『敵襲来』と『作戦立案』
日が落ちかけ、辺りが赤く染まり始めた夕暮れ時、ナチャーラ村は敵の襲来で慌ただしくなっていた。ランヴェルス兵はもちろん、村人達もドミナシオン軍の出現に取り乱し右往左往している。
「敵は丘の上か」
敵が現れたという丘の上を凝視すると、黒旗を翻しながら丘を下る兵士達の姿が見えた、恐らくあれがドミナシオン軍なのだろう。俺は隊長に尋ねる。
「ドミナシオンの数は?」
「はっきりと判りませんが、恐らく千人程かと思われます」
「私を追ってきたのね、まったくしつこい連中だわ」
リリーエは丘を眺めつつ、飽きれ気味に鼻で笑った。
「どうします姫様? 流石に今の我々では到底戦なんて……」
「どうするも何も、戦うとか逃げるとか、そういうのは軍師が決める事でしょ? ね、軍師??」
「あぁ、その通りだ」
敵が迫っているというのに、俺の口許から不思議と笑みが溢れた。初陣がこんなに早く来るなんて思ってもみなかったのもあるが、なによりも。
「まずはそうだな、隊長さん、こっちの今現在戦える兵士と武器の数は分かるか?」
「戦える兵士は百人がせいぜい、槍はありませんが、弓が十丁程度ならあります」
「実質に兵力差は十倍か。よし、わかった」
軍師として最初の大仕事だ、あの敵をどう葬ってやろうか考えるだけで震えが止まらない。
「リリーエ達はまず兵士達を集めてくれ、みんな集まったら俺の策を伝える」
「分かったわ、頼んだわよ、軍師」
リリーエとウィスタリアが兵士を広場に集め始め、俺はその場に座り策を巡らせる。
「とは言ったものの、流石に十倍の敵は辛いな」
村の周囲は深い森林地帯、この地理的優位を上手く活かせれば兵力差を補えそうだが、それでも装備が足りない。特に弓矢が少なすぎる。
「さて、どうしたものか」と頭を悩ませていると、
「これから何が始まるのですか??」
村の住人であろうか、サラサラとした銀色短髪の幼女が俺の肩を叩いてきた。
「何って、戦が始まるんだよ」
「戦ですか? 敵は村に攻めてくるのですか?」
「あぁ、だからお嬢ちゃんは危ないから家に帰った方が良いよ」
「いいえ、帰りません。わたしも戦います」
「……はい?」
蒼い猫眼を光らせて、幼女は自分の身体に不釣り合いな程大きな弓を取り、慣れた手付きで弦を張直す。
「あのさ、マジで戦うつもりなのか?」
「当たり前です、村に猛獣が迫っているなら必ずそれを仕留める。それがこの村の鉄則ですので」
戦うなんて冗談かと思ったが、粛々と弦を張る少女の瞳は真剣そのものだ。こんな幼女も戦う御時世だなんて世も末だ────て、待てよ、村の鉄則ってこの村の住人は狩りで生計を立てているんだっけ……ん? ならもしかして。
「あのさ、ここの村人って、狩りとかしてるんだよな?」
「はい、獲物を仕留めなければご飯がありませんので」
「なら、村人全員が弓を使えるのか??」
「当たり前です、弓を使わなければ獲物を仕留められませんので」
「つまり、余ったりして使われていない弓矢もあるって事だよな??」
「はい、弓が壊れた時のために予備は作ってあるので」
「弦を張終わりました、では向かいます」と幼女は村の門に向かっていく、それを俺は彼女の手を掴んで強引に引き止めた。
「お嬢ちゃん待った! この村の村長の家に案内して欲しいんだけど」
「村長の家ですか、何故?」
「それは後で説明する、とにかく急いで連れてって欲しい」
幼少は少し考えると、小さく頷いた。
「分かりました、連れていくだけなら問題ないので」
俺の手を握ったまま、幼女は「こっちです」と村長のいるところに案内してくれた。
(よし、これで準備は整いそうだ、後は)
夕日が沈み、村一帯が闇夜に染まっていく。
俺は幼女に手を引かれながら、自分の知識を初めて実践で使える喜びと全身の血が沸き立つのを感じていた。
すっかり暗くなり、篝火が焚かれた村の広場。
俺は壇上に立ち、集まった兵士達に作戦を告げ終えた。
「……以上が俺の策だ、何か質問はあるか?」
広場にいる全員に向かい、俺は作戦に疑問があるか問い掛ける。
「一つ、疑問があります、軍師」
と、リリーエが小さく手をあげる。
「なんだいリリ……いや姫様」
「軍師の策を信じない訳じゃないけど、その作戦、ちょっと不安かなと思って」
「同感です、そんな上手く事が運ぶとは思えないです」
まぁ、予想通りの反応だ。
俺の作戦は机上の空論だし、上手くいく保証もない。
だが、軍師としての初仕事、長年培ってきた俺の兵法と戦術、必ず成功させる。
「この作戦を疑うのも無理はない──だけど! あらゆる兵法を読み耽り、この時の為に練った俺の策をどうか信じて欲しい、頼む!」
具体的な確証も無しに大見得をきって「信じろ」と言われても兵士は戸惑うだけだろう。
当然、広場になんとも言えぬ不穏な空気が流れる。
だが、その空気を破ったのは他ならぬリリーエであった。
「分かった、私は軍師を信じる」
「ひ、姫様? そんな安易に決定してもよろしいのですか?」
「もう私は軍師を信じるって決めたの。それに、この人数でやるからには一か八かしか無いわよね」
「仕方ないわ」とリリーエが笑って俺の策を採用してくれた。
正直、リリーエがここまで俺を信頼してくれるなんて思わなかった。どうやら俺は良い君主に巡り会えたようで、感動で涙出てきそうだ。
「──ありがとう、それとリ……姫様」
「なにかしら?」
「総大将として、戦の前に何か一言は?」
「そうね、なら一言だけ」
リリーエは拳を一杯に上げて、広場全員に聞こえるように声を張り上げた。
「この戦いが、いわばランヴェルス国の逆襲の第一歩、今まで負け続けた分をドミナシオン軍にぶつけてやりましょう! 良いですか!!」
彼女の檄に「応っ!!」と兵士達も声を張り答えた。
かくして、リリーエ率いるランヴェルス軍の反撃の幕が切って落とされた。




