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『修羅場』と『ヨイチ』


 夜戦から一夜明けて、清々しい朝の陽気が差し込む宿舎(掘っ立て小屋)の一室。俺は覚めた頭で昨日起きた出来事を振り返っていた。

 周りで大勢の人が死んでいく光景だとか、

 人を斬ったあの鈍い感触だとか、

 自分の作戦で味方が死んでいく悲しみだとか。

 戦闘中に深く考えないようにしていた戦場のリアルが、一晩経った今になって俺の全身に襲い掛かってきたのだ。


「はは……今更震えが止まらないなんて……」

 

 今度の震えは武者震いじゃない。

 平和な世界でのほほんと暮らしてきた俺にとって、妄想していた戦場は何百倍も恐ろしく、残酷なものだった。

 

「早く馴れないとな、この世界に」


 リリーエの軍師となったからには彼女の足手まといにはなりたくない。俺は震える拳を握り締め、小さく覚悟を決めた。


「さーてと、皆はもう起きてるか──ふぁっ!?」


 ベッドから起き上がろうとした瞬間、俺は一点を見詰めて硬直した。


「な、なんでここに居るんだよ……」


 寝る前には居なかったはずの金色長髪のお姫様が、目が覚めたら俺の隣で寝ていやがるのである、しかも薄着で。


「ふぁ~、あ、おはよう、軍師ぃ~」

「お、おはよう、リリーエ」


 むくりと上半身だけ起こし、あくびしながら両手を伸ばすお姫様。なんだろう、朝なのに冷や汗が止まらない。


「それじゃあ、もう一度おやすみ~……」

「おい待てっ! 二度寝するんじゃねぇ!!!」


 再び眠りに落ちようとするお姫様を俺は思いっきり揺さぶった。

なんでリリーエが俺のベッドで寝てるんだよ!? ちゃんと説明しないと俺がやらかしてしまったみたいじゃないか!! いや、今はそれよりも……!


「ここにリリーエがいるのは百歩譲って許す! だが、今すぐこの部屋から立ち去るんだ!!」 

「ん~? なんでよ~、もう少し寝させてよ~……」

「何でって決まってるだろっ!! こんなとこウィスタリアに見つかったら俺がただじゃ──」 

「大変です! 姫様が部屋から消えてしまいました!! 急いで探さない、と……?」


 今現在もっとも会いたくない人物が、ノックも無くこの部屋の中にやってきた。

 まったく、今日は次からは次へと俺の予想外な事が起きやがる。


「あ、おはようウィスタリア~」

「え、姫様? 何故、ここに……?」


 さて、ここでウィスタリアの眼にはこの光景はどう映っているだろう。

 朝日が眩しい静かな部屋で冷や汗を流してる思春期真っ盛りな男の子と、ベットの上でその男の子に肩を掴まれ惚けている薄着の姫様の図だ。


 なんてこった、誰がどう見ても完全にアウトだ!


