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習作

エリザは恋について考えていた

作者: 通木遼平

習作です。なので読みにくい部分があると思いますがご了承ください。

「現実は甘くない」と同じ世界観ですが乙女ゲーム要素や異世界転生要素は出てきません。

読みにくいです。






「シューディルくんのこと好きじゃないなら、彼に付きまとうのはやめてほしいの」

「好きだけど……?」


 大きな葉を広げた広葉樹は、地平線に入るために横たわりはじめた太陽の少し強い日差しをやわらげていた。一方でその自然の日よけは、エリザと、エリザの目の前にいる可愛らしい人の顔により濃い色の影を落としている。


 彼女のことをエリザはよく知らない。エリザが通うこの魔法学園の同学年に所属しているのは知っていた。昼間の太陽のように明るい金髪はやわらかく波打っていて、空色の瞳は大きく、長いまつげに縁どられている。背はエリザより少し高いが、平均身長より低く、同じ小柄という分類でも痩せっぽっちのエリザとは全く違う風に見えた。

 彼女が男子に人気があるのも知っていた。エリザの数少ない友人、ローレンが言っていたのだ。


 風に木々の葉が揺れると、二人の顔に落ちた影もゆらりと顔の表面を撫でるようにその身を震わせた。


「それって友だちとしてっていうことでしょう」


 目の前の可愛らしい人の後ろに、まるで物語に登場するお姫様のお付きのように控えていた女子の一人が目をつり上げてそう言った。


「ベティが言っているのはそういうことじゃないわ!」


 それならどういうことなのかとたずねようとして、エリザは口を閉じた。なるほど、と彼女は思った。目の前の可愛らしい人にとっての「好き」を最近目にしたばかりなのを思い出したからだ。


 この、エリザが幼馴染のシューディルとよく過ごしている大きな広葉樹の下で、エリザは先週シューディルが可愛らしい女子生徒と一緒にいるのを見かけた。その時はまだその女子生徒は全く記憶にない人だったが、間違いなく今、エリザの目の前にいる可愛らしい人だ。

 エリザはその場所で図書館で借りたばかりの本を読むつもりでいたが、シューディルとは決して待ち合わせなどをしていなかった。しかし二人が約束も無しにこの場所に集まってしまうことは、よくあることでもあった。


 その日もよく晴れていて、シューディルと彼女は太陽の光から逃げるように日陰の下で向かい合っていた。二人の表情が真剣だったので、大切な話をしているのだろうと思ってエリザは少し離れたところで二人の会話が終わるのを待つことにしたのだが、その時は珍しくエリザと一緒に友人のローレンがいて、彼女に引っ張られて二人の声が聞こえる距離の茂みにしゃがみこむことになったのだった。


 ローレンはエリザよりずっと背が高く茂みに身を隠すのは大変そうだったが、視線は熱心にシューディルと彼女を見つめていた。エリザはその時にローレンから彼女が同級生で、男子生徒からとても人気があるという話を聞いたのだ。

 「もっとも」とローレンの声音は決してシューディルの目の前にいる可愛らしい人を褒める色ではなかった。ローレン曰く、男子生徒から人気があるのは、彼女がそうなるようにふるまっているかららしい。


「シューディルくんのことが好きなの」


 甘い声がすがるようにそういうのがエリザたちの耳に届いた。


「ごめん」


 よく響く低い声が迷うことなくそれに返した。エリザが声変わりの前から知っているシューディルの声だ。


「ど、どうして……? シューディルくん、つき合っている人いないんでしょう?」

「いないけど、だからってあんたの恋人になる理由にはならない」


 エリザにはシューディルが目の前の相手になんの興味も抱いていないことがすぐにわかった。エリザがシューディルのことをよくわかっているのは、シューディル自身も認めている。それだけの時間を二人は共有してきたからだ。


 エリザとシューディルは幼馴染だ。


 エリザの故郷であるポーラノルの村にシューディルが両親と共に引っ越して来たのはエリザとシューディルが六歳の頃だった。ちょうど初等学校に入学した年だ。ポーラノルは何の特徴もない場所だが、緑が多く空気がきれいな山間の村で、エリザはその村で生まれ育った。一方、シューディルは王都に近い街の生まれで、病気の母の療養のために親戚のいるポーラノルに一家で引っ越して来たのだ。

 街から来た男の子はエリザと同じ年頃の子どもたちの中ではとても話題になっていたが、エリザはそれよりも村に屋敷をかまえる領主さまが貸してくれた本を読むことに夢中で、しばらくの間、街から来た男の子の名前も顔も知らずに過ごした。


