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この世界は“神”の手の上

作者: ラララキヲ
掲載日:2022/01/10

     

 

 

 

 

 その日、聖女が秘密裏に処刑された。


 表向きの罪状は国外追放。

 美しく優秀な義妹に嫉妬した聖女は彼女を殺そうとした。

 義妹はその時この国の王太子と一緒に居たので、聖女は義妹を王太子もろとも殺そうとしたのだ。

 聖女の異変に義妹がいち早く気付き、大事には(いた)らなかったが、王太子が連れていた騎士たちに拘束された聖女は見苦しく義妹に暴言を吐き、そのあまりの醜さに王太子はその場で聖女に婚約破棄を宣言した。


 王太子と聖女は国王が決めた婚約者だったが、聖女は美しい義妹に王太子を取られると勝手に勘違いして嫉妬から義妹を憎んでいた。

 王太子が婚約者より義妹を選ぶなんて考えは完全に聖女の一方的な思い込みだったのだが、いくら否定しても聖女は聞き入れず、そのことで王太子は心を痛めていた。義妹も義姉である聖女から勘違いの言い掛かりをつけられて困っていた。


 聖女が強行に出た日。王太子は自分の婚約者である聖女の愚行の謝罪の為に義妹に会っていたのだが、聖女はそれすらも許さなかった。

 聖女は人前ではしおらしく大人しい女を演じていた。気の弱そうな見た目と態度で聖女を演じて、その裏では義妹を虐げる酷い女だった。


 聖女は王太子に危害を加えようとした罪で罰せられた。

 身一つでの国外追放を言い渡された聖女は言い訳もせずに受け入れたが、義姉を(あわ)れみ涙を流す義妹にすら何の言葉も投げかけなかった姿を見ていた人々は、その冷たい態度に嫌悪した。そして思った。やはり噂は本当だったのだと。聖女は心の醜い女だったのだと。噂通りならそんな女がこの国から居なくなって良かった……と。

 聖女の功績などなかったかのように、聖女は汚い囚人用の馬車に押し込められて人々の前から居なくなった。



 処刑された聖女はハンナ・ギブソル。

 ギブソル侯爵家に生まれた嫡女だった。幼い頃に聖魔法に目覚め、その時から聖女として持て(はや)されていた。侯爵家の嫡女で聖女。彼女が傲慢で高飛車な性格になる土台は完成されていたようなものだった。

 しかしハンナは飛び抜けた聖魔法は使えたが、逆に言えばそれだけしかなかった。頭が取り分けて良いかと聞かれれば他にもっと優秀な者がいるし、見た目も義妹の方が美しかった。ハンナが(ほこ)れるものは生まれた家の家格と聖魔法しかないのだと国中の人が知っていた。

 それなのに性格は悪くて裏表がある。聖女だと(たた)えられながら、ハンナは皆から陰口を囁かれる聖女だった。


 ──聖魔法しか使えない女

 ──家の権力を使って第一王子の婚約者の座を買った女

 ──心優しい義妹を虐める女

 ──良い人面して人を騙す裏の顔は醜い女

 ──人にやらせてその成果を自分の物にしている女

 ──影で動物を殺しメイドを拷問している女

 ──聖魔法で回復すれば相手をいくらでも傷付けていいんだと考えている怖い女


 何故かそんな噂がまことしやかに囁かれていた。出処不明で、目撃者の一人も存在しないような噂だったが、国中の皆が知っていた。

 皆が知っていたから、だから国民は『事実』なのだろうと思った。火のないところに煙は立たない。噂があり、その噂を皆が知っている、ということは、そういうことなんだろうと皆が聖女であるハンナを不審に思った。

 ずっと囁かれる『噂』はある時『人々の心の中では真実』になる。確認もできないが、絶対に違うと否定もできないからだ。否定する証拠がないのなら、ならばそれは肯定と同じだろう、と考える人が出てくると、それはもう止めようがなかった。


