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『侍女』と『亡国のお姫様』


 陽が昇ってから数時間、俺とリリーエ一行は旧ランヴェルス兵と合流する為、兵士が集まっているという村を目指して木漏れ日が眩しい山道を進んでいた。


「……ということで、ランヴェルス国の大軍が西のリャヌーラに攻めてる隙を付いて、東の同盟国だったドミナシオンが裏切り、ランヴェルスの王都に侵攻してきたのよ」

「なるほど、だから王都が陥落したのか、うん、なるほど……」

「大丈夫、軍師? 私の話はちゃんと頭に入ってる??」

「お、おうっ! バッチリ頭に入ってる! 余裕余裕!」


 その道中、俺は歩きながらこの世界の国の成り立ちや地形、諸外国の外交等をリリーエから教えてもらっている、のだが……。


「それじゃあリリーエ……さん! 次は各国の地理を教えてくれ……ください!」

「はい! 分かりました軍師」


 リリーエがピンと右手を上げてにこやかに返事をする傍らで、鋭い眼光で俺を睨みつける存在があった。


「…………」


(怒ってるよなぁ……これ)


 村に向かって歩き出してからというもの、ウィスタリアが俺のことをずっと睨み続けていた。彼女の背中から『ゴゴゴゴ』って音が聞こえてきそうなくらいの見事な眼光だ。


 (俺、何かやらかしたか?)


 美人な女性に影からずっと見られている、といえば聞こえは良いかもだけど、少なくとも俺は凍えそうなくらい冷たい眼で見られ続けて嬉しいだなんて感情はこれっぽっちも湧かない。


 リリーエの解説を聞きつつ、彼女から睨まれている理由をさっきからずっと考えているのだが何も思い当たらない。

 会って間もないのに、ちゃんと会話もしてもないのに嫌われるなんて……俺は生理的に無理って事か? だとしたらすげぇ悲しいんだが。


「ねぇ、ウィスタリア?」


 すると、この異様な雰囲気を察したのか、リリーエがウィスタリアに話しかける。


「え、あ、はい! な、何でしょうか、姫様?」

「何か機嫌悪そうだけど、何かあったの?」

「い、いえ! なんでもありませんよっ!?」


 声が裏返ってますよ、ウィスタリアさん。


「正直に言って良いのよ? 侍女が何か悩んでるなら、それを解決するのも姫の役目なんだから!」

「いや、本当になにも、な、無いのです」

「遠慮しないの!」

「う、うぅ……」

「さぁ! どんとぶつかってきなさい! ウィスタリア!!」


 リリーエの裏表の無い一途な眼差しを向けられたウィスタリアは眼を泳がせ、乙女のようにあたふたしだした。


「な、えっと、その……っ!」


 その時、一瞬だが彼女は俺と眼が合った、


「な…………!」


 だけどすぐに逸らされた。


「な…………?」

「な、なんでも無いですよぉおおおおお!!!」


 紅潮した顔を両手で覆いながら、ウィスタリアは走り去ってしまった。俺とリリーエは小さくなっていく彼女の後ろ姿をポカンと眺め、首を傾げる。


「どうしたのかしら、あんまり喋らない性格だけど軍師が仲間になってから余計に喋らなくなったような……? あ、もしかして!」


 何かピンと来たのか、先に進むウィスタリアの背中と俺の姿を交互に見て、リリーエがニシシと笑った。


「これはもしかして、恋かな?」

「いや、俺はその逆だと思うんだが……」


 俺に向けられていた凍えるような視線が恋する乙女の眼差しなら、俺はその恋心を永久に察してやることが出来ないだろう。いや、それとも本当に俺に恋しては……ないだろうな。

 

「まあ、その話はウィスタリアに後で聞かせて貰うとして、さっきの続きね? 軍師さん」 

「あー、ちょっとその前に、さっきから気になってるんだが」

「うん? 何かな?」

「その『軍師』って呼び方、なんとかならないか?」


 最初はリリーエに軍師と呼ばれて舞い上がっていたが、何度もそう呼ばれているとだんだん恥ずかしくなってくる。本人に悪気は無いんだろうが、気になって仕方ない。


「軍師以外の呼び名かぁ、そうねぇ……」


 リリーエは腕組みしながら俺の新しい呼び方を考え始める。

仰々しくあれこれ考える彼女の姿に、俺は何ともいえない気持ちになった。


(こうやって見ていると、本当にお姫様に見えないよな)


 リリーエに最初に会った時はその美しさもあって、手の届かない高嶺の花のような印象があった。しかし、彼女と接していると幼馴染みと一緒にいるように錯覚してしまう。

 そして、リリーエが楽しげな表情をする度に俺は暗い気持ちになるのだ。


(国を滅ぼされてすぐなのにこんな明るく人と話せるなんて、ある意味才能だよな)


 リリーエがつい三週間前に親を殺され、祖国を滅ぼされた亡国のお姫様だと言って誰が信じるだろうか。目の前にいる少女は、世間の辛さ、苦しさを知らずに育った向日葵みたいな明るい笑顔で接してくれる。

 その裏で、彼女はどれ程の重荷を背負って生きているか、俺には想像もつかない。


(少しでもそれを支えてやらないとな、俺は彼女の軍師なんだから)


 この笑顔を絶やさない為にも、俺は絶対に彼女の国を復活させてやると、一人密かに心に誓った。


「よし、決めた! これからは『サハリン』って呼ぶことにする! 改めてよろしくね、サハリン!」

「サハリン! じゃねーよ! どうしてそうなる!?」


 どう思案すれば俺の呼び方がどこぞの列島みたいになるというのか、無邪気に笑う彼女に俺は思わず嘆息した。


(もしかして、この娘は重荷なんて何も感じて無いんじゃないか?)


 彼女の態度にやるせなさを感じていると、リリーエは一歩前に躍り出て、前屈みに俺の顔を覗き込み。


「ふふふ、冗談よ軍師、ごめんね?」


 そう、イタズラっぽく微笑みながら謝った。

 まったく、その表情は卑怯だ。



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