口を揃えて言うだろう。俺は彼女の容姿に妙な既視感を覚えた。どこかで会ったことがあるような……、そんな感覚に襲われた。
「ちょっと、そこの君。早く教室に向かいなさい」
彼女の後ろを走っていたジャージ姿の教員が彼女を注意する。彼女は俺に向かって軽く会釈をしながら、前を通り過ぎた。
(なんか……、どっかで見たことあるような……)
俺はそう思いながら、渡り廊下から校舎へと入っていく。教室に入ると、俺以外の生徒が全員席についていた。時間を見るとまだ、5分前だった。俺は自分の席に座り、ただボーっと窓の外を眺める。
(この学校、無駄に広いな……)
俺はそんなことを考えながら、グラウンドを眺めていると、スーツをビシッと着こなした教師が教室に入ってくる。
「はい、皆さんおはようございます」
スーツを身にまとった男性教員は黒板に名前を書きながら、挨拶をする。面接は一人ずつ行うらしく、先頭の男子生徒から順番ずつに教室に呼ばれていく。そして、俺の番が来た。
「では、守月君……、面接の場所は2年A組です。そこの廊下をあがってすぐです」
「はい」
俺は教室を出て、面接が行われる教室へと移動した。面接は扉を開ける前から始まっている。ノックして、「失礼します」と挨拶をする。扉を開けるまではどんな質問が来ても答えられるようなシュミレーションを脳内で繰り返していた。
「では、お掛けください」
聞き馴染みのある声と――、見覚えのある容姿。その風貌に俺は思わず声が出そうだった。
(え……、ちょっと待て……、どういうことだ?)
目の前に座っているのは中野美和先生だった。なんで、先生がここに……。俺は驚きを隠せなかった。俺の脳内はパニック状態に陥った。
「どうぞ、お掛けください」
中野先生は不思議そうに俺を見つめながら、座るよう促す。俺はその指示に従い、静かに席に着いた。見間違いじゃない。あれは、確かに中野先生だ。
「それでは、面接を始めます。まずは自己紹介から……」
中野先生は俺にそう言うと、パソコンの画面を操作しながら淡々と質問してくる。俺は冷静さを取り戻しながら、目の前の生徒になりきって答える。なぜ、この学校にいるのかも知りたかったが、そんなことを質問できるわけがない。
ここに立っているのは柳町俊吾じゃなくて、守月裕樹なのだから……。
「はい、ありがとうございました。これで面接は終わりです。結果は一週間後にお伝えします」
中野先生は俺にそう言って、にこやかに微笑んだ。俺は軽く会釈をして、教室を後にし、来た道を引き返すように校舎を出た。当たり障りのない回答はできたが、どこか心に引っかかりがあった。
さっき廊下ですれ違った少女……、まさか……、そんな偶然があるわけない。でも、あの容姿は……、俺がよく知っている人物なんだろうか。
「芽依なのか……」
俺は小さくそう呟くと、昇降口まで行き、靴を履き替える。その時、後ろから声がした。その声は改めて聞くとどこか懐かしい声で……、俺の記憶の片隅にある声だった。
「あれ……、もしかして」
俺の心臓はドクンと大きく高鳴った。振り返るとそこには先ほど渡り廊下ですれ違った女子生徒がいた。彼女は少し照れくさそうに視線を逸らしながら、俺の顔を覗き込む。
「さっき廊下にいたよね。君もこの学校の推薦試験受けたの?」
彼女は俺にそう問いかけた。あの頃の面影は感じられるが……、えらく大人びている。髪も伸び、身長も伸びている。しかし、その透き通った瞳はあの頃のままだ。
「うん、そうだけど……」
俺は動揺を隠せなかった。心臓はバクバクと高鳴り、手足が震えてきた。まさか……、こんな偶然があるなんて思いもしなかった。
「そうなんだ、私も推薦試験受けに来たの!」
彼女は嬉しそうに微笑みながら、俺を見る。そして、言葉を続けた。
「一緒に合格できてるといいね。私は芽依……、田中芽依、よろしくね」
彼女の口から紡がれた名前はよく知った人の名前だった。だから、これは本人だということが裏付けられた。こんがらがりそうな頭を必死に落ち着かせながら、俺は芽依と会話をする。
「守月裕樹だ……、受かってたらよろしく頼むよ」
俺はそう言って、軽く会釈をする。これは現実なのか……、それとも夢なのか……、そんな錯覚に陥ってしまう。目の前にいるのは芽依、俺の知っている中野芽依だ。
「うん、よろしくね」
彼女はそう言うと、小さく手を振りながら校舎の中へと消えていった。多分、美和先生に会いに行ったのだろう。あの感じだと体は良くなったのか……。
あの頃よりも大きくなった背中を見送りながら、
「あぁ……、良かったな、芽依」
俺はそう呟くと、ゆっくりとした足取りで昇降口を出た。校門を抜けると、そこには綺麗な青空が広がっていた。太陽の光が俺の視界を遮り、思わず目を瞑る。
この空もあの頃と何一つ変わらない。まだ太陽は昇りきっていなかったのに……、随分と時間が経ったような……、そんな錯覚に陥ってしまう。
「このまま受かったら芽依と同級生で美和先生にもう一度お世話になることになるのか……」
俺は少し……、不思議な感覚に陥っていた。芽依が元気だということはわかったし、美和先生にも会えた。だが、今の俺は柳町俊吾じゃない。
余計なことは何も言えないし、変に怪しまれる。
「はぁ……、とにかく高校受かってから考えればいいよな」
俺は深くため息をついて、駅へと向かった。合否の発表が待ち遠しいような……、怖いような……、そんな複雑な気持ちを抱きながら、俺は家路を急いだ。