 ハンナは聖女であるにも関わらず「嘘吐き」だと(ののし)られた。

 ハンナを嘘吐きだと言う口で、人はハンナに聖魔法を使って貰う為にやってくる。ハンナを睨んだり、嘲笑ったりしながらも、国民は聖女の聖魔法を求めた。ハンナがどれだけ人として最低であったとしても、聖魔法の癒しと回復は自分たちにとっては必要だったからだ。

 そんな人々相手にもハンナは笑顔を返していた。作り笑いを止めろと突き飛ばされたりしても、ハンナは聖女として微笑み、そしてその(ちから)を人々の為に使った。使い続けた。

 そうするとちゃんとハンナを見てくれる人が現れた。少数であったが、聖女としての仕事を全うするハンナに寄り添い支えて、理解してくれる人もいた。だけども世間はそんな人たちに対しても「悪女に騙された可哀想な人」と言って嘲笑った。

 ハンナを知らない人々は、ハンナを(かば)う声すらも利用して、ハンナの人格を否定して楽しんだのだ。


 国外追放にされたハンナが乗った馬車にはたくさんの石が投げられた。今更弱々しく見せたってお前が悪女たと知っているのだぞと皆がハンナを憎んだ。


「聖魔法を妹から盗んだ悪魔!!」


 石と共に投げつけられた言葉にハンナは驚き恐怖した。

 自分の知らない何かが人々の中にある。

 ハンナは義妹から聖魔法を奪ってはいないし悪魔でもない。何故そんなことを言う人がいるのか信じられなかった。だけどそれを問いただす時間はハンナには無い。

 ハンナを乗せた馬車は止まることなく人里から離れて行った。

 


 ハンナを乗せた馬車には5人の騎士たちが着いていた。馬車の手綱を握っている者すら騎士だったことに誰も違和感すら感じていなかった。

 囚人を護送するのはそんなものなのだろうと人々は見送った。


 馬車が完全に人里から離れ、周りに人の気配がなくなった頃、ハンナは馬車から降ろされた。

 まだ国境には遠い。休憩か、今日はここで野営をするのかとハンナは思った。

 ハンナに着けられた腕輪と足輪は鉄でできていて冷たくて重い。ハンナは国外へ出ればこれらは取ってもらえるのだろうかと思っていた。

 

 そんなハンナに5人の騎士たちは襲いかかった。

 命を奪う為じゃない。

 その身体を穢す為に襲いかかった。

 清らかだったハンナは泥に(まみ)れて犯された。


 5人の騎士たちにより力任せに暴力を受けて凌辱されたハンナは身体だけではなく心まで傷付けられた。本来なら無意識にできていた筈の回復魔法ですら自分に掛けることもできずに、ハンナは(うつ)ろな目で上を見つめていた。


 そんな彼女に唾を吐いた騎士は、嘲笑いながらまだ微かに動いているハンナの胸の中心に迷いもなく剣を突き刺した。


 聖女であったハンナは、土と汚い男たちの体液に(まみ)れてゴミのように亡くなった。


 5人の騎士たちは彼女の死体を埋めることなくその場に放置し、やがて彼女の亡骸は魔物の餌になった。



 自分たちの体力がなくなるまでハンナで楽しんだ5人の騎士たちは笑いながら王城に戻った。

 そして自分たちに命令を下した王太子、アイザック・レフ・ゼガン第一王子に自分たちの仕事の成果を報告した。


 ハンナの最期を聞いたアイザックは心の底から笑い、そしてその横でアイザックにしなだれかかりながら一緒に話を聞いていたハンナの義妹のシャーロットも心底幸せそうに笑った。

 5人の騎士たちも誇らしげに笑った。


 この国の第一王子であるアイザック・レフ・ゼガンは自分の婚約者がいくら聖女だからといってもハンナであるということに最初から不満があった。好みではないのだ。同じ家の娘でいいなら断然ハンナの義妹であるシャーロット・ギブソルの方が女性として魅力的だと思っていた。同じ侯爵家の娘なのに聖魔法が使えると言うだけでハンナを()てがわれたアイザックは心底嫌だった。

