花は咲く場所を選ばない
思いつきで書いた短編です。最近執筆してなかったのでリハビリもかねて
ある日、地球上から『人間』という生物が消えた。その原因は、環境汚染だったり核兵器による大量虐殺であったりしたが、証人が居なくなった今、はっきりとした答えは誰にも分からない。
それからすぐ、他の動物たちも次々と地球上から姿を消した。人間の置き土産のせいで、地球は最早生物が住める環境ではなくなっていたのだ。
最後に残ったのは、生存能力の高い、とある植物であった。しばらくの間、その植物は汚染された地球でひっそりとその命を繋いでいたが、ある日、宇宙から降り注いできた隕石により、『進化』を遂げることとなる。
その隕石には、ある星の宇宙生物が開発した実験細胞が付着していた。この実験細胞は、落下地点に生えていた植物を自らの宿主とすることに決めた。
実験細胞の宿主となった植物は、植物にはない知能を持つこととなる。そして知能を持ったこの植物は、この星で生存するにあたって最も適した形へと、自らの身体を作り替える作業を始めた。
その際、周囲に散らばっていた機械片や瓦礫からもデータを収集。結果、この世界で過去最も知性の高い生物だったと思われる『人間』をモデルに新しい身体を生成することを決めた。
「――こうして誕生したのが、私たち新人類こと、『ケラスス・エドレンシス』です。『ホモ・サピエンス』との違いは我々の身体のベースが植物であるということもその1つですが、他にも大きな違いがあります。それが何か、説明出来る人はいますか?」
先生の問いかけに、ビシッと即座に手を挙げるのは、優等生のカメリアだ。
「はい、先生。それは、『ホモ・サピエンス』が雄と雌の生殖行為によって子孫を増やすのに対し、我々は雌のみで子孫を残すことが出来る⋯⋯また、雌しか存在しない、という点であります」
「その通りです。『ホモ・サピエンス』が滅びた原因の1つに、子孫を残す方法が非合理的であったことが考えられます。生殖行為には必ず雄と雌が必要であり、雄と雌が交わったとしても必ず子を宿すわけではなかったようです。その点、我々『ケラスス・エドレンシス』の子孫を残す手段は実にシンプルかつ確実です」
先生は、そこで服の裾をまくってみせた。そこには、うっすらと光る花の紋様が見える。
「我々『ケラスス・エドレンシス』は、12歳になると身体のある場所にこのような花の紋様が浮き上がります。そして、花の紋様をお互いに擦りつけ『受粉』を行うことで子孫を産むことが出来るのです。皆さん、窓から校庭を見てください」
窓際の生徒数名が窓から身を乗り出し、それ以外の生徒は髪の毛の先端を視覚センサーに変化させ、それを伸ばして外の様子を見る。私は窓際なので普通に身を乗り出す側だ。
「校庭の端の方に、若い木が見えませんか? あれは、先生の花粉で受粉し、子を設けた相手です。受粉した際、生命力が高く、美しい個体のみがその後も生命活動を続け、劣る方があのように木となって新たな子供を産みます。恐らく、1月も経てば実の中から私とあれの良いところだけを持って私の子が産まれてくることでしょう」
先生の言うとおり、皆の視線の先にある木は、2つの大きく赤い果実を枝からぶら下げていた。また、枝から下に視線を落とすと、地面に横たわる両手足を広げる、先生の受粉相手の抜け殻がそこにあった。すでに手足は茶色く干からび、ほぼ地面と同化しているが、辛うじて腹から木の幹が生えていることが分かる。
「皆さんは去年12歳になりましたので、早い個体だともう受粉を行っているかもしれません。その際、あのように木になる個体もいることでしょう。ただ、気にすることはありません。木となっても生命活動は終わるわけではなく、知識はそのまま子供へと受け継がれます。我々は受粉を重ね、子孫を産むごとにより良い個体へと進化していくのです。皆さんも、よりよい個体を産み出すため、知識の蓄積に励みましょうね」
はーいと生徒のほとんどが返事をする中、私は素直に返事が出来なかった。それは、私が旧人類の文化を学んでいるからとか、他の子よりも容姿が劣っているからとか、色々な理由があったが、1番大きな理由は、私がまだ、自分の花の紋様を見つけられずにいるからだ。
受粉が行える証である、花の紋様。それが身体に浮かび上がることを、『サクラサク』といい、それまでは花も咲いてない子供、という認識になる。
すなわち、皆が『サクラサク』を迎えたこの教室の中で、私1人だけまだ子葉のままなのだ。
〇〇〇〇〇
旧人類の文化には、『いじめ』と呼ばれるものがあったらしい。学校の図書館に治められている文献を調べてみると、もし私が旧人類だったとしたら、この『いじめ』の対象だったのではないかと考えるときがある。
ちなみに、新人類である『ケラスス・エドレンシス』は、『いじめ』を行うことはない。『いじめ』ほど非生産的で理不尽な行為は存在しないからだ。『ケラスス・エドレンシス』は、非生産的な行為は行わない。進化する上で、そういった旧人類の負の要素は淘汰されてきた。
「⋯⋯だから、皆は私のこの胸のモヤモヤっとした変な物体の正体は分からないだろうな」
最近、特に感じることが多くなってきたこのモヤモヤは、私がまだ進化出来ていない証拠なのだろう。『サクラサク』を迎えるまでは、私たちの身体はどちらかといえば旧人類に近い構造だそうだ。排泄行為も行うし、食事や睡眠も定期的に取る必要がある。
