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『ウィスタリア』と『蛍』

 

 ランヴェルス国が滅亡する寸前に、西のリャヌーラ攻略に向かったランヴェルス軍と、軍を率いていたラムセス将軍を探す為、俺達は怪我人を含めた約百名の兵士と共にナチャーラ村に別れを告げた。


 ナチャーラ村を出立してから四日後、旧ランヴェルス国西部の川沿いにて。


「よし! 釣れたぞ!!」

「こっちも網にかかりました。見てください姫様、これがパトラスマスですよ」

「うわぁ……なんか大きくて固くてヌルヌルする……」

「あの浮いている魚を取ってきてください、矢で仕留めた奴なので」


 陽が西の空を茜色に染め始めた時刻。


 兵士達総出で川釣り大会が催され、各自思い思いの方法で川魚を取り漁っていた。

 端からだと和気藹々とした雰囲気だが、食糧が不足して急遽開かれた大会なだけに、夜飯を確保するべく皆さん必死のご様子だ。


「ねぇウィスタリア、リャヌーラ国境まであとどれくらいなの?」

「約二日程ですね。このまま川に沿って上流に向かい、街道に出ればあとは道なりで半日程です」

「ふーん、まだまだ先は遠そうねぇ」


 と、粋の良い魚達を棒で突っつくリリーエ。


「街道から外れた山間を進軍しているから仕方ない、その分、敵に見つからないだろうから安心して進軍できるからな」

「私が道案内しなければ今頃迷っていたのです、感謝して欲しいのです」


 ヨイチの言う通り、この辺りの地形に詳しい者が居なければこんな山間部は通らないだろう、そういう意味で、ヨイチは先導役として大活躍していた。


「うんうん、わかってるよ~ヨイチ~、ありがとう~! ぎゅー!」

「あ、リリーエ様っ! な、撫でないでっ! 抱き締めないでくださ……あっ! そこは、ダメ……っ! や、やめてください!!」


 ぎゅ~と強く抱き締められ、ヨイチはリリーエから逃れようともがいている。

 そんな二人を無視し、俺はウィスタリアに指示を出す。


「そろそろ日の入りだな、ウィスタリア、夜営の準備に取り掛かるよう兵士達に伝えてくれ」

「畏まりました」と俺の命にウィスタリアが頷いた。

「皆さん魚釣りは止めて夜営の準備を! 魚を取れなかった者は取りすぎた者から譲ってもらってください!」

「う~! 可愛いなぁヨイチ~」

「は、離してください……」


 ウィスタリアの下知で兵士達が川岸で拾ってきた木々を燃やし、夜営の準備を始める。

 見た感じ、どうやら全員分の魚は確保できたようだ。


「さて、こっちも支度するか、俺は燃やせそうな木を探してくるから、リリーエ達は取った魚の調理をしてくれ」

「げっ、あの魚に触らないといけないのかぁ……」

「リリーエ様は見てるだけで大丈夫です、私が魚を捌くので、……だから、いい加減そろそろ離してください」

「なら私はハルト殿に付いていきます、森に一人で入るのは危険ですから」

「んじゃ、暗くなる前にさっさと薪を取ってこようか、ウィスタリア」

「そうですね、ハルト殿」


 俺とウィスタリアが林に木を拾いに行き、その背中をリリーエがジッと見つめ、ニシシと微笑んだ。


「あの二人、最初は仲悪そうだったけど今は良い感じじゃない、くっくっくっ、面白くなってきたわね!」

「リリーエ様……もう離して……ください」



────────────────────────



 川辺周辺の林の中、俺とウィスタリアは燃やすのにちょうど良い木材を拾い集めている。なんだけど……。


「………………」

「………………」


 (──き、気まずい!)

 二人で木を拾い続けて大分経つが、一向に会話が起こらない。


 なんだこれ、なんでこんなに場の空気が重いんだ? ウィスタリアはずっと木を拾ってるだけで俺と顔を合わせないしずっと無言だし。あれか、俺から話しかけるのを待ってるとかそういう感じなのか? オーケー上等だ! それなら俺から話しかけてやるよ!!


「あ、あのさ、ウィスタリア……さん?」

「…………」

「あの、聞こえてますかね?」

「…………」


 ふぅ~、これは予想外だ。

 まさかこの至近距離、しかも名前入りで呼んだのに無視してくるとは思わなかった。

 女の子と二人きり、しかもこの前まで俺を何故か睨んでいた女の子と二人きりだ。ただでさえ重苦しいのにあの時の事を思い出して余計に息苦しく感じる。無理だ無理! こんなの耐えられるか!


 誰でもいい、今すぐこの地獄から俺を解放してくれっ!


 なんて、脳内であれこれ悩み込んでいると、ウィスタリアの重い口が突如として開かれた。


「……ハルト殿」

「え? あ、はい!!」


 いきなり話し掛けられて、半ば反射的に直立不動で返事してしまった。


「その……ごめんなさい!」

「…………え? 何が??」


 怒られるものだと思って身構えていたが、ウィスタリアによる突然の謝罪で思わず首をかしげた。何か謝られるようなことあったっけ?