 そしてシャーロットもハンナが王子の婚約者であることが心底不満だった。自分の方がハンナより格段に美しいのに見窄(みすぼ)らしい義姉に負けたような気がして腹が立った。ハンナはただ聖魔法が使えるだけで王子を手に入れ、果ては王妃の立場に立つのだ。こんなに憎らしいことはないとシャーロットは思っていた。


 だからシャーロットはアイザックをハンナから奪った。アイザックも満更でもなさそうだったのでシャーロットの頼みを全て聞き入れてくれた。

 ハンナの噂はこの二人が流したものだった。

 全てが思惑通りに進んだことにアイザックとシャーロットは心の底から喜んでいた。


 二人は邪魔なハンナを排除できたことによりこれから訪れる輝かしい未来に目を輝かせた。聖女などどうにでもなるだろうと思っていた。ハンナなどという()えない女にでも聖魔法は使えたのだ、その内どこかからまた聖魔法の使える者が現れるだろうと楽観的に考えていた。

 だってハンナが使えたのだ。

 もしかしたらその内シャーロットが使えるようになるかもしれない。そうしたらシャーロットが聖女だ。シャーロットが聖女になれば予定通り聖女の王妃が生まれる。そのことにアイザックはニヤついた。訪れる可能性のない未来に夢見てアイザックは笑ったのだ。

 そしてシャーロットも笑う。ハンナという邪魔者が惨めに消えて、これからやっとシャーロットは晴れやかな気持ちで生きていけるのだと幸せだった。

 

 アイザックが国王となり、シャーロットが王妃となる。権力と財力の全てを手に入れて誰よりも幸せになる。二人は最高の気分だった。

 最高の気分のままに酒を飲み、火照った身体で抱き合った二人は甘い雰囲気の中で自然と裸になった。

 吐息が漏れ、汗が身体を伝い落ち、

 二人の身体が最高潮に上り詰めた、その時


 世界が揺れた。



 大地震というレベルでは無い揺れは国中の大地を割り、土をひっくり返した。

 抵抗できずに人々は土の中に呑み込まれ、王城は湧き上がった溶岩に呑み込まれた。


 城の中にいたアイザックやシャーロット、そして国王たちは地下から湧き上がってきた溶岩に逃げ場を塞がれ、生きながらに足先から焼かれ溶かされていった。

 何故か全員が、頭が溶ける直前まで意識が残ったまま激痛を味わって死んだ。


 しかしその中で不思議なことが起きていた。

 聖女ハンナを殺した騎士たちは、溶岩に体を全て溶かされ頭が溶岩の中に呑み込まれても、何故か頭だけで生きていた。

 途切れることなく続く激痛に、既に意識が飛んでいてもおかしくはないはずなのに、気絶する事はなかった。ただただ無くなった筈の体から激痛が押し寄せる。

 意識だけはしっかりしていて、だからこそ死ぬよりも苦しかった。

 しかし騎士たち5人はそのまま溶岩の中を頭部1つになった状態で流され続けた。当然誰の助けも望めない。

 5人はそれぞれバラバラに流され、ただ孤独に、いつ終わるともしれない激痛と絶望の中で生きていた。


 何が起こったのか分からない。


 何でこんなことになったのかも分からない。


 何でこんな目に遭っているのかも分からない。


 5人の騎士たちは、ただただ死ぬことだけを切望しながら、その後数百年以上もの間、激痛の中で生きることとなる。



 一日で更地のようになった国には運良く生き残った人々が呆然と座り込んでいた。

 全員が自分たちがどうやって生き残ったのか分からなかった。

 ただ、助かった人々は誰かを恨むことも誰かを責めることもせず、亡くした人たちのことを思い涙しながら、それでも手を取り合って助け合った。


 そこに更に助けの手が伸びる。

 周りの国から聖職者たちが集まったのだ。その集まり方は異常だった。早い者では災害が起きたその日には駆けつけて救助を始めていた。本来ならば数カ月掛かる距離の国から来た聖職者も居た。

