『単騎駆け』と『一騎討ち』
「やはり、兵を伏しておったか」
北の森から現れた騎兵によってドミナシオン兵士が蹂躙される有り様に、シャルルードは眉間の皺を深くした。
──何故、あれほどの規模の軍勢を見つけられなかったのか?
──一体何処にその軍を潜ませていたのか?
──あの軍を率いる将は何者なのか?
シャルルードは周囲の騒音すら聞き取れぬほど、それら疑問を深く熟考し、そして、一つの答えが頭の端を掠めた。
「まさか……」
掠めた答を確かめる為、迫り来るランヴェルス騎兵に目を向けると、騎兵を率いて矛を振るう赤マントの男と目が合わさる。
(あれは……ラムセスっ!?)
シャルルードに気が付き、悪戯を成功させた子供のように舌を出して嗤うラムセスの態度を見て、己の出した答があっているのだと瞬時に悟った。
(あの騎兵は開戦前に伏した兵ではなく、ラムセスが連れてきた援軍であったか!)
敵の作戦がどういったものなのか、それを理解したシャルルードは「敵にしてやられたかっ!」と奥歯を噛み締めた。
今の今まで伏兵を見つけられなかったのも頷ける、初めから何処にも兵など隠されていなかったからだ。
斥候からの報告通り、ラムセスは昨夜のうちにラシュムールに向かい、駐留する兵士を纏めあげてこの戦場に現れた。ラムセスが援軍を引き連れてくるまでは予想通りだったが、援軍の到着は速くても三日は掛かるものと想定しており、この戦には間に合わないと踏んでいたからまさに裏を掛かれたといっていい。
なにより、ラムセスの援軍が来る前に、数で劣るランヴェルスの主力がドミナシオン軍の攻撃に耐えきれるかどうかが敵の作戦の肝だ。
それを、耐えきるどころか逆にドミナシオン軍の先陣を壊走させ、予備兵力である歩兵まで迫ったランヴェルス軍の実力と、それを指揮する姫君の采配がシャルルードの予想を遥かに越えていた。
思いの外奮戦する眼前のランヴェルス軍に気をとられ、森からの急襲に対処出来なかったこと。
ラムセス軍の進軍速度を大きく見誤っていたことがドミナシオン軍の命運を決定付けたのだ。
「──この感覚、久方ぶりだ」
自分のいる本陣に攻め寄せてくる二つの軍を前にして、シャルルードは心を落ち着かせるべく大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「と…………の……殿っ!」
「……ん?」
ふと、自分が呼ばれていることに気がつきシャルルードは我に帰る。
「殿! ここは一時退却しては如何で御座いますか……っ!?」
シャルルードの周囲を固める近衛兵が、震えながらに撤退を進言したのはこの頃である。
しかし、シャルルードはキッと近衛兵を睨むと、その提案を一蹴した。
「馬鹿な、敵に背を見せるなど有り得ぬ」
「し、しかし、このままでは総崩れとなります! 軍を立て直すなら引くべきかと!」
「ふん、もはや軍を立て直す必要は無い」
シャルルードは真っ直ぐ突っ込んでくる紅い騎馬兵に恐れも怒りも湧かず、逆に、不思議と嬉しさが込み上げ、頬を緩ませた。
(──いつ以来か、こんなに血が滾るのは……っ!)
