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『突撃』と『別行動』



 混乱したドミナシオン兵の喚き声が、シャルルードのいる本陣にまで届いた。

 勢い盛んなランヴェルス軍が全力で突撃すれば戦意の無い上流騎士に止める術は無く、手も足もでない。重い鎧を着込んだ騎士にとって、昨日の豪雨で泥濘(ぬかる)んだ畑の上での戦闘は困難を極め、軽装のランヴェルス兵に取り押さえられれば最後、冑や鎧を剥がされ命を断たれる。


 こんな状況でまともに戦える筈の無い騎士達は後ろへと逃げ込みを計るが、それを許さない者がいた。


「何故前が動かない! 敵がすぐそこまで来てるだろ!?」

「後ろから下流騎兵が来ているようで、そいつらが邪魔で身動きが取れないんだ!」

「て、敵がすぐ後ろに迫ってきてるぞっ!」


 援護に向かった下流騎兵が上流騎兵の退路を塞いでしまい、結果、リリーエ率いるランヴェルス軍の攻撃から逃れられず、更なる混乱を招いてしまったのだ。


 シャルルードは自分の采配が仇になったと唇を噛んだ。


「ラムセスだけに気を取られていたか……ランヴェルスの姫君も中々やりおる」


 先程までランヴェルス軍を雑兵の集まりだと侮っていたが、こうも見事にやり返されては実力を認めざるを得ない。


「一気に勝負を掛けるか、ランヴェルスの姫よ」


 ランヴェルス軍の勢いをみるに、敵の目標はこのドミナシオン本陣だろう。総大将の自分を討ち、短期間で勝敗を決するつもりだ。


「その意気や良し。よかろう、相手になってやるぞランヴェルス軍よ」


 それでも、シャルルードに焦りはない。

 先陣を乱されたとはいえ兵力差はドミナシオン軍に分がある。

むしろ、ランヴェルス軍の勢いさえ止めてしまえば勝負は決まったも同然だ。


「弓隊、ランヴェルス軍に矢を放ち殲滅しろ、味方ごと射ぬいても構わん」


 冷静に、冷徹に、味方ごと攻撃するよう命を下したシャルルードの判断は正しい。

 ドミナシオン軍の矢は騎士達の鎧を貫通出来ない、多少の被害は出るだろうが軽装であるランヴェルス兵に効果は抜群だ。

 命を受けた弓兵は味方ごと矢を射つという命令に少しだけ動揺したものの、指示通り射撃位置に向かって進軍を開始した。

 