 二人の出会いのきっかけは、エリザがお気に入りの大きなクヌギの下をシューディルに占拠されていたことだった。エリザは天気のいい日には必ずこのクヌギの下で本を読んでいるのだが、その日は先客がいた。それがシューディルだった。

 領主さまの屋敷の裏手にあるクヌギの近くにはあまり人が寄ってこない、一人が好きなエリザにはぴったりの場所だった。エリザは祖父や父と共に暮らしていたのだが、二人とも領主さまの屋敷で働いていたので、初等学校の授業が終わった後や休みの日にエリザが一人で留守番をしているよりも屋敷の近くにいることを望んでいた。祖父と父の言いつけを守ってエリザは屋敷の周囲、あるいは屋敷の図書室で本ばかりを読んで過ごしていたが、あちこち吟味した結果、天気が悪い日でない限りはこの大きなクヌギの下を定位置にしたのだった。


 シューディルがなぜこの場所を見つけたのかわからない。彼の父親も領主さまの屋敷で仕事をしはじめたので、父親に教えてもらったのかもしれない。最初にシューディルに出会った時、彼はとても不機嫌そうで、むしゃくしゃとしていて、クヌギの根元に生えた雑草をいら立ちまかせに引き抜いているところだった。


 雑草といってもエリザにとってはちょうどいい感じに生えていて、座って本を読むのにちょっとしたクッションになってくれていたので、すぐに彼にその行動をやめるよう抗議をした。シューディルからしてみたら、見ず知らずの女の子にわけのわからない文句を言われて随分驚いたことだろう。

 しかもエリザは同じ年頃の子たちよりずっと小さく痩せていて、シューディルは――のちに彼がエリザにそう言ったのだが――自分よりずっと小さい女の子が文句を言ってきたと思ったそうだ。


「領主さまの子なのか?」

「ちがうわ」


 渋々エリザが座る場所をあけながらシューディルがたずねた。


「お父さんとおじいさんがここではたらいているのよ。二人のお仕事が終わるまで待っているの。あなたは? ここら辺じゃ見ない顔ね」

「俺も父さんがここではたらいているんだ。最近、この村に引っ越してきたばっかりだから……」

「じゃあ、あなたが街から来た男の子?」


 なるほどとエリザは思った。シューディルはちょっと不満そうに片眉を上げ、エリザにぶっきらぼうな口調で名乗ったので、エリザは彼の不機嫌そうな様子はあまり気にせずに「エリザよ」とのんびりと自分の名前を口にした。


 その日から、エリザはよくシューディルとクヌギの下で顔を合わせるようになった。シューディルは不機嫌の理由を母親のためとはいえ店や物がたくさんあり、友人もそれなりにいて楽しい街からこんな田舎の村に引っ越すことになったからだとエリザに話してくれたが、その不満も日々を過ごすにつれて薄れていった。後に二人がそろって教会で行われた魔力測定でよい結果を示したため王都の魔法学園に入学することが決まり、十六歳になる年に、これから四年間を王都で過ごすために旅立つ頃には、シューディルはポーラノルの村から離れることを惜しむほどになっていた。


 魔法学園で二人は別々の分野に興味を持ったため授業こそあまり重ならなかったし、それぞれに新しい友人もできたが、一日に一度は顔を合わせないと何となく落ち着かない気持ちになったので会う時間がそれほど減ることはなかった。


 とはいえエリザはシューディルと自然と顔を合わせることになっていると信じていたが、実際のところ、二人が会う時間があまり減らなかったのはシューディルが意識的にそうしていたからだった。


 ポーラノルの村にある領主の屋敷のクヌギの下でエリザにはじめて出会った時、シューディルはエリザのことを無遠慮で変わった子だなと思った。はじめて会った日、エリザは自分の名前を口にするとシューディルとの会話を切り上げて、となりに座るシューディルのことをすっかり忘れて本を読みはじめてしまった。

 彼女がシューディルの存在を思い出したのは彼女の祖父が迎えにやって来て、一緒にいたシューディルのことをたずねたからだ。祖父の問いに一瞬きょとんとした後、エリザはシューディルを見て、それから祖父に「シューディルよ。街から引っ越して来たの」と言い、シューディルには「またね」とあいさつをして帰って行った。

 シューディルが次に彼女を見かけたのは学校だったが、彼女はちっともシューディルに気づかなかった。時折友だちらしき女の子とおしゃべりをしていたが、ほとんどその視線は手元の本に向けられていた。

