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『馬』と『ランヴェルス兵士』



「で、服を買わずに馬を買ったんだ……」


 悪路に射し込む木漏れ日を浴びるリリーエが、馬脚の振動で肩を揺らしつつ、自分の乗る葦毛(あしげ)馬を引いてる俺に呆れる。


「やっぱり馬に乗って現れた方がカッコいいだろ?」

「そ、そうなの、かな?」


 リリーエは何とも言えない表情で黒鹿毛(くろかげ)馬に乗るウィスタリアに「どう思う?」と振り返った。


「我が国で馬に乗れる者は身分の高い上流階級の方々ばかりでしたから、馬に乗ることで村にいる兵士達に一目で『偉い人が来た』と認識させる事が出来ると思います」

「な、なるほど」


 淡としたウィスタリアの説明を「分かったような、分からないような」といった感じでリリーエが曖昧に頷く。


 二人が乗る馬は村の馬売りから服の代わりに金貨で購入した葦毛馬と黒鹿毛馬だ。何故、俺が馬を購入したかというと主に三つ。


 一つ目はウィスタリアが説明してくれた。


 二つ目は、こんな悪路を女の子に歩かせるのは酷だろうと思ったからだ。話を聞く限り、二人はランヴェルス王都から脱出して今まで歩いてここまで来たのだろう。お姫様のリリーエにはこの悪路は辛いかなと俺なりに案じてみた。


 そして、三つ目の理由は……。


(馬に乗った主に進言する軍師って、昔から夢だったんだよね!)