「これはどういう事ですか!? ハルト殿っ!」

「待てっ! 剣をしまって俺の話を聞いてくれ! 落ち着いて話せば分かり合える!!」

「二人とも朝から元気だねぇ……今度こそおやすみぃ……」


 俺がこの世界に飛ばされて二日目、未だ、穏やかな朝を迎えたことがない。




 修羅場から少し経ち、俺達三人は宿舎にて朝食を取っていた。メニューは勿論、麦飯だけである。


「えへへ、トイレに行った帰りで部屋を間違えちゃったみたい、てへっ!」

「てへっ! じゃねーよ! 普通俺がベットに寝てたら気付くだろ!?」

「まぁまぁ、こんな美少女と一緒に寝れたんだから、怒らなくても良いじゃない?」

「そうです、姫様と同じベッドで寝るなんて万死に値する行為です、顔面に一発だけで済んで良かったと思ってください」

「なんて言い草だよ……」


 ぶっちゃけ、リリーエが部屋を間違えたのが悪いんじゃないか? 何故俺の頬が痛め付けられなければならないのか? 納得できない。


「そんな事よりほら! お・か・わ・り!」


 俺の心情なんてこれっぽっちも介さない無邪気な笑顔でリリーエが茶碗を俺に突き出した。続いてウィスタリアも同じように茶碗を俺に差し出す。


「たく、本当によく食べるなアンタら」

「食べられる時に食べとかなきゃじゃない? いつ死ぬかもわからないんだし」

「これが最後の晩餐かと思うと、いくらでも食べれます」

「そ、そうだな」


 まさか、麦飯を食べるだけでそこまで覚悟を決めていたとは。流石に自国を滅ぼされて逃げてきただけある、凄い説得力だ。


「ところで、昨日リリーエを追い掛けてきた奴等を追い払っちまったから、速めにこの村から出ないとな」


 二人の食欲がだいぶ治まったので、ドミナシオン軍のせいでまともに出来なかった軍の今後を話し合うことにした。リリーエが腕を組み「そうね」と頷く。


「これ以上この村に迷惑を掛けるわけにいかないんだけど」

「ここを離れたとして、次は何処に向かえば良いのやら、ですね」

「それなんだが、一つ聞いても良いか?」

「何なりとどうぞ、軍師」


 俺は村長から貰ったこの世界の全体図をテーブルの上に広げる。

地図上には大国の領地と各地の山脈や大河が大まかに描かれ、俺はランヴェルス国の西側に隣接する、リャヌーラという国を指で差した。


「確か、ランヴェルスは西のリャヌーラ国に進攻した隙を突かれて、東のドミナシオンに滅ぼされたんだよな」

「そうよ、ほとんどの兵士をリャヌーラに送ったせいで東側の侵攻に対処出来なかったの」

「なら、西に送った兵士達はどうなったんだ?」

「あ……!」


 リリーエが盲点だったと頭を押さえた。

 いくら国が滅亡しても他国に侵攻する兵力が突然消えるわけが無い、未だにドミナシオン軍に抵抗を続けているか、降伏しているかのどちらかだろう。

 そして、リリーエの反応から察するに恐らく後者は無い。


「確かに、軍を率いてたラムセス将軍がドミナシオンに降伏するとは思えないわ、そうでしょ? ウィスタリア?」

「そ、そうですね、あ、あの人が降伏するとは思えない……です」

 その時、ウィスタリアの顔が一瞬だけ雲ったような気がした。

「なら、俺達はそのラムセス将軍の元に向かい兵士を借りるべきだと思うが、どう思われる? リリーエ様」

「見事な策よ、流石、私の軍師ね」


 勢いよくその場から立ち上がったリリーエは「すぐ兵士達に出立の準備をさせて!」とウィスタリアに命じた。

 命を受けたウィスタリアは無言で頷き、そのまま部屋を出ていった。


「なんか、ウィスタリアの様子が変だったな」

「あ、軍師も分かっちゃった?」

「いや、気のせいかなって程度だ、ラムセス将軍って名前が出たときに顔が曇ったような気がする、みたいな」

「ふーん、軍師はやっぱり鋭いねぇ」


 勿体ぶった言い方でリリーエがニヤリと笑う、やっぱり何かあるようだ。


「ウィスタリアと、そのラムセス将軍って何かあるのか?」

「さぁね、自分で聞きなよ」


 ゆらりと質問を流され「じゃあ準備してくる~」とリリーエも部屋を出ていった。


「なんなんだよ、一体」


 二人の態度が腑に落ちないが、とにかく俺も色々準備をしておこう、特に何も持ってないけど。



────────────────────────



「そんなに弓を担いで、どうしたんだ?」

「貴方に会いに来ました、お願いしたいことがあるので」


 宿舎の入り口前、昨日の幼女が弓矢をこれでもかと背負って俺を待ち伏せていた。まるで仇討ちにでも行くかのような格好だ。


「これから、貴方達は村を出ると聞きました」

「そうだな、早くても今日の昼過ぎには出発すると思う」

「私も連れていって欲しいのです」

「……はい?」


 俺は思わず素っ頓狂な声で聞き返した。いきなり何を言い出すんだ? この幼女は?