 クヌギの下に行けばエリザの視線に止まることができるが、彼女はすぐに本に夢中になってしまう。この頃のシューディルはポーラノルに引っ越して来たこと自体は不満に思っていたものの、同年代の子どもたちは街から来た彼に興味を持ってこぞっておしゃべりをしたがったので、唯一シューディルに興味を持たないエリザが気になり、どうにか興味を持たせようとやけになっていたのだ。


 しかしエリザの視線を本から自分の方へと向けるにはどうしたらいいのかシューディルにはさっぱりわからなかった。彼は時間があればクヌギの下に行くようになったが、試しにエリザに彼女が読んでいる本についてたずねても本の世界に旅立っている彼女の返事はおざなりで、シューディルが入り込む余地は一切ないように感じた。

 出会ったばかりでエリザが読書以外に何が好きなのかもわからず、会話のきっかけも当然なく、初等学校の子どもたちが多く見せる忍耐力のなさで早々にシューディルはエリザの興味を読書から引き離すことをあきらめてしまった。

 そうなるとクヌギの下で彼ができることはなく、エリザのように領主から本を借りられるほどまだこの場所になじみもなく、彼は西に傾きはじめた太陽が作った影をぼんやりと動かす一人遊びをはじめた。

 彼は幼い頃から魔法の才能があり、定期的に行われる教会の魔力測定でもすでによい結果を残していたので、家で休んでいる母によく魔力の扱い方を習っていた。太陽が注ぐ光が作り出した自身の影を魔法に絡め、手のひらで操ると、それに合わせるように足元の影も揺れ動く。


 シューディルがまだ本当に幼く、夜ベッドに入ってから眠るまでの時間に母を必要としていた頃、シューディルの母は枕元に置かれたランプとその少し荒れた両手でシューディルに影絵の物語を見せてくれた。母の両手の影が作り出す動物たちは母の魔法で自由自在に動き、幼いシューディルを夢中にさせた。彼は自分も母と同じように自由に影を動かしてみたいと思い、母に頼んで魔力の使い方を学んだのだ。それ以来、手持ちぶさたの時、シューディルはこうして目の前の影をゆらゆらと気ままに揺らすことで気を紛らわせることが多かった。


 エリザが、太陽が西の山々の向こう側にその身を隠そうとするギリギリの時間まで読書に費やしているのは知っていた。その時間は二人の保護者が仕事を終えて帰宅を告げる時間でもあった。それまでまだしばらくあるが、かと言ってシューディルはエリザのとなりを離れることはできない。エリザがわざわざシューディルのために中々座り心地のいい雑草のクッションの半分をゆずってくれたのを手放すことはとても惜しい気がしたからだ。

 シューディルはエリザの読書がどこまで進んだかを確認しようとちらりと視線を上げた。もしあと少しで読書が終わるなら、うまくすればエリザはこちらを見てくれるかもしれない。ところがシューディルの予期せぬことに、エリザは読書を終えていないにもかかわらずシューディルの方をマジマジと見つめていた。


 厳密にいえばエリザが見ていたのはシューディルの影だった。


「それ、どうしたの?」


 好奇心で瞳をきらめかせながらエリザは言った。


「影が動いてる!」


 エリザがそんな風にシューディルに興味を向けることは――正確に言えば彼女が興味を示したのはシューディルの影ではあったが――はじめてのことだったので、シューディルはすっかり驚き、目を瞬かせ、口をもごもごと動かしながら「そうだけど」となんとか短く返事をした。


「それって魔法?」

「うん、母さんに教わったんだ――」

「シューディル、あなた、もう魔法が使えるなんてすごい!」


 エリザもシューディルのように魔力測定でいい結果を出してはいたものの、まだそれを自由に操る術を学んではいなかった。


「教わったら、エリザもできるようになるよ」

「そうだといいけど……わたし、大きくなったら王都の魔法学園で魔法について勉強したいの。この本も、魔法についての本なのよ」


 さっきまで夢中になって読んでいた本をエリザは遠慮なく二人の膝の上に広げた。それはシューディルにはまだ読むのが難しいくらい文字が多い――とはいえ初等学校の高学年に向けた子ども用の――魔法に関する教本で、同い年のエリザももちろん全てを理解できているわけではなかったが、シューディルは感心した。と同時に、思いもよらぬ難しい本を読んでいるエリザが自分からは遠いところにいるような気がしてシューディルは無性に辛くなった。