 彼らは口々に言った。


「神託が降り、“近い内に国が無くなる、残った者を助けよ”、と神が言われた。私達はその命を受けてここに来た」


 神罰が下ったのだと世界中の人が理解した。


 国が1つ無くなったが、誰一人、その国がどんな罪を犯したのか知る(よし)もなかった。

 

 

 

 

 

 

   

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 ぱちりとハンナは目を覚ました。


 目に映る光景にハンナは理解が追いつかずに瞬きを何度か繰り返した。

 自分は馬車に乗っていた。

 国外追放を言い渡されて馬車に乗せられていたはずなのに……

 今見えるものは“自分の昔の部屋”だった。

 まだ義妹が来る前の、何も取られていない自分の部屋。

 大好きだった、大切だった物が飾られたハンナの部屋。

 嬉しさと混乱でハンナはその場を動けないでいた。


「お嬢様」


 コンコンコンと部屋の扉が鳴らされて、扉の外から声が掛かる。家令の声にハンナは体をビクリとさせて直ぐに返事をした。


「は、はい!?」


 聞き慣れた自分の声よりも高く幼い声にまた驚く。


「お嬢様、申し訳ありません。直ぐに来ていただけますか?」


 家令の少し焦った様な声にハンナは不思議に思う。

 急いで向かった応接間でハンナは久しぶりに叔父夫婦と再会した。叔父夫婦はハンナを見た途端に駆け寄りハンナを両側から抱き締めた。


「大丈夫……大丈夫だからね……」


 優しくて大好きだった叔母様がハンナに囁きながら涙を流すのを見て、ハンナは更に混乱していた。


 ──()にはこんなことはなかった!?──


 心の中でハンナは叫んだ。

 混乱して呆然とするハンナに叔父は静かな声で教えてくれた。


「ハンナ、落ち着いて聞いて欲しい……

 君のお父さんが行方不明になったようだ……どうやら盗賊に襲われたらしい……


 こんなことまで言っていいのか分からないが……ハンナには知る権利があるだろう……


 ハンナのお父さんはね、再婚する予定だったようだよ。

 女性とその娘を連れてこちらに来る途中に襲われて……3人とも行方知れずになってしまったんだ……」


「え……?」


 叔父の言葉にハンナの頭はもう爆発寸前だった。何もかもが()と違う。

 どうやら今日、義母と義妹が家に来る日だったようだが、その全員が居なくなってしまったと言う。

 あれだけハンナを苦しめた存在が居なくなった。

 それをどんな感情で受け入れればいいのか、ハンナには分からなかった。


 呆然とするハンナを叔母が抱きしめる。久しぶりに感じたその他人の温もりにハンナの心は少しだけフワッとする。


「わたくしたちが居るわ……

 大丈夫よ……大丈夫だからね……」


 ハンナを抱き締め、髪を優しく撫でてくれる叔母の温もりに、……なんだかハンナはそれ以外のことがどうでもよくなっていた。


 数日後に分かったことは、ハンナの父親たちの乗った馬車が盗賊に襲われて、父親は暴行を受け気絶させられ連れて行かれ、義母と義妹になる予定だった人達も抵抗虚しく連れていかれたらしい。

 何故そんなことが分かるのかと問えば、馭者(ぎょしゃ)や護衛騎士数名がその現場を見ていたからだと言われた。盗賊たちは貴族と分かる者だけを連れて行ったようだった。

 ハンナの家は侯爵家だ。

 その侯爵家の護衛騎士であれば貴族出の者も居るはずなのだが、なんとハンナの父は給金の安いあまり腕の良くない平民出の騎士を護衛に選んでいたようだった。

 そのせいで自分の身が危険に晒されたのだから呆れてしまう。


 3人の行方は分からないそうだ。

 顔を潰され誰か分からなくした後で強制労働所に送られるだとか、女は娼館に送られるだとか、頭のおかしい悪趣味な貴族に売られるだとか……色々言われているらしいが、どれも確証が無いらしい。


