ラブレターを書こう!
続いてしまいました。ということで天領高校文学部の二人の短編二作目です。
今後もネタを思いつき次第、短編という形で上げていきたいと思います、不定期で。
セミと野球部員どもの元気な声が閉め切った窓を通り抜けて部室の中まで届いてくる。外は掻いた汗も速乾しそうな正に茹だる様なという言葉がぴったりな暑さだというのにあいつらホント元気だわ。
金属バットがボールを打ち返す音を遠くに聞きながらエアコンの設定温度をガンガン下げた室内で読んでいる本の続きを捲る。例年、部員の数が五人を超えたことの無い弱小もいいところの文学部の部室にエアコンが設置されているのは過去の先輩方の偉大な功績の一つといえるだろう。
夏休みも中盤に差し掛かる平日の午前中、野球部のような運動部ならともかく文学部の部員である俺──吾川文人がわざわざ部室にまで出向いて活動しているのはエアコンがあるからだ。という理由はもう古いんだろうな、家庭に一台どころか今では各部屋に一台エアコンが設置されているのが当たり前になりつつある昨今では。当然ながら我が部屋にもエアコンはされていて毎日その偉大な発明の恩恵に授かっている。
なので、こうして夏休みの貴重な午前を部室で過ごしているのには他に理由がある。冷房が効いているからなどの俗物的なものではなく、夏休み明けに行われる文化祭に向けて部誌を作成するという文学部らしい至極まっとうな理由が。
練習しているだけで活動していることが丸わかりな運動部に比べ文化系の部活は普段の活動が周りに伝わりにくい。吹奏楽部や美術部といった比較的に分かりやすい部活もあるが基本的には部屋に籠って何かやっているな、程度だ。
そんな中で堂々と周りに対してうちの部活はこういうことやってますよって発表する晴れ舞台が文化祭で、それに出展するための成果物を用意するために文化系の部活もこうやってわざわざ暑い中、学校までやって来ているという訳だ。まあ、中には文化祭の数日前くらいにやっつけで済ましてしまう横着な部や普段から機を作ってこまめに発表するような奇特な部もあるがそれらは稀な例だろう。
とまあ何だか真面目なことを言っているが大半の部にとってはこうした活動実績を作ることが部存続の必須条件になっているから仕方なくというのが実情で我が文学部も例外ではなかったりする。
そういうことで、今日の文学部の活動内容は部誌の制作なんだが、肝心の部員が集合していない。作業自体は個人作業だから一人でも出来んことはないんだが、そこはそれ、一人でやっても味気ないというものだ。
「しっかし、アイツも遅えな、もうすぐ一時間経っちまうぞ」
暇かどうかで言えば昨日出たばかりの新刊を読み進められたので暇ではない、ただ問題はそこではなく今日の活動内容が読むではなく書くということ。本来の活動が始められずに一時間が経過しようとしていることが問題だ。
「先輩、先輩!ちょっと聞いて下さいよ! ていうかコレ、コレを見てください!」
「お前なあ遅れてくるなり騒ぐなよ、まずは遅刻の言い訳とかから──って何だソレ?」
ぐちぐちと脳内から口の外へと愚痴が漏れ始めてきたころにやっと来たかと思えば開口一番に騒ぎ立てる部員一号こと本条佳乃に呆れながら振り向くとその手になにやら封筒みたいなものを持っている。
「見て分からないんですか先輩、とうとう頭だけじゃなく目までわるくなっちゃったんですか先輩。これはですねラブレターというものですよ先輩」
その言い草に軽くイラっとしながらも目はその手にある物体に釘付けだったりする。
部員一号の手にラブレターがあり、それを俺に見ろと言うってことはもしかして?
