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『夜戦』と『軍略』


 暗闇の中、ドミナシオン軍はナチャーラ村に続く道を松明を灯しながら進軍していた。ぐねぐねと道なりにうごめくその姿は、雑草を掻き分け進む大蛇のようである。


「来たぞ、ドミナシオンだ」


 道外れの茂みに隠れていた俺はその大蛇にバレないよう手を振ると、隣に控えた十数人の兵士が弓を構え、発射の合図を待った。


(いよいよ初陣、俺の真価が試されるのか)


 手が汗でびっしょりと濡れている、俺は逸る気持ちを抑え攻撃の期を伺った。


(まだだ……まだ、じっくりと引き付ける)


 そして、敵の先頭集団が過ぎたところで俺は隣の弓兵に攻撃を命じた。


「今だ! 射て!!」


 弓兵より放たれた矢が松明に吸い寄せられるように消え、間を置かず敵兵士の悲痛な叫びが夜の森に響き渡った。


「射ち続けろ、松明の火が目印だ!」

「応っ!」


 弓兵は松明を的に絶え間なく矢を射ち続ける。

 やがて「敵襲だっ!!」と敵の動きが騒がしくなり、松明の火がこちらに迫ってきた。


「よし、引っ掛かった」


 敵の行動に初手の策は上手くいったと確信し、俺は笛を口に咥えた。

 作戦の第一段階、まずは敵を待ち伏せし、闇夜に紛れて敵の側面に矢を射掛ける。するとどうだ、敵は不意の奇襲で驚くが、矢の少なさから徐々に落ち着きを取り戻し、矢が飛んできた方向に迫ってくる。