この兵力差を覆し、自軍を崩壊に追い込んだランヴェルスの姫君を心の中で称賛し、最期の最後に、自分の闘志をここまで熱く燃え滾らせてくれたことに深く感謝した。
主力である上流騎兵と下流騎兵が敗走し、残りの歩兵が突破された今、もはやこの戦いに勝ち目は無くなった。
それでも尚、シャルルードの念頭に撤退の二文字は無い。
「鉄棒を持ってこい。久々に暴れてやろう」
付近の兵士は謂われるがまま、錦の袋をシャルルードに手渡す。
袋から取り出されたものは直径二メートル程の鉄棒である。
先が鋭利に尖っているわけでも刃があるわけでもない。ただ重く細長いだけでなんの変哲も無い鉄の棒だ。
その棒を馬上で何度か振り回し、シャルルードが「良し」と鼻を鳴らす。
「さて、行くか」
シャルルードが馬を進めようとしたその時、突然、本陣の後方から叫び声と剣の交わる音が聞こえ始めた。
「敵です!! 新手が背後より現れました!!」
「なんだと……?」
後方に振り返ると、野盗同然の身なりをした者達がドミナシオン兵と戦う様が視界に入った。
数は少ないが、手薄となった本陣を狙うには充分な数が揃っている。
「やはり、今のうちに退却した方が……!」
「ふん、あれは囮に過ぎん、注意を後ろに向けさせるためのな。むしろ本命は……」
本陣後方に現れた敵を気にも止めず、シャルルードは正面の騎兵に鉄棒を指した。
混乱した兵士を収拾するのはもはや不可能、この戦を勝利するには敵の大将であるランヴェルスの姫か、ラムセスを討ち取る他無い、ならばやるべき事は一つ。
「まだだ、まだこの戦は終わらせん」
「と、殿っ!? い、何処に行かれますか!?」
「攻め寄せる敵を屠るに決まっておる。御主等は後ろの敵を対処せい、前の敵など儂一人で事足りる」
「し、しかしそれでは……」
「ふん、後は任せたぞ」
「殿っ!!」
近衛兵の制止に構わず、敵を正面から迎え撃たんと一人馬を駆りたてた。
シャルルードに本陣待機を命ぜられた近衛兵達はだんだんと遠くなる主の姿を茫然と眺め、これが主から下される最後の命令なのだと感じ取り、自然と涙を流した。
「御武運を……」
戦が終わるまで、何がなんでも本陣を守り抜いてみせる。
彼らはそう堅く心に決めたのだった。
本陣から出たシャルルードは比較的本陣に近いラムセス軍には目もくれず、少し後方にいるランヴェルス軍を目指した。勢いのあるラムセス軍よりも、盛り返したばかりのランヴェルス軍の方が崩しやすいと思ったからだ。
「そこの将、中々腕が立つようだな」
シャルルードは鉄棒の感触を確かめるようにクルリと回し脇に構えると、敵味方が入り交じった戦場にて一際目立つランヴェルスの騎将・カイドウを呼び止めた。
「む!? 何者だ貴様!?」
「儂はドミナシオン軍総大将・シャルルードという、ランヴェルスの姫君に御目通り願いたいのだが」
「なんとっ! それはつまり我々に降伏するということか!?」
「戯け、姫君の首を取り、戦を終わらせるという意味だ」
「はっ! 戯けはどっちだ!! 姫様に刃を向けるならば絶対に阻止せんとな!」
カイドウは血塗られた大剣を肩に乗せ、シャルルードに馬首を向けた。
「臆さず本陣から出て来たことを誉めてやろう! だが、そんな棒切れで何ができるというのだ!」
「ふん、貴様のような輩はこれで充分だ。貴様の大剣、へし折ってやるから掛かって来るが良い」
「安い挑発だ! その勝負受けてたとうぞ!!」
拍車をかけて馬を猛進させたカイドウは手綱を離し、両手で大剣を握った。
「ほう、手綱を離して落ちぬとは、それにその紅甲冑、貴様はラムセス直属の将か?」
「おうっ! ラムセス軍きっての猛将・カイドウ! よく覚えとけぇ!」
「ラムセスの矛か、相手に不足無し」
シャルルードも駆け出し、両者の距離が一気に縮まる。