「あ、違いますよ。私が先輩にラブレターなんて書くわけないじゃないですか。これは私が貰ったんです」
こっちがソワソワしだしたのを察したのか出てくる否定の言葉。そんなきっぱり否定せんでもいいだろうに、わかってても期待しちゃうのが男の性ってもんだろう。
部員一号の言うところには、部活へ来る途中に渡されたらしい。
こいつにラブレターを渡した奴はよくもまあ、渡せたもんだなと思う。渡したということは手渡しということだろうしその度胸が、という意味もあるがそれよりも時期的な意味でだな。
今は夏休みの真っ盛りで、文学部は別に毎日活動している訳じゃない。それなのにこいつが学校に来る途中で渡せたってことは部員一号の予定を知っていたと思われる。一応、部室の鍵の管理の問題などもあるので部の活動予定は提出しているし、職員室にはその予定が書きだされているので校内の人間なら知ろうと思えば比較的楽に調べらるんだが・・・それでも多少のストーカー気質があるんじゃないのかと不安が湧くのは仕方ないんじゃないだろうか。
「いやあ、モテるってのはつらいですねえ先輩。これも私の美貌が成せる業でしょうか、美しいというのも罪つくりですねえ」
当の本人はそんなことかけらも気にしちゃいなさそうだが。あとその無駄に高いテンションが激しくうざい。
「それで、それを俺に見せてどうしろと? まさか、朗読しろとでも言う気じゃないだろうな?」
「まさかまさかですよ、私はそんなデリカシーの無い人間じゃありませんからね、先輩に見せるのは表までです、中身は見せたりしませんよ」
表面だけでも俺に見せびらかしてる時点でデリカシーなんて言葉とは無縁な気もするがな。
それにしても何でこんなテンション高いんだろうな?コイツは。よっぽど差出人がかっこよかったとかそんなだろうか、・・・ほんとどうするつもりなんだろうな、この浮かれ具合からいって付き合うつもりなのか?
「どうするつもりなんだ? これだけ遅れてきたってことはもう中身も読んだりしたんだろう」
「うーん、そうですね。どうしたらいいと思います?先輩」
「どうすれば・・・って、そんなこと俺に聞いて、それこそどうすればいいんだよ、付き合うにしろ断るにしろお前次第だろそんなもん。ま、まあ? 部長としてはもしそいつと付き合うとして? 夢中になられて幽霊部員になられたら困ると言うかなんというか」
じっとこちらを見つめてくる目をまともに見返すことが出来ずに顔を逸らしつつしどろもどろに是とも非ともつかない言葉を垂れ流す。部長としてはってなんだ、部長としてはって。でも実際、こんなこと聞かれたって答えようがないだろう、俺達が付き合っているというわけでもないというのに。
「ふふ、そんな慌てなくても相談したのは冗談で、実はもう返事はしてきたんですよ」
「はっや!それ貰ったの今日だろ?ていうかさっきだろ?いくらなんでも早すぎね?」
「目の前で読んでそのまま返事をしました。逃げたら絶対返事しませんよって言って」
「鬼畜か、お前は」
「直接以外は告白と認めない派なんです、私」
直接告白する度胸がないからラブレターだなんて形にしたのだろうに、目の前で読むとか、でもまあ直接手渡ししてる時点で実質告白してるようなもんか。
「それで? なんて返事したんだ?」
「ええ、お断りしましたよ」
え?断ったの?あの浮かれ具合で? てっきり付き合うことにでもしたのかと思ったが・・・そうか、断ったのか・・・。
「なんですか、ホッとしたよう顔してますね」
「いやいや、別にそんなことないし。っつうか、もう返事してたんならなんでそんなもん見せてきたんだ?」
「自慢するためですけど?」
「自慢かい!? デリカシー云々はどこへ行ったよ!? そんなことに男子の勇気の結晶を使ってんじゃねえよ!」
誰か知らんがそれを書いた人物が可哀想だろうがよ。
「そうですね、すみません。それはそうと先輩、先輩は貰ったことあります?ラブレター」
「んがっ」
ねえよ、無いですよ、あーりーまーせーんーー。すみませんねえ、モテない男で。
「あれ? もしかして貰ったこと、無いんですか? 先輩ともあろう方が?」
うぜえ!確かに目の前のこいつのような顔の造作のいいヤツならラブレターごとき珍しくも無いのだろうが、俺のような一般人には縁の無い代物なんだよ!・・・無いのが普通だよな?