「私とハルト殿が初めてあった日の事です、今までずっと謝りたかったんです」

「俺と会ったとき? ウィスタリアが俺に何かしたかな?」 

「ナチャーラ村に向かう道中、ずっとハルト殿を睨み付けてるように感じたと姫様が仰られていたので、ハルト殿の気分を害してしまったなら謝ります、申し訳ありませんでした」


 ウィスタリアが深々と頭を下げてきた。なんだ、別に怒ってる訳じゃなかったのかと一安心。


「あー、それのことか、別に気にしてないよ」

「そ、そうですか、なら良かったです」


 ウィスタリアはホッと胸を撫で下ろした。

 まぁ、あの時はウィスタリアに嫌われたのかとあたふたしてたけど、別に気分を害すほどの事でもなかったし、ちゃんと謝ってくるなんてウィスタリアは真面目で良い奴なのかもしれない。


「ちなみに、あの時は何で俺をずっと見てたんだ?」

「えっ!? えっと、その……なんて言うか……」

「なんて言うか?」

「は、ハルト殿と姫様が楽しそうに話をしていたから、その、羨ましくて……」

「それって、ただ会話に混ざりたかっただけって事か?」

「そ、その通りです……」


 身体をモジモジさせながら、俺に顔を見られまいと恥ずかしそうに下を向いた。


「ふ、何だよそれ」


 そんなウィスタリアの恥じらう姿に俺は思わず吹き出した。

 てっきりウィスタリアに嫌われているのかと勝手に思っていたから、今までよそよそしくしていた自分が可笑しくなったのだ。


「わ、笑わないでください!!」

「いやごめん、ウィスタリアは本当は凄く乙女で可愛らしい女の子なんだなって思って」

「な、なななな……なっ!!!」


 顔を紅潮させ、どもって上手く声に出せないでいる。

 俺の中でウィスタリアは寡黙で無表情で近寄りがたいイメージだった。

 けれど、実際の彼女は口下手で感情表現が苦手なだけでごく普通の女の子なのだと、ちょっとからかっただけで赤面する乙女の姿に確信が持てた。


「か、かかか可愛らしいとか、べ、別に私はそんなんじゃ……!」

「そういうのが、ウィスタリアの良いところだな」

「え、えっ? そ、それって、ど、どういう意味ですか?」

「そのまんまの意味だよ」


 ポンと彼女の肩をたたき、再び木を拾う作業に戻る。

ウィスタリアも少しポカンとしていたが、ハッとしてすぐに木を拾い始めた。

 

────────────────────────


「あ、やっと帰ってきた!」

「すまんすまん、ちょっと薪を拾うのに手間取ってな」

「本当にそれだけ? 若い男女が夜の森で薪を拾うだけなのに?」

「何を期待してたかは知らんが面白い話は何もなかったからな?」


 夜営の準備を終えて、丸石に腰掛けていたリリーエが口を尖らせる。

 両手一杯に薪を抱えた俺とウィスタリアがリリーエ達の元に到着した頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。 


「二人とも早く木をください、火がつけられないので」

「遅くなって申し訳ありません、これをどうぞ、ヨイチさん」


 俺とウィスタリアは持ってきた木々をヨイチに渡す。 

ヨイチは腰袋から火打ち石を取り出すと、手際よく火種を作り、あっという間に焚き火を完成させた。


「これで魚が焼けるのです、今日は塩焼きなので」 


 ヨイチが捌かれた魚に串を刺し、塩を振って火に掛ける。

 先ほど釣り上げた魚を手際よく調理するヨイチ、元小間使いなだけあって手慣れたものだ。

 だからこそ、余計に下拵えの荒さが目についてしまう。


「なぁヨイチ、この魚の下拵えはヨイチがやったのか?」

「いえ、私はほんの少しだけです、後はリリーエ様がやりたいと言っていたので」

「どう? 私の下拵えも中々のもんでしょ?」


 自信ありげに胸を張り、リリーエは下拵えの感想を求めてきたが、グロテスクに解剖された魚達を見る限り、どう考えても自慢できる出来ではないだろ、これ……。


「リリーエはヨイチに魚の捌き方を教えてもった方が良いかもな」

「そうですね、何なら私が教えますよ?」

「うっ、ウィスタリアまでそんなこと言って、いいわよ! 私一人で上達してやるんだから!!」

「料理するときはわたしに声をかけてくださいです、リリーエ様一人では危ないので」

「うぅ~、こんな屈辱初めてだわ……!」


 焚き火を囲み、リリーエの調理技術を弄っていると、俺の肩に一匹の虫が止まり、ほのかに光だした。


「蛍か、珍しいな」

「そう? 蛍なんて川に行けばいくらでも見れるじゃない」

「俺のいた世界だと、蛍はそうそう御目にかかれない珍し虫なんだよ。それこそ、博物館とかに行かないと見れないくらいにな」

「へぇ~、そっちの世界には虫の博物館とかあるのね、良い趣味してるわ」


 俺は今にも消えそうな儚い蛍火をぼんやりと眺める。

 すると、数え切れない程の蛍火が川に沿って発光を始め、気がつけば川一面が淡い黄緑色に染まっていた。


「こうやって見ると綺麗ね、蛍」

「はい、そうですね、姫様」


 こんな光景、元の世界じゃ絶対に見られないだろう。

 川を覆う蛍の輝きに見とれていると、ヨイチが焼き魚を差し出した。


「軍師どの、魚が焼き上がりました。早く食べてください、冷めてしまうので」

「ありがとう、ヨイチ」


 俺は焼魚を受け取り、それを頭からかじりついた。

 



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