────────────────────────



『善く戦う者はこれを勢に求めて人に責めず』


 兵法書・孫子には『真の戦上手は勝敗を個人の戦闘能力に求めず、軍全体の勢いを重視する者である』と記されている。

たとえ自軍が寡兵だろうが敵よりも勢いで勝れば精鋭をも凌ぐ戦力になる。

 つまり、戦に強い将とは味方を奮い立たせ、勢い付かせるのが上手い者のことだ。


 その点において、リリーエの能力は傑出していた。


「ランヴェルスの兵士よ! 私の背を見て闘いなさい! 私は常に貴方達の前にいます!!」


 無秩序かつ泥臭い戦場でありながら、総大将であるリリーエが先頭で槍を奮い敵を討ち倒す。

 誰よりも前に進み、誰よりも前で闘う。


 時折後ろに振り向き、皆を励ましながら戦う姿に兵士達はより一層奮起した。


「大丈夫か! リリーエ!?」


 乱戦の最中、俺は敵と槍を合わせていたリリーエの元に駆けつける。リリーエは敵の鎧の隙間を狙って槍を繰り出し、少ない手数で相手を翻弄していた。


「これくらい余裕よ、あんまり私をなめないでね」


 そういって、襲ってきた騎士を軽くあしらい突き倒して見せた。男相手でも勝とも劣らないリリーエの槍術に俺は舌を巻いた。


「流石お姫様、見事な御手前だ」

「まぁね! だいぶ体が暖まってきたからまだまだこれからよ!」

「姫様っ! 総大将自ら先駆けては危険です! 万が一怪我でもしたら──っ」

「その万が一の為にウィスタリアが私の側にいる、そうでしょ?」

「む、無論です! 誰であろうと姫様には指一本触れさせませんから!!」


 ほんと、リリーエは人を勢い付かせるのが上手い。

 彼女の雄姿に魅せられた兵士達が続々と敵を打ち倒していく、このまま敵を壊走させればドミナシオン軍は総崩れとなるだろう。


「このままなら勝てる、だけど──」


 そろそろ戦局を覆すべく敵が動き出す頃合いだ。

 前にドミナシオン軍の基本戦術は「騎馬の突撃から弓による止めの一斉射撃」だとウィスタリアが言っていた。


 主力の突撃が不発に終わり、敵味方が入り乱れる今の戦況ならば敵は矢を射てないと踏んだが、奥で激しく揺れ動くドミナシオン軍の旗を見るに、自分の予想が外れたのだと察して舌打ちした。


「そろそろ敵の矢が来る筈だ! 気を付けろ、リリーエ!」

「気を付けるも何も、矢が飛んできたらどうしようにも無いじゃない! というか、敵が矢を撃つ前にこっちから攻撃して阻止するしかないんじゃないの?」

「それは無謀です! この上流騎士を越えて敵の弓隊に辿り着けるはずが……」

「そう、だから矢が来る前に弓隊を叩いて止める! 良いな二人とも!?」

「……………………正気ですか?」


 そんな哀れみの眼で俺を見ないでくれよウィスタリアさん、こうなったら勢いで戦うしかないんだからな!


「それじゃあ、軍師の許可も貰ったことだし、一気に行くわよ!」

「もう、やけくそですね……っ!」


 リリーエが真っ先に敵中に割って入ると、後続の兵士達も一丸となってドミナシオン軍に殺到する。

 数で劣るランヴェルスが取るべき行動ではない、だが、ウィスタリアの懸念とは裏腹に上流騎士にはこの突撃を止めるだけの余力は残っていなかった。

 リリーエ率いるランヴェルス軍が来るや否や上流騎士は逃げ惑い、然したる抵抗も無いまま突破に成功した。


「そんな、こんな簡単に突破できるなんて……っ!?」

「驚いてる暇は無い! 狙うは敵の弓隊! そして、その先の敵本陣だっ!!」

「何がなんでもこの戦いを勝ってみせるっ! ランヴェルスの兵士達よ! 勝利は目前、最後まで死に物狂いで駆け、戦い抜きなさい!」


 付き従った兵士達に檄を投げ掛けたリリーエの槍先は、ランヴェルス軍の迅速な襲来に取り乱したドミナシオン弓隊を捉えていた。



────────────────────────



「全員矢が無くなりましたぜ! ヨイチの嬢ちゃん!」

「わかりました。わたしは場所を変えますから、あなた達もリリーエ様の元へ急ぐのです」

「了解でさぁ!! 敵が来たら構わず逃げてくださいね!!」


 柵の後方にて(ボドキン)を射ち尽くした傭兵達は、弓を置き捨て、代わりに鉈や小刀を取り出した。

 彼ら傭兵は先に突撃したリリーエ達と合流する手筈になっており、ヨイチは普段から使っている矢がまだ残っているのでここで別行動を取ることになった。


「みんなの分まで弓で援護するのです。普通の矢でも、私の弓ならあの鎧くらい射抜けるので」

「ヨイチの嬢ちゃんがあの凄っい矢で援護してくれるなら俺達も安心でさぁ! 野郎共、いっちょ暴れてやるぞ!!」

「「「おおぉぉう!!」」」


 残っていた三人余りの傭兵達が(とき)を上げ、野太い声音を醸しながら敵に吸い込まれていく。


「では、わたしも行くとします」


 一人残されたヨイチは矢筒を背負い、新たな射撃位置に向かおうと歩き出したときだった。


「おう、よく持ちこたえたな」

「──!?」


 突然、背後より声を掛けられたヨイチは振り返り、大馬に股がった男に矢先を向ける。男はそんなヨイチをさも気にせず、矛を片手に剣戟の音絶えぬ小麦畑を見つめた。


「あ、貴方は……」

「ここからだと目立たないな……おい小娘、この辺りに見晴らしの良い場所は無いか?」

「見晴らしの良い場所ですか? それならとっておきの場所があるのです」

「そうか、なら俺を今すぐにその場所に案内してくれないか?」

「ちょうど、私もそこに行くところでした。ついてきてください」

「話が早くて助かるぜ」


 コクりと頷き弓をしまったヨイチは、男と共に森の中に姿を消した。


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