「どうやってやるの?」

「どう……えっと、自分の影に、魔力をまぜるんだ。そうすると、魔力を動かすときに影もついてくるんだけど……教えようか?」

「うーん、知りたいけど、お父さんに聞いてみないと。魔法が使えるようになりたいって言うと、まだ早いって言うの。学校にあがったから、もうすぐいいよって言ってくれると思うけれど」


 父親が心配をしてそう言っていることをエリザはちゃんとわかっていたので、困ったように眉を下げながらも「お父さんがいいって言ったら教えてね」とそれ以上の不満を漏らさなかった。


「ねぇ、もう一回やって見せてくれる?」


 二人の膝の上に本を広げたまま、エリザはシューディルに言った。先ほど感じた辛さが一気に吹き飛び、シューディルはすぐにうなずいた。太陽が作る影は先ほどよりも少しだけ縦長に伸びている気がする。いつもよりも緊張しながら、シューディルは自分の影とエリザの影にそっと魔法をかけた。


 シューディルがゆらゆらと動かす二人の影が、クヌギの葉が作る模様の合間をちらちらと舞う蝶のように見える。「きれいね」とエリザが笑った。エリザと目と目を合わせたシューディルは小さくうなずいた。影の合間で宝石のようにキラキラとこぼれ落ちている太陽の光のようなきらめきが、自分の胸の中に生まれたのを彼は感じていた。


 それ以来、シューディルはますますエリザと離れがたくなっていった。その一方で、エリザがシューディルに対して彼がエリザに向ける感情と同じものを抱いてはいないということもちゃんと理解していた。

 それでも彼女のとなりはいつだって自分のものであって欲しかったし、成長して魔法学園に入学してからもそれは変わらず、ポーラノルの村の領主の屋敷のクヌギの下に似たこの広葉樹の下でエリザと会う時間を何よりも大切に思っていたのだ。


 もちろんエリザはシューディルがそんな風に思っていることを未だに知らなかったし、しかしこの広葉樹の下になつかしさを感じているのは同じだったので、故郷にいた時と変わらずシューディルとこの樹の下で過ごす時間に安らぎを感じてはいた。

 エリザはふと、今、目の前にいる可愛らしい人がこの場所でシューディルと会っていたのを見た時に少しだけ気持ちが暗くなったことを思い出した。それはきっと、故郷のあのクヌギの下やそこでシューディルと過ごした日々をかすめとられたような気持ちになってしまったからだろう。


「何やってるんだ?」


 可愛らしい人の傍に控えている女子がエリザを責めるような言葉を向けてきたことにどう返していいかわからず黙っていたエリザの脳裏には故郷でのシューディルとの日々が思い返されていた。その思考の海からエリザを引き上げたのは、その中にある耳慣れた低い声だった。


「シューディルくん!」


 ひときわ高い声で、可愛らしい人がその名前を呼んだ。振り向くと不機嫌そうに眉間にしわを作ったシューディルが腕を組んでそこに立っていた。可愛らしい人とお付きの女子たちは驚いた様子を見せたが、エリザにとっては驚くことはなく、シューディルだってこの場所によく訪れるのだから今日もそうであってもなにもおかしくはない。

 シューディルが会話を聞いたのかどうかはわからなかったが、彼は厳しい視線を可愛らしい人に向けながらエリザの傍に歩み寄り、広葉樹の下でじっと座って女子たちの言葉を受けていたエリザのとなりに当然のように立った。お付きの女子たちが睨むようにエリザを見たが、エリザにはそれがどうしてかわからなかった。


「シューディルくん、わたし、その……もう一度シューディルくんとちゃんと話したくて……」

「話すことなんてない。エリザに何を言ってたんだ?」

「シューディルに付きまとわないでって言われたんだけど」


 可愛らしい人とそのお付きの女子たちがシューディルの問いに答えあぐねているのを気にすることなくエリザが答えた。


「シューディルのこと好きじゃないならって……わたしはシューディルのこと好きなんだけれど、それじゃあ駄目みたい。彼女もこの間ここでシューディルに好きだって言っていたでしょう? 好きに違いってあるのかな?」


 シューディルはぎょっとしてエリザを見下ろした。「見てたのか!?」と声を上げた彼に、偶然見かけたことと、ローレンも一緒だったことをきちんと報告した。


「それで、恋人になりたい好きって、他の好きとはやっぱり違うのかしら? って疑問に思ってずっと考えていたけど、よくわからなくて――シューディルのこと好きだって言ったらそういうことじゃないと言われたし、恋人になりたい好きじゃないと一緒にいちゃいけないなら、違うのよね……」


