013. 死地の狭間で転生(5)
朝起きると肌寒い空気が部屋に漂っていた。どうやら窓を開けっぱなしで寝てしまっていたらしい。
「んー」
寝ぼけ眼で窓の方を見ると、カーテンがゆらゆらと揺れている。そしてそこから朝陽が差し込み、部屋の中を薄っすら照らし出していた。
今日から12月に入ろうとしている。俺が転生してから約一週間ほどが経とうとしているが、この一週間は目まぐるしく時が過ぎていった。
「ふわあぁ……」
大きな欠伸をしながらベッドから降りる。久しぶりの休日に惰眠を貪ろうと思っていたが、部屋の寒さで目が覚めてしまった。
「うーん」
大きく伸びをして、目を覚ます。俺はトイレに行き、洗面所で顔を洗うと、朝食の準備を始めた。目玉焼きを作り、パンを焼く。休日でも静かなこの家はどこか寂しさを感じる。
東京で一人暮らしを始めた時に同じ気持ちだったな……。
「いただきます」
一週間後には期末試験が待っている。柳町俊吾は勉強が嫌いだった。しかし、勉強が嫌いと、勉強ができないは全くの別物である。
大学生になるために必死になって勉強した財産はまだ頭の片隅にしっかりと残っていて、中学生くらいの問題なら勉強しなくてもスラスラと解けてしまう。
なんだかズルをしているような気分になってくるのだが……、こんなイレギュラーな存在を神様とやらが認めてしまったのだから仕方がない。
「ごちそうさまでした」
食器を流し台に置き、自室に戻る。机に向かい、今日やるべき事を確認した後、申し訳程度に勉強をしてから、俺はベッドに寝転んだ。
「さて、漫画でも読むかな」
世の中便利になったもんで、本屋に行かなくてもスマホから電子書籍を購入すれば簡単に漫画が読めてしまう。こうやって漫画を読んでいるだけで無限に時間が潰れてしまうのだから恐ろしいものだ。
中学生のこの時期は成績が確定する最後の期末試験で、ここで良い成績を取れば高校への推薦も学校側から貰える。この試験で手を抜いてしまうと、推薦を狙っている生徒にとっては痛手になる。
不登校児だったらしい俺は今回の成績を見込みとして総合成績が付けられる。復学時の面談では期末試験の結果が良ければどこかの推薦は貰えるかもしれないと言われた。
ただ、相当成績が良くないと厳しいとの事を言っていた。中間分の追試もある。その口ぶりからは「まあ、無理だろうな」というニュアンスが感じられたのだが……。
そう言われると、なんとなく「負けたくない」という気持ちが湧いてくるのは、俺が負けず嫌いな性格をしているからだろう。
「ちょっとだけ勉強でもするか……」
というような生活を一週間くらい繰り返していると、あっという間に期末試験がやってきた。教室の空気はどこかピリついていて、試験が始まるまでの時間、各々が自分の勉強に取り組んでいた。
「もうすぐか……」
一週間前よりは少し早い時間に教室に入る。試験は六限まである上に、日にちを跨いで実施される。早く終わらないかなと考えながら、俺は試験開始までの時間を待っていた。
「では、試験を始めてください!」
試験監督役の教師のその一言で一斉に問題用紙が裏返された。そして、ペンの走る音が教室中に響き渡る。
俺もペンを手に取り、問題に取り掛かった。一限目の試験は国語だった。一問目……、二問目……、三問目と順調に解いていく。四問目が終わったところで拍子抜けした。簡単だな……。この調子でいけば、まず間違いなく高得点を取れる。
二限目、三限目と続いていき、あっという間に四限目が終わって昼休みを迎えた。
「さて、飯でも食うか」
俺は弁当を取り出し、いつも通り教室の一番後ろの自席で一人で食べ始めると、立花智香が弁当箱を持って近づいてきた。
「守月くん、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「別に構わないけど……」
立花は俺の席の隣まで来ると、手に持っていた弁当箱を開け始めた。中から出てきたのは何とも可愛らしい女の子らしいお弁当だった。色とりどりの具材が使われていて、見ているだけで食欲をそそられる。
「試験はどうだった?」
「そうだな。まだ始まったばかりだから何とも言えないけど、多分大丈夫だと思うけどな」
そう聞くと彼女はニコリと微笑む。弁当を食べ始めた。俺はそんな立花を横目で見ながら、箸を進めた。
「そういえばさ……」
「なに?」
「進路はどうするんだ?」
彼女は食べる手を止めて、俺の顔を見た。
「いきなりだね」
「いや、ちょっと気になっただけだ」
少し間を置いてから、彼女は話し始めた。
「そうだね……。私は東京の高校に進学しようと思ってるんだよね」
「東京?」
「うん。あまり詳しく言えなくて申し訳ないんだけど、お父さんが転勤しちゃうからさ」
「そうなのか……」
彼女の家庭の事情に首を突っ込むのは野暮だと思い、それ以上は聞かなかった。
「守月くんはどうするの?」
会話の流れ的にそうなることは予想できていたが、いざ聞かれると返答に困ってしまう。東京に戻りたいという気持ちは強い。住み慣れた街で生活したいという気持ちは日に日に強くなっていた。
都会は何かと便利だし……。
しかし、その反面、東京に戻るのが怖いという感情も同時に存在していた。この数年の間に、変わってしまったもの、失ってしまったものを東京に行くことで強く実感してしまう気がする。
だから、俺は曖昧な返事をした。
「まだ決めてないよ」
俺はそう答えるしかなかった。彼女は少し間を置いた後に再び口を開いた。
「私が言えたことじゃないけど早めに決めた方がいいと思うよ」
彼女はそれだけ言って、再び弁当を食べ始めた。少し微妙な空気になり、俺は残った弁当を箸で必死に胃の中にかき込んだ。
進路か……。
とりあえず、俺はこの期末試験は何としても高得点を取る以外の選択肢はないと心の中で思っていた。