 完全に俺の欲望である。

 ありがとうリリーエ、俺の夢をまた一つ叶えてくれて。


「それはそうと、あれがナチャーラ村の入り口ね」


 常歩で悪路を進んでいると、粗末な村の門が見えてきた。

 俺が入った時と同じく、門番が俺達を呼び止める。


「止まれっ! 何者──っ!?」


 先程と同じ台詞で俺達を呼び止めようとした門番だが、リリーエを見て瞬時に固まった。


「そ、その胸当てに書かれている太陽と百合の紋章、まさか貴女様は!?」

「御勤め御苦労様、引き続き見張りを頑張って」


 リリーエが門番にグッと手をかざすと、門番は慌ててその場に平伏した。


「は、ははぁっ! 有りがたきお言葉です! 姫様!!」


 リリーエは何故か勝ち誇った表情で村に入る。

 門番の大声のお陰か、ランヴェルスの姫様がやってきたと村全体が騒然となり、いつしか、リリーエが通る場所には多くの村人達がひざまついていた。

 滅亡した国といってもまだまだ影響力は衰えていないようで、俺は村人達の反応に心打たれた。


「正規通貨すら出回っていない地方の村でここまで慕われているなら、きっとその国の兵士達は──」


 リリーエの馬を引きながら、俺はこの先に待つであろう兵士達が彼女を見たらどうなるのか、想像するだけで胸が苦しくなる。

 俺達は平伏する村人の間を通り、ランヴェルス兵が駐屯する村の広場に到着した。広場では全ての兵士達が綺麗に隊列を組み、片膝を付く最敬礼でリリーエを出迎えていた。


「姫様っ! よくぞご無事でっ!!」


 隊列の先頭にいた隊長らしき男が涙を浮かべる。


「そして、国を守りきれず、申し訳ございませぬ……っ!」


 隊長が深く頭を下げ、後ろにいる兵士達もそれに続いた。


 身体が焼けただれている者。

 四肢の何れかが無い者。

 眼に布を当て血を流している者。


 戦で傷付いたすべての兵士をリリーエは眺め、胸を抑える。

 この国の人間ではない俺ですら胸が詰まる、それがその国のお姫様からしたらどんな気持ちだろうか。

 しばしの沈黙の後、リリーエは聖母が慈しむ如く口振りで兵士達に語り掛けた。


「貴方達は国の為、その様な傷だらけの姿になるまでよく頑張ってくれました、亡き王の代わりに御礼申し上げます」


 リリーエの凛然とした声がよく通る。

 さっきまで俺と話していた生娘とは違う、皆の眼には気品と風格を纏った姫君のように映っている事だろう。


「そして、私からはひとつ」


 リリーエは馬から降り、隊長の肩にそっと手を置き優しく微笑んだ


「無事に生き残ってくれて、本当に良かった」


 リリーエの言葉が引き金となり、隊長が子供のように泣き出し、それに釣られて兵士達が一様に涙を流した。このうら若き少女が、ほんの少しの演説で傷ついた兵士達の心を鷲掴みにしてしまった。


 それはまさしく、皆から慕われるお姫様の姿そのものだ。


「一瞬でも疑ってごめん、やっぱり、リリーエは本物のお姫様だ」


 感動的な場景を目の当たりにして、道中でリリーエと接して思った事が間違いだったと、俺はしゃがんで小さくなった彼女の背中に謝罪した。


────────────────────────


 それから数時間後、ナチャーラ村の仮宿舎(掘っ立て小屋)にて。


「あぁ~、もうお腹一杯! おかわり!」

「どっちだよ!!」


 あの威厳と凛然としていたお姫様は何処に行ったのか、リリーエは茶碗を俺に突き出し麦飯を要求した。


「いやーこの三週間ろくな物食べてなくて、麦飯が高級料理のように思えるわ!」


 ご飯粒を頬にくっ付け、よそられた麦飯を幸せそうに頬張るお姫様。こんなに幸福に満ちた面持ちで麦飯を食べる人初めて見た。


「あんま食べ過ぎるなよリリーエ、それと……」


 俺はリリーエの隣で黙々と麦飯を食べるウィスタリアに視線を移す。

 リリーエと違い、ゆっくりと味わうようによく噛んで食べ、そして空になった茶碗を俺に差し出して一言。


「……おかわりをお願いします」


 これでおかわり七回目、相も変わらず無愛想だ。


「ちょっとウィスタリア! 貴方一人で食べ過ぎよ!!」


 いや、ウィスタリアと同じぐらいおかわりしているリリーエがそれを言う資格はない。というか、二人共おかずも無しに麦飯をよくそんなに食べられるな。


「はぁ、さっきの感動的な演説で少しはリリーエを見直したのに」 


 疑ってごめんと謝ったが、形振り構わず麦飯を食らう野獣のような御姿にお姫様かどうか疑いたくなってしまう。


「で、兵士達と合流したけど、これからどうするんだ?」


 未だ食事が終わらぬ二人に対し呆れつつも、俺は今後どうするのか訪ねてみた。

  

「どうするって、そういうのは軍師が決めるんじゃないの?」

「その通りだと思います。まずは軍師であるハルト殿の考えをお聞かせください」

「少しは二人も考えてくれよ……」


 無論、二人は俺の言葉は無視して麦飯から眼を離さない。

 まさか、この世界に来てから一日も経ってないのに亡国の行く末を丸投げされるとは思わなかった。


 とはいえ、二人の言う通りそれは軍師の仕事でもある。


 まずは合流した兵士の正確な数と兵糧、武器と弓矢の数の確認、周辺の地理や他に合流できそうな兵士が集まる場所の情報収集等、ざっと思い付くだけでこれくらいは調べる必要がありそうだ。


「やることは大量にあるが、とりあえず最初は──」


 俺が軍のこれからについて二人に話そうとした矢先。

「一大事です!」と広場で泣いていた隊長が血相を変えて俺達の前に現れた。


「て、敵です!! 丘の上にドミナシオンの軍が!!」

「なんですって!?」


 報告を聞いたウィスタリアが茶碗をテーブルに置いて立ち上がり、急いで小屋を後にした。


「私達も行きましょう、軍師」

「あ、あぁ!」


 無論、俺達もウィスタリアの後を追って小屋から出た。



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