上半身を大きく捻らせたカイドウは間合いを見計らい、馬の勢いもろとも大剣に乗せて凪ぎ払った。
「どぉらぁあああっっ!!」
「くっ……っ!」
シャルルードは大剣を見切り鉄棒で攻撃を受け止めたが、あまりの威力に馬ごと吹き飛ばされる。
「軽いな! 総大将さんよっ!!」
シャルルードに追い討ちをかけんと、カイドウは続けざまに大剣を振るう。
だが、瞬時に態勢を整えたシャルルードはカイドウの攻撃を回避すると、鉄棒をカイドウの脳天目掛けて振り下ろした。
「単調な攻撃だ、鉄棒の恐ろしさを思い知れ」
ガンっ! と、大剣から火花が散った。寸でのところで鉄棒を防いだカイドウだったが、大剣の刃が零れ落ちたのを見て眉を寄せる。
「その棒、相手を武器ごと破壊するのが目的かっ!?」
「ふん、だったらどうした」
「上等! 折られる前にぶっ倒すのみよっ!」
再び、二人は馬を並べて激しく打ち合う。
大剣がシャルルードを馬ごと吹っ飛ばし、鉄棒がカイドウの頭に振り落とされる。
馬を巧みに扱い、渾身の斬撃を撃ち込むカイドウと。
上手く攻撃を躱し、上段より鉄棒を繰り出すシャルルード。
幾数度の打ち合いの末、全力の死闘を繰り広げた二人の一騎討ちは早々に決着がついた。
「これで、終わりだ」
またもシャルルードは鉄棒を振り上げ、上段からの攻撃をカイドウは受け止めた。
「どっちが単調な攻撃か! 上からしか攻撃してこないお前の攻撃など効か──んっ!?」
カイドウが反撃に出ようと大剣に力を込めた刹那、バキッ! と鈍い音と共に姿勢を崩して地面に転がり落ちた。
「まさか……っ!」
落ちた先で顔を上げると、そこには四脚をジタバタとさせる愛馬の姿があった。左前足の骨が皮を突き破り、発汗して痛がる愛馬に「狙いはそっちかっ!」と歯軋りした。
「貴様はラムセスと共にラシュムールからここまでその馬で駆けて来たのだろう。それに北の森に現れたあと、貴様等は迷うこと無くあの断崖を飛んだ。それだけ酷使すれば馬の脚が音を上げるのも無理はない」
「だから鉄棒を上から振り下ろして馬の脚に負担をかけていたわけか! やることが意外と細かい!」
悔しがるカイドウの鼻先に鉄棒が突きつけられる。カイドウは必死で大剣を探すが、馬から落ちた拍子に遠くにやってしまっていた。
「ここまでのようだ、な」
カイドウの汗が滴り、鉄棒が唸りを上げた。しかし。
「……なに?」
鉄棒は何者かの投げ槍によって阻まれた。
「ふぅ、間に合ったみたいね、カイドウ」
「助かりました! 礼を言いますぞ姫様!」
間一髪、窮地を脱したカイドウは素早く大剣を拾うと槍の持ち主に並んだ。
泥にまみれになりながらも頭に被る王冠と槍を構える凛とした風貌の姫様。シャルルードは一目見て、彼女が何者か把握した。
「カイドウが苦戦するなんて相当の手練れのようですが、この人は何者なのですか?」
「どうやらコイツがドミナシオン軍の総大将・シャルルードのようですぞ! 気を付けなされ姫様! お嬢!」
「へぇ~、この人が総大将さん、ね」
「御目にかかれて光栄だ、ランヴェルスの姫よ」
自分を追い詰めたランヴェルスの姫に対して悔しさも憎しみも無く、シャルルードは心穏やかに若干頬を緩めた。
「戦場で大将同士が出会うのは珍しい、ここは戦の勝敗を掛けて一騎討ちでも如何か?」
リリーエはシャルルードの提案をクスリと笑う。
「どうやら強いだけで大将の器ではなさそうね、シャルルードさん」
「……なんだと?」
「大将同士の一騎討ちで戦いが決まる時代はもう終わったのよ、これからはこの人達の時代なんだから。そうでしょう、軍師?」
「あぁ、その通りだ」
突然、シャルルードの周囲を厳つい傭兵達が取り囲み、統一性の無い様々な武器がシャルルードに向けられた。