「俺達と一緒にって、親が心配するんじゃないか?」

「親はいません、小さい頃に捨てられたので」

「じゃあ、一人でこの村にいるのか?」

「いいえ、村長の家で小間使いをしてました」


 小間使いって要するにメイドさんか、その小さな身体で苦労しているようで。

「なら、なおさら村を離れられないんじゃないか?」

「現在、雇い主を絶賛募集中です。先程、その小間使いをクビになったので」

「てことは、俺に雇われに来たってことか」

「そういうことです」


 彼女は大量の弓を「よっこいしょ」と地面に置いて、ふぅと一息ついた。


「貴方達は国を取り戻す為に戦っていると聞きました、私は弓が得意なので役に立てます。ぜひとも軍に入れて欲しいのです」


 無表情ながら眼だけをキラリと輝かせ、幼女は俺に頭を下げる。

 昨日の戦いで敵将に止めを刺したのは彼女だから弓の実力は疑わない。だが、軍に入れるには彼女はいささか幼すぎる。

 一応、これから国を奪い返す戦いをするわけだし、子供を危険な目に逢わせられない。


「敵将の額に寸分狂わず矢を射ったその腕は認めるが、それでも、君を連れていくわけにはいかない」

「何故ですか?」

「何故って、そうだな……」


「小さいから」とか「子どもだから」って言ってもこの子は納得してくれなさそうだし、かといって無視するわけにもいかないし……。


 よし、ここは一つ無理難題でも吹っ掛けて、仲間になるのを諦めて貰う事にしよう。


「俺達の仲間に加わるなら、まずは俺の出す試験を合格しないとダメなんだ」

「試験ですか?」

「そう、あの岩が見えるか?」

「はい、大きい岩ですね」

「あの岩に矢が突き刺さったら試験は合格だ、出来ないなら残念だけど連れてはいけない」


 いくらなんでも、弓矢で岩を射抜くなんて、長い間鍛練を積んだ熟練の射手でも難しい。てか、歴史に名を残せる程の偉業だろう。

少々大人気ないかもしれないが、これならこの子も諦めてくれるはずだ。


「なるほど、わかりました」


 しかし、俺の予想に反して幼女はコクりと頷くと、他のより大きめな弓を選び、その場で脚を肩ほどに広げて腰を落とし、ゆっくりと息を吸い、矢をつがえた。


「え、ここから射つのか? もっと近寄ってもいいんだぞ??」

「問題ありません、ここからでも十分なので」


 足の踏ん張りから全身に力を入れているのがわかる。しかし、構えた弓はピクリともせず、目線は岩に集中していた。

 そして、弓が発した思えない銃火器の発砲音に似た轟音と共に、矢が放たれた。


「なんだ、この音──っ!?」


 それは放たれた矢の風切り音だ。鏑矢の出す音響に似た高音が岩目掛けて飛んで行き、そして。


「なっ!?」


 岩が粉々に粉砕され、破片が周囲に四散した。

 俺は矢の威力に言葉を失い、幼女は驚きもせず呟いた。


「まだです」


 岩を砕いても矢の勢いは衰えず、なんと岩の背後にあった木を貫通し、終いには地面の奥深くに突き刺さり、見えるのは矢羽だけになってしまった。


「これで連れていってくれますね、岩を貫いたので」

「ま、マジかよ……」


 幼女は一仕事終えた風に軽く汗を拭い、俺は開いた口が塞がらずにいた。大岩を射抜ける弓なんて俺の知る限り一つしかない。彼女の腕前もそうだが、この子が使った長弓はもしかして──?


「信じられないようならもう一度やりますが?」

「い、いや大丈夫、それよりも」


 俺は幼女に真摯な眼差しを送り、恐る恐る問い掛けた。


「その弓は、何人張りの弓なんだ?」

「八人張りです」


 一切の惑いも無く、幼女は即答した。

 日本の和弓には五人張りという強弓(こわゆみ)がある。弓を引くのに五人分の力が必要であるからそう呼ばれていた。

 その威力足るや、鎧を三枚重ねても防げない程の破壊力を秘め、近距離ならば火縄銃よりも貫通力が上回るとされる恐るべき弓だ。

 かつて、この弓を使いこなした源氏の雄・源為朝(みなもとのためとも)は、真偽はともかく。


 その強弓で鉄の鎧三枚を射抜き。

 伊豆から放った矢が海を越えて鎌倉に届き。

 一射で敵の小舟に穴を開け、これを沈めた。

 