 ハンナはしばらく()()()にあんなに苦しめられた義妹がまた直ぐに戻ってくるんじゃないかと怯えていたが、その不安も直ぐに解消されることになった。

 ハンナの家、ギブソル侯爵家を叔父夫婦が継ぐ事になったからだ。


 侯爵家を放置する訳にもいかず、父の代理で叔父が父の仕事を引き継ぐと、そこでとんでもない不正が見つかった。そのことを叔父が直ぐに上に報告したことにより、父はその身が不明であるにも関わらず罪に問われ、当主の座を下ろされた。

 そこに父の実弟である叔父が収まり、ハンナは叔父夫婦の養女となったのだ。


 叔父夫婦には息子がおり、ハンナには義兄も出来た。

 ()()()にはなかった出来事にハンナずっと驚き通しだった。

 そんなハンナを叔父夫婦……義父と義母、それに義兄は優しく温かく接してくれた。ハンナが欲しくても貰えなかったものをたくさんたくさんくれた。

 ハンナの中に柔らかく温かな物がどんどんと集まって積み重なってハンナの心を温める。

 新しい家族に囲まれて、ハンナは()()()には浮かべることのなかった心からの笑顔をその顔に浮かべて笑っていた。

 嬉しかった。

 楽しかった。

 そんなハンナがふと思い出した。

 

 そういえば、()()()には婚約者だった第一王子のアイザック様はどうしたのかしら?


 ()のハンナに婚約者はいなかった。義父に直接聞いたから間違いない。

 ()()()にはハンナが2歳の時にアイザックと婚約者になっていた筈なのにどうしたんだろう? とハンナは不思議に思った。

 だが不思議に思っただけで、また婚約者になりたいなどとは絶対に思わない。会わないでいいのなら2度とあの顔を見たくないとハンナは思っていた。


 アイザックはちゃんと居た。

 ちゃんと第一王子として産まれていた。ただその体に“問題を持って”産まれていた為に、産まれを公表されることはなかった。

 産まれた時からベッドから動けない運命にあった王子を、国王は表に出すことはなかった。しかし折角産まれた我が子だ。簡単に殺すことなどできなかった。

 アイザックは産まれを隠され最奥の後宮へと送られた。面倒を見る人たちはちゃんと居たが、母親である王妃は最初こそちゃんとアイザックの元へ通っていたがその足はどんどんと遠ざかり、第二子の王子が産まれると2度と近づくことはなかった。

 国王は最初から近づかなかった。自分が息子を生かすことを選んだのに…………

 

 アイザックには死んだ原因以外の()の記憶があった。

 そのことが更にアイザックを苦しめた。産まれながらに何も知らなければ自分の現状が()()()()になっていただろう。しかしアイザックには自分の足で駆け回った記憶も、好きに遊んだ記憶も、女性と楽しんだ記憶も、臣下を引き連れて威張り散らした記憶も、人々が自分に頭を下げた光景も、自分が国王になると決まった時の高揚感も、全て残っていた。

 そんなアイザックが今は自分では何一つできずにベッドの上で、誰からもまともに話しかけてももらえない状態になっていた。

 メイドたちは必要なことを終わらせると直ぐに部屋を出て行ってしまう。定期的にアイザックの様子をつまらなそうに確認しに来ては居なくなる。自尊心の塊だったアイザックには堪らなかった。でも逃げ出すことさえできずにアイザックは生きるしかない。

 ──何故こんな俺を生かしたんだ!?──

 生まれてすぐに殺してくれたら良かったのに!!! と、アイザックは1度もその顔を見せない国王を恨み続けた。


 アイザックに恨まれていることを知らない国王は、自分の長男に1度も会いに行かないくせに『問題のある子供でもちゃんと生かす心優しい国王』だと自分に酔っていた。

 跡継ぎ……正式には次男も産まれて国王は幸せだった。

 そろそろ若い側妃でも(めと)ろうかと思っていた矢先に、他国からの暗殺者に毒を盛られて倒れた。

 一命は取り留めたものの植物状態になり、自分の息子と同じ様にベッドの上の住人になった。

 国王も意識だけはハッキリとしていたがそのことを周りに伝える術も無く、ただ生かされ続けて長い寿命を全うする。


 倒れた国王の代理として公爵になっていた王弟が執政を務めた。

 王弟は王子の頃から優秀で、密かに第一王子より国王に相応(ふさわ)しいのではないかと噂されていたが、本人がそのことに心を痛め、早い段階で王位争いから退(しりぞ)いていた。