 シューディルが望む意味とは違うのはわかっていたが、くり返し好きだと言われてシューディルは今にも飛び出そうになる心臓を飲み込むのに必死で口を開くことができなかった。そんな幼馴染の心情には気づかず、エリザはハッとして可愛らしい人に視線を向けた。


「そうだ! 折角だから、教えてくれない? あなたの“好き”ってどういうものなの?」

「ど、どういうって……」


 突然興味を向けられ、可愛らしい人は動揺しながら口ごもった。「質問がざっくりしぎているのね」とエリザはあごに手を当てて考えた。

 この問題はエリザが魔法学園に入学してしばらくしてから気がついたものだった。シューディルは故郷でも人気者だったが、魔法学園に入学してからますます人気になり、特に女子生徒から好意を寄せられることが多くなった。

 そして彼が好意を寄せられるのに比例して、彼の幼馴染であるエリザの元にはこのベティと呼ばれた可愛らしい人のようにエリザに苦言を呈しに来る女子が増えていったのだ。彼女たちの決まり文句は「ただの幼馴染なのに」だ。そして「シューディルくんに近づかないで」とか「シューディルくんに付きまとわないで」とかつづく。そう言われても友人や幼馴染というものは他人に言われてやめるような関係ではないとエリザは思っていたし、エリザはそういう関係性の中でシューディルのことが「好き」だと心から思っていた。シューディルがエリザがとなりにいることを嫌がったならともかく――それを想像すると、エリザはどうしようもなくむしゃくしゃして、折角書き上げたレポートの紙をボロボロに破りたくなるのだが――そうではないのに「付きまとっている」と思われるのは心外だ。

 最初はただただ彼女たちの言い分がよくわからなかったが、少しすると彼女たちの口にする「好き」はエリザがシューディルに対して思っている「好き」とは違うらしい。ということに気がついた。それ以来、エリザはその違いについて興味を抱くようになったのだ。


「恋がどういうものかっていうのも、ざっくりしすぎているかしら? うーん……具体的にシューディルのどういうところに好意を持って恋だって判断したのか知りたいのだけれど……順を追うのがいいのかしら? シューディルと知り合ったのはいつ頃?」

「えっ?」

「知り合って、好意を持って、何かきっかけがあって恋になったんじゃないかって考えたんだけど、違うの?」

「こ、恋は突然落ちるものなの!」

「落ちる?」


 助けを求めるようにシューディルを見上げたが、シューディルの方がどうしてか助けてほしそうな顔をしていた。


「それは……どういう現象なの?」

「げ、現象?」

「突然恋になるということ?」

「そうよ!」

「それじゃあ、顔を合わせてすぐに恋だとわかるものなのね?」

「そういうわけじゃない!」


 すぐさまシューディルが口を挟んだ。それではひと目惚れしか存在しないことになるが、エリザがそう結論付けるとシューディルには困ったことになるからだ。


「もともと知り合いで、何かきっかけがあって恋になることもある」

「きっかけって?」

「それは……人によると思う……」

「色んなパターンがあるのね……」


 エリザは納得したようにうなずきながら視線を可愛らしい人へと戻した。


「あなたはシューディルと顔を合わせてすぐ恋になったということ? それにもきっかけがあるの?」

「シュ、シューディルくんはかっこいいもの!」

「かっこいい……? 顔を合わせてすぐなら、顔のことよね?」


 そう評されることがあるのは知っていたが、見慣れた顔すぎてエリザはいまいちよくわからなかった。「それも人それぞれだろ」とシューディルはやや肩を落としながら告げた。


「でも確かに顔がいい人はよく告白されている気がする」

「……エリザもかっこいいと思う相手がいるのか?」

「わたし?」


 恐る恐るたずねたシューディルに、エリザは悩むそぶりを見せた。


「うーん……ライナス先輩とか?」

「えっ!? いや、でもあの人、同じ学年に恋人がいて……」

「シューディル、どうして慌てているの?」

「あ……いや……何でも……ただ、エリザが先輩のことかっこいいと思っていた何て意外だと思って……」

「シューディルがそう言ってたし、たしかにそうだなって」


 当たり前のようにエリザは言った。


「それで、つまりあなたはシューディルの顔がかっこいいなと思って恋したのね。確かにわたしの“好き”とは違うわ」


 可愛らしい人とお付きの女子たちはそろって微妙な顔をした。エリザに他意はなかったが、シューディルの顔だけに惹かれたと言われたように感じたからだ。実際にそういう一面もあったのだが、彼女は表立ってそれを肯定するほど愚かではなかった。