「ふ、ふふん、あんまり俺様をなめんなよ新入部員、こちとら腐っても文学部部長ぞ。貰う側じゃなくて書く側よ、今は残念ながら機会がないが、いざ事なればラブレターの一通や二通認めて、女子なぞ立ちどころに堕としてせしめるわ」
「おー、なら先輩の御手前を見せていただきましょう」
「・・・は?」
「ですから、ラブレター、書いてみせてください」
「・・・なんで?」
「そこまで豪語するのならさぞかし素敵な恋文でときめかせてもらえるのでしょうねと、折角ですので私宛てにお願いしますね」
ぺちぺちと気のない拍手をしたかと思えばなんちゅう無茶振りをしてくださるのでしょうか、こやつめは。
「なにゆえ相手の目の前でラブレターなんぞ書かなきゃならんのだ、新手の拷問か? 今なら最後のおねしょでも初恋の相手でもなんでも秘密喋ってやんぞ、コラ」
「えー、いいじゃないですか。私、うらやましいんです、先輩からラブレターを貰える相手が。せめて戯言でもいいので私も送ってもらいたいんです」
ええい、目を潤ませるな、下から覗き込むな、ていうか近い、顔が近いんだよ! くっそ、こんなんに惑わせらると思うなよってコイツから何だかいい匂いがするんですけど──
「お、おーう、書いたらー」
さあて始まりましたよ、たのしいたのしい拷問タイムが。今ならまだ逃げれんかな、全力ダッシュでならダメかな。
渡された便箋を目の前にシャーペンを構えるもなかなか最初の一文字は書き出されない。
当たり前だっつうの、なにこれ?羞恥プレイなの?
向かい合わせで座る部員一号を盗み見ればこの野郎、めっちゃニコニコしておるし。
もういっそウケ狙いでいくか? ・・・止めておくか、スベった光景を想像してみたらいたたまれなさすぎて俺の部活引退が数カ月早まってしまう。
さっさと諦めて書いちまった方が楽だよなこれ。はあ~あ。
『本条佳乃さんへ
「・・・ぷふ! あ、すみません。いやあ、手紙の中とはいえ先輩にさん付けで呼ばれるとかおかしくて」
「・・・お前なあ、茶化すならあっち向いてろよ。ていうか見られてたら集中できんだろうがよ。ちゃちゃっと書いてやるからこれでも読んでろや」
「あ、新刊じゃないですか、わーい」
部員一号が部室に来るまでに読んでいた新刊を差し出すと早速とばかりに読書に集中しだす。おのれ、俺が書くラブレターへの興味は新刊以下か。
まあいい、こいつが見てないうちにさっさと書き上げてしまうとしよう。
しばらくはシャーペンが文字を書き出す音と部員一号のページを捲る音のみが部室を支配する中でゆっくりと時間が過ぎていく、いつの間にか野球部の練習は終わっていたみたいだな。
シャーペンを机に置く音に反応して部員一号が読みかけの新刊から顔を上げる。
「おーう書けたぞ、完成だ」
「あ、でしたらこっちの封筒に入れてください、シールもちゃんと貼ってくださいね」
なんでそこまで本格的にしなきゃいけないの?