 そして、ある程度敵の注意を引きつけたところで俺は笛を鳴らし、道を挟んで反対側に隠れているウィスタリア達に合図を送った。


「合図です! 行きますよ、皆さん!」


 笛の音を聞いたウィスタリアは四十人の兵士を引き連れ、背後から敵に斬りかかる。敵は弓矢に気を取られ、背中を見せた状態でウィスタリアに急襲される形となった。


 兵法書・三十六計の一つ『声東擊西(せいとうげきせい)の計』


 音を出して注意を惹き、背後から襲い掛かる策だ。


「まずは上々」


 ウィスタリアが敵に突入したのを確認し、俺はすかさず次の策を実行に移した。


「松明に火を灯せ! 弓兵は弓を射つのをやめて音を鳴らし、声をあげろ!」

「はっ!」


 数十人の兵士達は周囲の松明に火をつけ、弓の代わりに金物を打ち鳴らして雄叫びをあげた。

 突然、森の中が松明によって明るくなり、金属音と大声が聞こえれば、大軍が襲いかかってきたと錯覚するだろう、そうなると敵は。


「も、森の奥にも敵が居るぞ!!」

「松明の数からして敵はこっちと同じくらいかもしれん!!」

「囲まれたのか!?」


 暗闇で森の中という視界の悪さが重なり、敵は此方の数を大きく見誤る。


「三十六計、樹上開花(じゅじょうかいか)の計だ。俺達も行くぞ!!」


 敵をさらに撹乱させるべく、俺は護身用の剣を抜き、兵士五十名を引き連れ敵に突撃する。


 これで『ランヴェルス兵』は森の中にいる兵士を合わせて約百人、予備の兵士はもういない。


「やるしかないんだな……っ!」


 近付きつつある戦場に鼓動が激しさを増し、底知れぬ恐怖が全身を襲ってきた。

 剣を持ったことも、ましてや人を殺したこともない現代っ子の俺が戦場でやれることなんてたかが知れてる。


「やって、やるぞ……っ!」


 ただ剣を思いっきり振り回すだけ、この乱戦、腰が入ってなかろうが目を瞑ってても何かしらに当たはずだ。


「うわぁ! こっちからも敵が来たぞっ!!」

「……くっ、ごめんなさい!!」


 俺は怯んだ敵兵の肩を勢いに任せて斬りつけた。


「ぎゃあああぁぁああ!!!」


 俺に斬られた敵兵は鮮血を噴き出しながら断末魔を上げ地面を転がり回る。俺は斬った相手が激痛に身を悶える(さま)に戦慄した。


「やっぱり斬った感触が手に残るんだな……」


 目を瞑って勢いだけで斬ってみたが、相手の肉や骨を断ち斬った嫌な感覚が剣を通して伝わってくる。


「これが、本物の戦い……」


 鼻につく血の匂い。

 あちこちから聞こえる悲鳴に怒号。

 吐き出したくなるような全身を覆う他人の殺気。


 戦は殺し合いの場だって分かっていたつもりだったが、いざ人を殺すとなると罪悪感で全身が震えてしまう。こんなの続けてたら頭がおかしくなりそうだ。


「──けど、やるしかない」


 俺は深く考えるのをやめて、見事な剣捌きで敵を屠っているウィスタリアの所へ逃げるように駆け寄った。


「だ、大丈夫か、ウィスタリア!?」

「大丈夫です、敵は完全に浮き足立っているので手応えがまるで無いですから。けれど、それも時間の問題かと」


 ウィスタリアの言う通りだ、奇襲には成功したがこの兵力差、流石に刻が立てば敵は態勢を立て直し、数の少ない俺達を逆に葬りに掛かるだろう。そうなったら俺達に勝ち目は無い。


「皆の者落ち着け! 敵は少ない、囲んで圧し殺すのだ!!」


 丁度その時、敵の群れの中から馬に乗った銀鎧の男が数騎の侍従を引き連れ、俺達の前に現れた。その目立つ鎧と兵士への物言いから、彼が何者なのか瞬時に把握する。


「あれが敵の大将だな、ウィスタリア!」


 俺は次の作戦に移るよう指示すると、ウィスタリアは剣を高く突き上げ、周囲のランヴェルス兵に命じる。


「ランヴェルス兵士の皆様! これより敵先陣の背後を突き破り村に向かいます! 命懸けで駆けてください!!」


 ウィスタリアの声を聞いた付近の兵士が獣の如き咆哮を上げ、各自村を目指して敵の先陣に突っ込んだ。


「逃がすな! 奴らを追え!!」


 俺は敵に突撃するウィスタリアの背中にピッタリくっつき、笑みを浮かべた。作戦の第二段階は敵将を発見し、自分達を囮にして誘導することだ。

 混乱した自軍の兵士を落ちつかせるべく、敵将は俺達が奇襲した地点に現れる。その敵将を上手く誘い込み、孤立させる。


「奴等を絶対に逃がすな!」


 敵将は怒鳴り散らしながら俺達を追う。

 しかし、悪路と雑兵のせいで追い付くのに手間取っていた。

「この調子なら捕まらずに済みそうだ」


 などと俺は安堵していると、前方から雑兵の槍が飛び出し頬を掠めた。


「危なっ!」

「ここは戦場です、油断していると痛い目にあいますよ」


 ウィスタリアが俺に注意を促しながら、槍を出した雑兵の喉を突くと横凪ぎに切り捨てた。

 まったく淀みの無い一連の動作に俺は舌を巻く。


「へぇ~、ウィスタリアは剣の扱いも巧いんだな」

「幼い頃から父上に教え込まれたので、この程度なら何てことありません」

「なるほど、可愛いだけじゃなく博識で剣の腕も立つなんて、文武両道って奴だな!」

「か、可愛いなどとからかうのはやめてください! さ、刺し殺しますよ!!」

「ごめん、つい出来心で」


 こんな状況で言う台詞じゃなかったと深く反省する、こんなんだからモテないんだろうな、俺。


「そ、それよりも、抜けましたよ」


 敵の先陣を突破したウィスタリアが不意に立ち止まり、背後の敵に刃を向ける。俺は彼女の隣で生き残ったランヴェルス兵がどれ程残ったか周辺を見渡した。


(見えるだけで約二十人、予想より大分減った)


