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花売りのローデチカ

作者: 水辺ほとり

習作です

今日もお花を売り切らないと、帰ってくるなといわれてしまった。小さなローデチカは、小さい手をこすり合わせて、手に白い息をはきかけた。ちっともあったかくはならないけど、少しばかり震えがましになった。陽はどっぷりと暮れて、気の早い星が瞬き始めていた。

「お、お花は、お花はいりませんか……」

 消え入りそうな声で花を売るローデチカの前を隣のおばあちゃんが通りかかった。

「寒いわね、ローデチカ。一本買ってあげましょ」

「ありがとう、おばあちゃん」

 隣のおばあちゃんがローデチカの家と同じくらい貧しいことは、分かっていた。でも、ローデチカはお花を売ってお金にしないと、お家に帰れないのだった。


「お花は、お花はいりませんか……」

 ローデチカの前を意地悪なアドルフが通りかかった。

「やーい!!貧乏人!」とアドルフに囃し立てられた。ローデチカは、かさかさの唇を噛んでうつむいた。じっと前を睨んで、景色が涙で滲まないように力をこめなければいけなかった。雪玉をぶつけられそうになって、走って逃げた。


「お花は、お花はいりませんか……」

 ローデチカの前を裕福な親子が通りかかった。

「可哀想に。お花を買ってあげましょう」

 身なりの綺麗な母親はお花を一束、買ってくれた。

「お父さんとお母さんはいるの?」

小さい子が無邪気に聞いた。

「いるよ」しゃっくりを飲み込むみたいな声でローデチカは答えた。

「どうしてお花を売っているの?」

答えようとしたが、母親がしーーと言って、話はそこで終わってしまった。

 星の音がしんしんと聞こえて、満月がこぼれてきそうなくらい今日は冷えている。そんな夜道は声がよく響く。ローデチカの耳には、裕福な母親の言葉が聞こえてしまった。

「あの子はね、可哀想な子なの。橋の下で拾われた子なの。本当のお母さんやお父さんなら、あんな悲しいことはさせないわ」

ローデチカはカッと頬が赤くなった。

「かわいそうじゃない」と消え入りそうな声でローデチカは呟いた。

 本当に橋の下で拾われた子なのかしら。だったらいいなぁとローデチカは思った。


 残りの花がなかなか売れないまま、ふわふわと雪が降ってきた。今年初めての雪だ。さっきまで、星が落ちてきそうなほどよく晴れていたのに、今は雲に覆われている。冷たい雪がかかってしまうと、お花はしおれてしまう。どうしよう。ローデチカは、橋の下で雨宿りをすることにした。


 橋の下でうずくまると少し暖が取れた。橋の下は真っ暗で怖かったが、風が弱くて寒さは少しましだった。暗闇は、目を凝らすとゆがんだり、伸びたり、縮んだりしている。ローデチカは何かが来そうで怖いな、と思った。


 うとうとと微睡みから目覚めると、そこはベッドの上だった。ランプだろうか、オレンジの影が風に合わせてゆらゆらしていた。どうしてベッドにいるのかなとローデチカは首を傾げた。

「お目覚めかい」

 声をかけられたことにびっくりして、少し叫んだ後、悲鳴を飲み込んだ。ローデチカは前にひどい悪夢を見て、叫んで起きた。怖い夢を見た、とお母さんに縋り付くと、お父さんに引き剥がされて、たくさんぶたれたのだった。それから、ローデチカは大きな声が出せない。

 振り向くと、ローデチカは大きな目をまん丸くして固まってしまった。身なりのいい男が目の前にいたが、男の首から上は花だった。咲きかけの薔薇。それも青い薔薇だった。

「久しぶりだね、ローデチカ。お父さんは会いたかったよ」

「どうしてあなたはローデチカの名前を知ってるの?」

「だって、僕がローデチカと名付けたんだからね」と男は胸を張った。

「名付けたの?」

「そうだよ。僕のローデリヒって名前から取ったんだ」

「ローデリヒなんて名前、聞いたこともないや」

「だって、元々違う国にいたからね」

 ローデリヒと名乗った男は手を広げて体を揺らした。

「じゃあ、ローデリヒが本当のお父さん?」

「そんなことはいいから、シチューをお食べよ」

 ベッドの上に青薔薇男が運んできたのは、ほかほかのお肉いっぱいのシチューと柔らかそうなパンだった。

「こんなにお肉がたくさん。食べていいの?ローデチカ、もう小さい子じゃないし、お誕生日でもないよ」

 青薔薇男は、くるりと背を向けた。

「ローデチカ、いいかい。君はまだとっても小さい。だからいっぱい食べなさい」青薔薇男の声は、震えていた。

ローデチカは満足するまでおかわりをした。こんなにたくさんシチューを食べたのは生まれて初めてだった。とろけそうな幸せとおいしさに、大きな目を見開いて、ローデチカはむしゃむしゃ食べた。


と、遠くから「ただいま!」元気な声が聞こえた。ローデチカがはっと顔を上げると、「誰?お客さん?」とニコニコしながら男の人が入ってきた。男の人は、ローデチカのお母さんとよく似ていた。

「ローデチカのお父さんとお母さんの子のヨゼフだよ」

「……どういうこと」ローデチカには何もわからなかった。

「ローデチカ、君は妖精の取り替え児だったんだ。赤ん坊の時に取り違えられてからずっと」

「じゃあどうしてヨゼフはこんなに大きいの?ローデチカと同い年じゃないの?」

「妖精のそばで育つとすぐ大きくなっちまうのさ」

「さあ、ヨゼフ、会いたがっていた本当の親御さんのところへお行き」

「ありがとうお父さん!ちゃんと働いて、父さんと母さんの助けになるよ」

ヨゼフは、青薔薇男のローデリヒに頬をすり寄せると、身の着のままで出ていった。

「さ、ローデチカ。お父さんと暮らそう」

「お父さんは別にいるけど……いいよ」

「いいよ、ときたか。まぁいいよ。もう花を売らなくていいし、ぶたれなくていいし、お腹いっぱいシチューを食べていいんだ」

「本当?またシチューが食べれるの?」

「本当さ。美味しいシチューだったろう」

「でももうお花を売りに戻らないと」

「もう戻らなくていいんだよ」

「でも……」

 青薔薇男のローデリヒは、小さなローデチカをギュッと包み込むように、抱き締めた。ローデチカはどうしてか落ち着いて、くったりと体の力を抜いた。

「今夜はもう遅いから、まずは寝なさい。おやすみ」ぽんぽんと頭を撫でられて、魔法のようにまぶたが重くなっていく。

「おやすみなさい……」

 ローデチカは、そういえば、ここのベッドってこんなにふかふかなんだなぁと思いながら、眠りに落ちていった。



 初雪の満月の晩にだけひらく夢の道を通って、妖精の取り替え子は実の父の元に至った。

 育ててきた人間の我が子は、ずっと望んでいた本当の父母に会いに、新しい世界へと旅立った。半分は夢を食べさせて育てたので、人間の食べ物が少なくてもやっていけるだろう。

 ローデリヒはひとり呟くと、ヨゼフの小さい頃の服から、ローデチカの服を見繕い始めた。

 

 小さなローデチカは、そのうちまん丸のローデチカと呼ばれるようになるのだけれど、それはまた別のお話。

青い薔薇の花言葉は「夢が叶う」「奇跡」です。

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