手渡されたハート型のシールを見て残されていないはずの精神力がガリガリと削られる音が脳内で再生される。
書いた手紙を封筒の中に入れてしっかり封をする。ついでなんで宛て名も書いといてやろう。
「ほらよ」
「あ、もう。ちゃんと雰囲気を出して渡してくださいよ、本番ではお願いしますよ」
投げ渡した手紙を頬を膨らませて拾い上げつつ文句を言うがそんなことは知ったこっちゃない、なんだ本番て。
しっかし、なにこのシチュエーション、相手の目の前でラブレター書かされて、目の前で開封されて、目の前で読まれるとか。精神攻撃か?だったら効果はバツグンよ、俺の精神力残ってねえもん。
部員一号は今、取り出した手紙の文面を静かに目で追っている。さっきまで自分で書いてた文だからな、俺も一字一句しっかりと思い出せる。
『本条佳乃さんへ
今年の春、新入部員勧誘期間中ひとりも新入部員が現れず自分の代で伝統ある文学部も廃部かと
諦めかけていたところへ入部してくれたのが貴女でした。
部員を二名とし新たな船出を迎える文学部の活動の中、住む世界が違うのではと思える貴女を前
に随分と胡乱な対応をしてしまったのも今では懐かしくさえ感じます。
思えば見た目から受ける印象とは全く違う貴女の奔放さには随分と振り回されたものですが、い
つの間にか部室で過ごす貴女と二人の空間は自分にとって掛替えのないものとなっていました。
貴女は御存知でしょうか、貴方の持つその自由な発想と行動に触発され、貴方の仕草の一つ一つ
に度々動揺させられていたことを。
秋を越えれば文学部を引退し、時を置かずに卒業を迎える我が身を思うと、残される時間の少な
さに貴女と同学年でないことが惜しまれてなりません。
願わくはその時を迎えた後も貴女の隣に立つ者が自身であって欲しいという思いをこの文に託し
記します。
吾川文人より』
なんだかなあ、このラブレターに限らず自分の書いた文を読まれるのを待つ時間ってのは何とも言えない時間だよなあ。
一応、本当の告白ではないとはいえ、今の俺の偽らざる本心を書いたつもりだ、最後以外。最後のはなんだ、恋文らしくしないと部員一号が文句言うだろうから仕方なく、だな。
「先輩」
「なんだ?」
一通り目を通し終わったのかこちらに顔を向け呼びかけてくるのに返答する。なるべく内心を出さない様に素っ気ない感じになったが内心はもうドッキドキですよ?
「固い、固いですよ先輩、いつの時代の人なんですか」
「なにおう!? 恋文つったらこんなもんだろうがよ」
「私が求めたのはラブレターですよ!? 大体、何ですかこれ、全然普段の先輩と違うじゃないですか!?」
ダメ出しをしてくる部員一号とギャアギャアとやり合っているうちにたまたま目に入った壁掛けの時計に意識をやれば短い針はとっくに今日の部活の終了予定時間を超えていた。
結局、今日も一日、後輩に振り回されるだけで終わってしまったよ。
「はあ、時間だ時間。結局、今日も部誌に取り掛かれなかったじゃねえかよ。期限、そんなに余裕はねえんだぞ、どうすんだよ」
「先輩、だったらこれを部誌に載せましょうよ!」
「阿呆かお前は!? 校内どころか一般の来場者にまで配るんだぞ、なんで自分を自分で公開処刑の檀上に送らなきゃならんのだ!?」
「えー、可愛い後輩としてはー、先輩の溢れる愛情をー、皆さんにー、自慢したいんですー」
「はあ、もういいや。ほら、それ返せよ、念入りに処分すんだからさ」
何かの間違いで余人に見られようもんなら死ねる、間違いなく。そんな危険物は己の手で念入りに処分せねばならん、確実に堅実にだ。
「嫌です、これは私が貰った物なんですからもう私の物なんですよ」
そう言って制服のポケットにしまわれる手紙。ああ、そんな男子が手を出すには難易度の高すぎるところにって、出てる!はみ出てるんだよ!封筒が!それ絶対にどっかで落とすフラグかなんかだろ!
はあ、ちょっとしたお遊びみたいなもんなのになんでこんなに気疲れせにゃならんのだか、書いてるときもそうだったが疲れるわ。部員一号が言ったみたいにやっぱ告白っつうのは面と向かって直接するもんだな、きっと。それなら言っちまえば終わりだし、証拠も残らんだろうしな。
「そう言えば結局好きですとか付き合ってくださいとか、直接的なことは書かれていませんでしたね、ラブレターなのに」
「本当の告白でも無いのにそんなん書いてどうすんだよ、こっぱずかしくてやっとれんわ」
鍵を職員室に返しに行く道中で部員一号が思い出したように文句を言ってくるが、本番でも無いのにそんなん書けるわけないだろうに、いや本番でも言えるかどうかわからんが。
「他の女子は知りませんが、私はそういう直接的な言葉に弱いんです、憶えておいてくださいね、先輩」
お読みいただき、ありがとうございます。