 俺の見立てでは最低でも五十人は生き残るだろうと都合よく計算していたが、やはり現実はそう甘くない。


「すまない、みんな……」


 俺は拳を握り、歯を食い縛る。

 出来ることなら、誰も死なないで欲しいなんて願っていたりもしていた。

 この作戦を立案した時から、これが本当の戦争で、人が死ぬものだともわかっているつもりだった。自分の立てた作戦の過程で味方が死ぬのも、戦争ならば当たり前。

 そう、頭ではわかっていながらも、味方の死は俺の想像以上に多く、辛く、苦しいものだった。


「謝ってる暇があるなら、次どうするか考えるべきかと」


 味方の死を嘆いた俺に、ウィスタリアが渇を入れてくれた。

 ここで悔やんでいても仕方ない、今は戦いに集中するべきだと彼女の視線はそう言っている。


「……わかっている」


 俺は敵将がこちらに向かって来るのを確認し、作戦の最終段階始動を報せる笛を再び鳴らした。

 やっとの思いで軍の先頭にたどり着いた敵将は、近くの兵士に問い質す。


「女と変な服を着た男はどうした!?」

「さっきまで居たんですが、男が笛を鳴らしたと思ったら茂みに逃げ隠れてしまいました」

「何故追わなかった!?」

「敵が潜んでるかもしれないのに追える訳がないでしょ!」


 敵がいるかもしれない森の奥深くに突っ込んでいくなど自殺行為だと、兵士達は自分の大将に怒鳴り、開き直った。


「くそっ、奴等を探しだせ!!」


 敵将は癇癪を起こした子供のように喚き散らす。


「その必要は無いわよ、大将さん」


 すると、暗闇の中から葦毛馬(あしげうま)に乗ったリリーエが、彼らの前に姿を見せた。


「その胸当てに描かれている紋章、貴様がランヴェルスの……」

「お察しの通り、兵士に叱られる間抜けな大将様がいるらしいから、わざわざ見に来てやったのよ」

「き、貴様……っ!」


 敵将の顔が紅潮しているのが遠目でも分かる。手に持つ剣を震えさせ、部下達に厳命した。


「あの姫を捕らえろ!!! 殺しても構わん!!」

「簡単に捕まるわけ無いでしょ? バーカ!」


「べー」と舌を出し、リリーエは馬首を後ろに振り向かせ、ナチャーラ村に向かって走り出した。 


「くそっ! 逃がすものか!」 


 リリーエの挑発に乗った敵将は、付き従う侍従数騎と共にリリーエを追う。


「掛かったわね、間抜けな大将さん」


 追ってきた敵を確認して、ある程度雑兵との距離が離れた場所でリリーエは右手を上げた。


「来たぞ、姫を追っている騎馬隊を狙い撃ちにしてくれ」


 リリーエが右手を上げたのを見て、俺は一緒に茂みに隠れている村の幼女に耳打ちした。


「村に迫る獣は排除します、それが村の掟なので」


 幼女は弓をつがえ、ギリリと引き絞る。

 そして、俺は道の両端に潜ませていた『村人達』にこの戦い最後の命を出した。


「皆、姫を追う騎馬隊に矢を放て!!」


 俺の命令で茂みや木の陰から弓を構えた村人達が飛び出し、次の瞬間、敵将に矢が降り注いだ。


「謀られたか!?」と、敵が気付いた時にはもう遅い、彼の全身に無数の矢が突き刺さった。


「ちゃんと止めを刺すのです、獣はしぶといので」


 幼女が冷酷に囁くと、彼女が放った矢が敵将の眉間を貫いた。




 作戦の最終段階は誘導して孤立した敵の指揮官を討ち取ることだ。


 奇襲をしたところで相手は十倍、正面から戦い続けても勝利は不可能。正攻法で無理なら奇策で勝つしかない。その奇策とは敵軍の頭を潰す、つまり指揮官さえ討ち取ってしまえば指揮系統失った敵は敗走する。