「顔だけじゃないわ!」


 さすがにシューディル本人にそう思われてはと可愛らしい人は声を上げた。


「でも顔を合わせてすぐなら、見た目以外はよくわからないんじゃないかしら?」

「さ、最初はそうでも、それから他にも好きなところが増えていくの!」

「なるほど、それはわたしの“好き”と同じね。具体的には?」

「えっ」

「増えていくところは同じでも、内容は違うかもしれないし」

「それは……シューディルくんは、かっこいいし……性格も、いいし……騎士としての実力もあるし……」

「確かに騎士のコースの成績はいい方よね。もっといい人もいるけれど。性格もいいと思うけれど、もう少し具体的に教えてくれる?」

「えっと……あ、あなたこそどうなの!?」

「うーん――シューディルは、わたしが本に夢中だといつもは静かにしていてくれるけど、必要な時は時間を教えてくれたり、おじさんやおばさんが手伝いが欲しそうなときは先に気づいて行動したりして視野も広くてしっかりしているし、どんなにふざけている時でも誰かが嫌がることは絶対にしないし、頼りがいがあって、それから――」


 エリザが言葉を連ねるにつれ、目の前の可愛らしい人の顔が悔し気に歪んでいった。シューディルは緩みそうになる表情をなんとか引き締めながら「エリザ」とその名前を呼んで、淡々とエリザから見るシューディルの性格のいいところを上げる彼女の言葉を遮った。


「やっぱり話すことはないみたいだな」


 可愛らしい人をまっすぐ見つめて、シューディルはきっぱりと言った。


 シューディルはこの自分に恋人になって欲しいと言ってきた女子生徒が今まで付き合ってきた男子生徒が、みんなそれなりに顔がいいと評判の男子だということを知っていた。友人たちと話題になったことがあったからだ。彼女自身の見た目が可愛らしいので男子生徒から人気があったが、さえない容姿の者は相手にもされないがそうでない者に対してはその可愛らしさを存分に見せてくれるのだという。その話をしてくれたのは彼女と少しだけ恋人になったことのある友人で、彼女が巧みに隠していたそういう一面を偶然見かけ、嫌気がさして別れたのだと彼女に告白しようと考えていた別の友人に忠告していた。


 彼女が言うシューディルの性格のいいところはきっと一つも具体例が上がらないだろう。


「もう俺たちに付きまとわないでくれるか?」


 エリザは驚いてシューディルを見上げたが、その隙に可愛らしい人とそのお付きの女子たちは悔しそうな顔をしたまま足早にその場を立ち去ってしまった。


「あんな言い方はよくないと思うけど」

「あのくらいきっぱりと言わないとしつこくされるんだ」


 「迷惑なんだ」とシューディルは言った。


「結局恋についてよくわからなかったわ……」


 エリザはがっかりとして足元を見つめた。広葉樹の葉の影が地面にまだら模様を作っている。風でその葉が揺れると、それに合わせて影もゆらゆらと揺れ動いた。それはあのクヌギの下でシューディルが見せてくれた魔法によく似ていた。「別にわからないままでもいいと思うけど」と言いながら、シューディルはそんなエリザのとなりに腰を下ろした。


「好きってそんなに違うのかしら?」

「そうじゃないか?」

「シューディルは違いを知っているの?」

「知ってるけど、みんな違うものだよ」

「シューディルも恋をしているの?」

「……しているよ」

「シューディルにとってどういう気持ちが恋?」


 シューディルはいつもと変わらない視線でエリザを見た。彼女は子どもの頃シューディルがはじめて魔法を見せた時のように純粋な興味でその瞳をきらめかせていた。


「しゃべったりしてなくても、全然違うことをしたりしていても、一緒にいてほっとして、ずっと一緒にいたいと思う気持ちかな。エリザはどう思う?」

「どうって……」

「ここまでの話を聞いた仮定でいいよ」


 「うーん」と首をかしげながら、エリザはまた足元に視線を落とした。あの日のように足元の影はまだゆらゆらと揺れ動き、こぼれ落ちた太陽の光がその合間で輝いている。エリザはハッと顔を上げ、その光よりまぶしい笑顔でシューディルを見上げた。


「わたしが何かを見てきれいだなと思った時、相手も同じように感じていたらいいのにと思う気持ちかしら」


 シューディルも同じ笑顔を返したのだった。




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