 倒れた国王も国民にとっては悪い国王ではなかったが……執政となった王弟が動き出すと国はどんどん豊かになった。

 国民は感謝と共に王弟を国王にと望んだ。現国王である兄が倒れ、回復の見込みが無いことから王弟はさすがに逃げることを止め、王位を継いだ。

 国は更に繁栄した。


 ハンナは15歳……学園に行く歳になっていた。

 ()()()とは全然違い、ハンナは王太子の婚約者では無いし、ハンナに義妹は居ない。全く違う学園生活が待っていると分かる。

 楽しいだけの学園生活かもしれない。今回は友達がたくさんできるかも知れない。そんな期待を持ちながらもハンナの心はどこか戸惑いがあった。


 ()()()にはこの時点でハンナは聖女に認定されていた。

 『婚約者だったアイザックが怪我をして、それをハンナが回復させたことでハンナの聖魔法の力が知れ渡り、教会にて鑑定を受けたから』だった。しかし()()はハンナが回復魔法を使う機会は訪れず、ハンナも誰にも教えなかったこともあり、誰にも知られずに来ていた。


 聖女になれば()()()のように根も葉もない噂が立ち、悪意に(さら)されてしまうかもしれないとハンナは怖かった。

 “何もしなければ”誰かに攻撃されることはない……

 他の人たちと同じ“ただの令嬢”であれば、知らない人が自分の噂話をすることもない……

 それなのにハンナの気持ちは浮かなかった。ハンナ自身が心を痛めていた。


 聖女であれば人を助けられる……

 聖女になれば誰かを助けにいける……


 ハンナは()()()に刻み込まれた恐怖に打ち勝てない自分の心の弱さに涙した。

 また同じ様になるとは限らないのに、また“前と同じ様に皆に嫌われたら”と思うとハンナの心は冷えて固まってしまう。

 それでもハンナの心は叫ぶ。


 ──でも助けたい!!──



 葛藤(かっとう)に泣くハンナを優しく包み込んでくれたのは叔母であった義母だった。


「泣かないで、ハンナ………

 貴女は貴女の好きに生きていいのよ……」


「お義母様……」


「もう貴女を縛るものは何も無いの……

 貴女がしたいことを、わたくしたちは全力で応援するわ。

 貴女の背中を押す手助けをさせて……


 愛しているわ、ハンナ


 わたくしの愛しい子……」


 ギュウッと抱きしめて優しい言葉をくれる義母にハンナはただただ泣いた。

 ()()()には許されなかった“声を上げて”泣いた。

 そんなハンナの声に気付いて義父や義兄が慌てて駆け付け、ハンナを優しくあやしてくれた。

 その温かさにまたハンナは泣いた。

 泣き続けるハンナに家族たちは誰一人嫌がる事はせず、優しく温かく包んでくれた…………



 ハンナは学園に行くのを止めて教会へと入った。

 聖職者となって人々を助けたいと願った。

 家族は誰も反対しなかったし、いつでも帰ってきていいよと送り出してくれた。


 ()()ハンナは聖女となった。


 聖女となったハンナは()()と違い、国中を回った。『一聖職者』となったハンナを権力で縛る事はできないし、()()は誰もハンナを縛ることはしなかった。


 精力的に飛び回り人々を助けるハンナを国民は愛した。悪意ある噂が上がることも無く、全ての人がハンナを受け入れた。


 何故か『毒に倒れた前国王を助けよう』という声が上がることはなく、何故か国王の世話をしている人達も聖女ハンナを呼ぶことはなかった。

 ハンナがその存在に気付くことはなかった。


 聖女ハンナは自由に幸せに生きた。

 いつしか自分を支えてくれる聖職者仲間の男性の一人と恋仲になり、初々(ういうい)しくもどかしいやり取りの果てにやっと二人は結婚した。