『人を射んとするならまず馬を射よ、敵を(とら)えんとするなら先ず王を(とら)えよ』 


 敵の指揮官を倒せば、残った兵士は烏合の衆である。


 三十六計の一つ『擒賊擒王(きんぞくきんおう)』の計だ。


 だが、将を討ち取ったとしても戦が終わるとは限らない、信望の厚い大将ならば部下は死に物狂いで仇を取りに来るだろう。

 しかし、敵がリリーエを見つけて捕らえるのが目的の軍ならば、混乱した最中、大将が目の前で殺されれば兵士達は戦意を失うと読んでこの策を実行した。

 

 そして、後の展開は俺の思惑通りとなった。


「大将が討たれたぞ!」

「まだ伏兵が隠れているかもしれん! 森の中には行くな!」

「こ、殺さないでくれぇ!」


 などと敵は絶叫し、残された敵の騎馬兵は勿論、後ろで一部始終を目撃していた兵士達も蜘蛛の子を散らすが如く潰走した。

 千人の兵士が百人未満の兵士を恐れて逃げ惑う様子を茂みから覗きつつ、自然と拳に力が入る。


「──俺の作戦が、実践で通用した」


 今まで得た知識は無意味じゃなかった。そう思うだけで胸が一杯になる。

「おーい! 軍師~!!」と、感動を噛み締める俺にリリーエが手を振った。


「見事だったわよ軍師、私を囮にするのはどうかと思うけど」

「お陰で勝てたんだから良いじゃないか」

「ふふ、そうね」


 逃走する敵を鼻で笑い、リリーエは戦闘に参加してくれた村人達に頭を下げた。


「こんな危険な作戦を手伝わせてごめんなさい」

「気にすることはありません。村を襲う獣は排除する、それが──」

「この村の鉄則、だろ?」

「……私の台詞を取らないでください」


 幼女はジト目で俺を睨み、口許を膨らませた。


 戦闘が始まる前、村長に余ってる弓を貸してくれるよう依頼したところ、村長は「村が荒らされるのは困る」と、村に敵を近づけさせないこと、村が戦場にならないことを条件に弓どころか村人達まで戦いに参加してくれたのだ。

 俺的には弓を貸してくれるだけで良かったんだけど、結果的に彼らのおかげで何とか勝つことが出来た。


「ところで、ウィスタリアは何処に……?」

「ここに居ますよ、姫様」

「うわぁ!? 何も言わずにいきなり現れないでよ!」

「申し訳ございません、散り散りになった味方を集めていたものでして……」


 ウィスタリアが出てきた茂みからランヴェルス兵がゾロゾロと現れ、リリーエの元に集まってくる。


「えっ!? こんなに生き残ったのか!?」


 俺は生き残ったランヴェルス兵士達を見て驚愕した。

 さっき俺が見たときは二十人弱しかいなかったのに、軽く七十人近くの兵士が茂みから出てきたのだ。

 それについて、ウィスタリアによると

 

「私の命令を勘違いしたらしく、各々が自分勝手に村に帰ろうとしていた」

 

 とのことらしい。

 その為、最初に隠れていた場所に戻った兵士や村と逆方向に突っ込んだりした奴もいたそうだ。よく生き残ったなぁ。


「で、軍師、あの逃げた敵は追撃する?」

「いや、兵も少ないし追い払えただけで充分だよ」


 また近いうちに来るかもしれないが、それまでに俺達はここから離れていれば良い。例えまた来たとしても自分等は関係無いと村人達が言い張ればドミナシオンも村に酷いことをしないだろう。多分。


「さて姫様、戦に勝利したのですから勝鬨を上げましょう」

「それもそうね!」


 リリーエは「あーあー」と声の調子を整え、昼間に見せた姫様らしい凛々しい口調で声を奮わした。


「勇敢なるランヴェルスの兵士諸君! 十倍の敵相手によくぞ戦い抜いてくれました!! 我々の勝利です!!!」

「「「おぉぉおおおーーーー!!!!」」」


 兵士達の歓声が心地良く響くナチャーラ村近くの森の中、木陰から洩れる月の光がリリーエに当たり、彼女を白く、美しく煌めかせた。


「ほんと、こういう時だけお姫様なんだよな、リリーエって」


 そんな彼女を見上げつつ、普段からこんな風に凛々しければいいのに、なんて俺は思ったのだった。



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