第21話 腐食湿地帯ドレッディナ
あらゆる生物は睡眠をとらなければ、生きていくことはできない。
食事、睡眠ーー。
これらの生命活動を何かしら形で行うからこそ、いわば、それらは生物となれるのかもしれない。
「あのタコ寝てますね」
アヤノは坂下にある毒沼を指差していった。
「無闇に手を出さないでください、あれは腐食タコと呼ばれる厄介な魔物です。近づかなければ安全ですから、このままいきましょう」
枯れた木、灰色の岩肌が露出した地面。
地獄の辺境に来てしまったかのような、死の景色のなかをまっすぐ歩いていく。
ここは腐食湿地帯ドレッディナ。
侵食樹海ドレッディナのまわりを囲むように広がる、毒と気色悪い魔物しかない死の大地だ。
「サリィ、あのタコ捕まえようー!」
「絶対にダメです、アヤノさんレティスお嬢様をしっかり抱っこしててください」
「かしこまりました。ほら、抵抗したって無駄ですよ、お嬢様」
アヤノに拘束されるレティスは、ぷくっと頬を膨らませて、自身のメイドへ解放するように交渉しはじめる。
しかし、アヤノは黒瞳をキリッとさせて、絶対に首をたてには振らない。
「サラモンド先生、こんな危険な場所にお嬢様連れてきて平気だったのですか?」
「……確かに、すこし軽率だったかもしれない、です。現在、レティスお嬢様には俺の魔力量の半分をさいて、究極の防御魔法を5つかけてありますが、
それでも……安全とは言いきれませんからね。人間の領域の外はいつ何が起こるかわからない」
「……あの、その防御魔法ってレティスお嬢様だけですか?」
睨みつけるような視線。
アヤノからいやなプレッシャーを感じる。
「ええ、もちろん。ほかに誰にかける相手がいるんですか?」
「そうですか。そういう事するんですね。もういいですよ」
「……え?
アヤノは途端に不機嫌になって、「お嬢様、行きましょうか」とレティスを抱えなおして先へ行ってしまった。
何か気に触ることでも言ってしまったのか……うーむ、わからん。
⌛︎⌛︎⌛︎
腐食湿地帯を何事もなく越えた俺たち。
いよいよ、魔の森が目の前に近づいてきた。
「レティスお嬢様、アヤノさん、ドレッディナについてはどれくらい知ってますか?」
「うーん、レティスは知ってるっ! ドレッディナって動いてるんだよ!」
そのとおり。
侵食樹海ドレッディナはわずかずつだが、王都ローレシアへまっすぐに向かっているのは、とても有名な話だ。400年かそこいら先の未来、ローレシアが確実になんとか対処しなければいけない問題である。
「ドレッディナの危険性は有名ですね。吸いこめば恒久的に体が麻痺する瘴気、脅威度の高い魔法生物、
さらに廃人のようになって帰ってくる冒険者もいることから、危険な『怪物』が眠っているとも言われてます」
環境の危険性はさながら、怪物の存在も無視できない。
怪物とは、厳密には魔物なのだが、そのあまりの脅威度から「討伐制限」の掛けられている強力な種のことである。
ずっと昔は「古代列強種」と呼ばれて、ポルタにもこの討伐制限がかけられていた。
つまりポルタは、元怪物なわけだ。
「よし、それではこれを服用してください」
レティスとアヤノに青いキャンディを渡す。
「これは?」
「むっ、サリィ、これあんま美味しくなーいっ!」
「我慢してくださいね。これは抗魔力活性剤です。外的要因で体内魔力が変化するのを阻害します。
攻撃魔法なんかは防げませんけど、魔法の瘴気、魔力由来の毒性には高い効果を発揮するんです」
「へぇ、こんな魔道具まで作れるんですね、サラモンド先生は」
「ああ、いえ、これは錬金術ショップで買いました」
「……まぁ、とりあえず、危なそうな場所ですけど、サラモンド先生がいたら何とかなりそうなんで、任せておきますね」
「サリィ! ポルタなんてちゃちゃっと倒しちゃってー! サリィは世界で一番強いんだからー!」
レティスとアヤノの期待を背負う。
中杖を握る手に力がはいる。
「では、いきますか」
「おうーっ!」
「そうですね」
俺たちは、侵食樹海ドレッディナへ足を踏みいれた。