他のクラスメイトが会話している時に、1人だけ排泄のため便所へと向かう際なども、この胸のモヤモヤは変な鼓動でその存在を訴える。いい加減鬱陶しく感じているので、早く正体を突き止めて排除してしまいたい。
「うーむ、旧人類の文献でこの症状に当てはまりそうな物体は⋯⋯『心』かしら。一体どうすれば取り除けるんだろう」
こんなにモヤモヤとした苦しい変な物体、恐らく不要なモノなのだろう。だから、『サクラサク』を迎えれば排除される。
しかし、旧人類の文献には『心』の取り除き方について書かれたものはなかった。全くもって旧人類は使えない。何故、やたらと美少女の絵が描かれた本が多いのだろうか。
美しいモノに惹かれる気持ちは分からないでもないが、内容を読んでみればそんな美少女達がこぞって使えないと斬り捨てられ絶滅した雄を絶賛しているのだ。中には、生殖行為に及んでいるモノまである。雄が雌に差し込む棒状の物体とは一体何だろうか。
⋯⋯好奇心に駆られもう少し調べてみたが、肝心な部分は黒い帯状の物体で隠されて見えない。やはり旧人類は使えない。
何の収穫も得られなかったことに落胆し、息を吐く。こういった無駄な二酸化炭素排出行為も、周りで行うのは私だけだ。なぜ、私だけ皆と違うのだろうか。なぜ、私の胸はこんなに苦しいのだろうか。
1人悶々としながら歩いていると、いつの間にか教室に戻っていた。扉を開け中に入ろうとしたところで、誰かの声が聞こえ、伸ばしていた手を引っ込める。
「先生、私、前から先生を木に堕としたいと思っていたんです。⋯⋯いいですよね?」
「私も⋯⋯カメリアさんの子種なら、お腹に宿したい」
声から察するに、先生とカメリアさんか。まさか、ここで受粉を行うつもりだというのか。
⋯⋯先生の紋様は腕にあることは知っている。カメリアさんの紋様は、どこにあるのだろう?
教室の外からののぞき見を決めたのは、そんな好奇心からだった。ひっそりと息を潜め、バレないように髪の毛を伸ばす。進化が完了してない分他の子より扱いは下手だが、これくらいの短い距離なら問題ない。
「それでは⋯⋯私の愛、しっかり受け止めてくださいね」
カメリアさんが、パカッと口を開く。チロリと伸ばされた舌の先端に、花の紋様はその存在を主張するかの如く強い光を放ってそこにあった。
ペロッと、カメリアさんが先生の腕を舐める。ビクッと先生の身体が跳ねるも、カメリアさんは気にせず受粉を続ける。
作業的なカメリアさんに対し、先生の顔は熱を帯び、手足はビクビクと痙攣している。この動きが止まるとき、きっと先生はカメリアさんの子種を孕み、木に堕ちてしまうのだろう。
――クチュ、クチュ。
そんな先生の声に混じって、水っぽい音が聞こえてくる。その音の発生源は、私だ。さっき読んだ旧人類の文献、そこに書かれてあった無駄な行為の1つ、『自慰』を私は無意識のうちに行っていた。
どうしてだろう? でも、あの2人を見ていたら胸のモヤモヤが股の方に移動していて、気が付けば勝手に手が動いていた。
旧人類はこれを快楽を得るため行っていたと認識しているが、我々新人類にとっては明らかに無意味な行為。それは分かっているはずなのに、何故か手は止まらない。
その理由が分かったのは、私の目線の下で淡い光が灯り始めた時だった。
「マジかよ⋯⋯」
つい旧人類の言葉を使ってしまったが、それくらい衝撃的だった。⋯⋯どうやら、私の花の紋様は、旧人類の生殖器官にあたる部位に咲いていたらしい。これは、気づけないのも当然だ。だって、新人類には不要な部位なのだから。
花の紋様を認識したことで、『サクラサク』が始まる。これまで平坦だった身体つきが一気に女性的に変わり、背丈もぐんと伸びた。周りに比べ劣っていたと認識していた顔も、理想的な配置に変化していく。
⋯⋯これは後から分かったことだが、どうやら花の紋様が分かりづらい場所にあればあるほど、『ケラスス・エドレンシス』は美しくなるらしい。だから、舌に紋様があったカメリアさんもかなり整った容姿をしていたのだろう。
しかし、今私がこんなことを知るはずもなく、背丈が急に伸びたことでさっきまで隠れていた頭がはみ出してしまった。つまり、教室の中に居たカメリアさん達にも見えてしまったわけで。
「ねえ、そこにいるのは誰?」
そんな風に声をかけられたら仕方ない。観念して私が教室の中に入ると、カメリアさんが私を見てごくりと息を呑んだ。そんなカメリアさんの横には小さな木が⋯⋯これ、明日から授業どうするんだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。何故か、私は進化出来たにも関わらず胸のモヤモヤは消えていない。むしろ、カメリアさんの表情を見て外に飛びださんばかりに暴れ回っている。
しかし、今の私は直感的にこの衝動を鎮める方法が理解出来た。これが、システム的に備わっていたモノか、それともバグなのかは分からない。ただ、私が理解出来ることは⋯⋯
「ねえ、カメリアさん。旧人類の性行為の模倣、やってみないかしら?」
この目の前にいる可愛い女の子と今すぐ交わりたいという、極めて原始的な欲望のみであった。