 そう語り継がれている。

 それを、この幼女は五人張りを越える八人張りの弓を苦もなく扱ってみせたのだ。


 この華奢な体で、この幼女は化け物か。


「小さい頃に「倉庫から弓を選んでこい」と村の人に言われたので、一番大きな弓を選んだらこれだったのです。使いこなすのに一年かかりました」


 むしろ一年でこれだけの弓を扱えるようになるなんて、この娘はやっぱり化け物だ。


「おぉ! すごいすごい!!」


 すると、俺達のやり取りを陰から見ていたのか、リリーエがパチパチと手を鳴らし、幼女の頭を撫でた。


「君凄いね! 岩どころか後ろの木も貫通させちゃうなんて!! しかも可愛いし!!」

「頭を撫でないでください! 髪が乱れますので……っ!」

「ねぇ軍師? 岩に弓が刺さったら連れていくって言ったわよね? まさか、あんなに大人気ない事言っておいて無かったことにする気??」


 ニシシと悪魔のような微笑みで俺を見つめる。最初から俺達を覗き見てやがったのか、このお姫様め。


「あぁ、男に二言は無いよ」


 正直、この幼女がここまでやるとは想像できなかった、まさに俺の完敗だ。


「あ、ありがとうございます、軍師、どの」


 リリーエに撫でられたままの状態で、幼女はペコリと頭を下げた。


「私はリリーエ、これからよろしく! えーと、君の名前は?」

「名前はありません、小間使いをクビになった時に一緒に棄てました」

「あー、なるほどねぇ~」


 リリーエが少女の話を聞いて、納得したように頷いた。

 この世界で小間使い、または奴隷等はペットのようなもので、主に捨てられた場合、主から貰った呼び名を失うものらしく、次の所有者が名前をつけるのが一般的なそうな。

 殆どの場合が失うというより「自分を捨てた主から貰った名前なんて名乗れるか!」と自ら棄てるらしいが。


「名前が無いなら付けてあげよう! そうだな~……………………軍師が決めていいよ?」


 今絶対思い付かなくて面倒になって俺に投げたよな? まぁ、リリーエのネーミングセンスに期待しない方が良いと『サハリン』で学習済みだ。

 俺は少し考え、パッと思い付いた名前を告げた。


「なら、ヨイチってのはどうだ?」

「ヨイチ、ですか?」

「あぁ、俺のいた国で最も有名な射手から取った名前だが、凄い弓使いなお前にピッタリだと思うぞ」

「なるほど、ヨイチ、ヨイチ……」

「えー、なんか可愛くない~」


 自分から命名権を投げたくせに文句言うとか理不尽だなこのお姫様は。

 しかし、不服そうなリリーエとは違って少女は「ヨイチ、ヨイチ」と口ずさみながら銀色の髪を弾ませた。


「気に入りました、私は今日からヨイチになります」


 少女はコクりと頷くと、軽く服を払い、


「名付けてくれてありがとうございます。それでは改めまして、これからお供させていただきます、ヨイチです、よろしくお願いします」


 弓を片手に礼儀正しく、ヨイチは感情無さげにお辞儀した。


「うーん、まぁ本人が良いって言うなら……」


 リリーエは渋々とした感じで納得すると「よしっ!」と手を叩いた。


「それじゃあ名前も決まったことだし、早速村を出る準備してね、ヨイチちゃん」

「大丈夫です、既に荷物は持ってきてありますので」

「そうなの? なら、私の準備を手伝って貰っても良いかしら?」

「はい、了解しました、リリーエ様」


 まだまだ無愛想な感じだが、リリーエの後ろをついて歩く足取りは何処か嬉しそうだ。とにもかくにも、頼もしい(可愛らしい?)仲間が加わったのであった。


「ねぇねぇ軍師軍師、やっぱり今更だけど『タコリン』って名前の方が良くないかな?」

「リリーエは今後ペットとかを飼うのはやめた方が良いかもな、ペットが可哀想だから」


 それがリリーエにとっての可愛い名前なのか? 彼女の感性が俺にはわからない。



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