 愛に溢れた一生を、ハンナは生きた。




 ()()ハンナを殺した騎士たちはそもそもこの世界に存在しない。

 あの苦しみから抜け出すことは出来ない。


 さて、彼らに『()』はあるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「“邪”神さま、また聖女のこと見てんですか?」


「だってこの前ちょっと目を離した隙に俺の大切な大切な最推しの聖女ちゃんが馬鹿どもに殺されたんだもん。

 今度は最後までちゃんと見ないと心配で落ち着かない」


「他の神たちが飽きて放置したその“遊び”に、邪神さま全然飽きませんよね〜?」


「だって人間見てんの面白いんだもん。他の神は真面目過ぎんだよ。『全ての人々を正しい道に導いてあげないと〜』なんて、無理に決まってんじゃんな。

 つかなんで人々限定なんだよ?『他の生き物』はなんで除外されてんだ?って感じ」


「仕方ありませんよ。所詮『神』自体が『人が生み出したもの』なんですから」


「勝手に生み出されたんだからこっちも勝手にやっていいと思うんだよな〜? なに? 責任って? 義務って?? 誰が決めたの?

 俺が『神』なのに?」


「笑」


「『悪い事したら怒る』それだけよ」


「あんた邪神でしょ(笑)」


(じゃ)だから。“(あく)(しん)じゃないから。そこんとこ間違えないで」


「そこ気にするんだ(笑)

 まぁその怒る相手が“神”だって知ってたら、そこの人類ももうちょっと考えて行動したでしょうね〜」


「神罰下したから後何年かは()つんじゃね〜かな〜」


「何年かってどれくらいですか?」


「ん〜? 人ってすぐ忘れるから()って百年だろうね〜」


「うわっ、すぐじゃないですか」


「そうよ、だから目が離せないのよ。

 俺の推しちゃんは俺が守る!!」


「推し活もいいですけど、仕事はちゃんとしてくださいね」


「俺一応“邪”神なんだけど……」


「“(ぜん)(しん)が乗り込んで来ていいなら、どうぞご自由に」


「ヤダ。無理。あいつ俺の仕事が終わるまで付きっきりで面倒見ようとするんだもん……なんなのあの粘着質……」


「誰も見捨てない、誰も嫌わない、むしろ誰も彼もを愛する。それが善神(ぜんしん)なので諦めて愛されるしかないですよ」


「やだ〜! 邪神のこと愛さないで〜! 気持ち悪い〜〜!!」


「だったらやることやる。そうすれば善神(ぜんしん)もこっちを気にしたりしませんから」


「あぁ〜、仕事したくない〜……俺の聖女ちゃん〜〜」


「……、あ、善神(ぜんしん)がこっちを」


「すぐ終わらすからあいつこの部屋に入れないで!!」


「分かってます分かってますって(笑)」

 

 

 

 

 

[完]

 

 

 

 

 

     

※1度目の時に国民も死んだ理由→聖女ハンナに少しでも同情したり想いやった人は生きてる。本人を知りもしないのに噂だけを信じた人もアウト。石を投げたり罵声や暴言を吐いたことがある人は苦しんで亡くなっている。


※義妹シャーロットも“前回”の記憶を持って居ます。ヤバそうなとこ削ったら入れるところが無くなりました(;^^) まだ幼女なので……


※聖職者は『善い神』に祈るので邪神の推しであるハンナは“邪神の信徒”ではありません(笑)

 でもその『善い神』も悪神を更生させるのが大変なので助けてくれません(笑)

 善神の口癖は「可哀想に……君が自分でちゃんと出来るまで側にいるよ」です。実際は何もしてくれません側“には”居ます(笑)

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