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『決戦前』と『決意』



 夜も明けきらぬ早朝。


 マロワ村の小麦畑には朝霧が立ち込めていた。昨晩打ち込んだばかりの杭にはほんのり露が流れている。


「昨日はよく眠れたか? リリーエ?」

「全然。緊張で眠れなかったわ、ウィスタリアはどう?」

「少しだけ、目を瞑ったといった方が正しいですね」


 結局、誰もよく寝れなかったのか。

 ヨイチも早くに起きて弓を片手に敵軍の偵察に行っちゃったし、兵士達も腕立て伏せやらランニングやらに精を出している。


「うーん、私も彼らと混じってその辺を走ってこようかしら」

「戦が始まる前に疲れてしまいますから、やめた方が宜しいかと」

「ふふ、何かしてないと気が紛れなくてね、そう思わない? 軍師?」

「あぁ、そうだな……」

「……軍師?」


 二人の会話を尻目に、俺は杭先を濡らす露を指で拭き取る。視線を前に向ければ黒字に獅子の旗印が霧の先で幾重にも翻っていた。

 傍目から見ればランヴェルス国は絶望的な状況下、この戦いに負ければ今までの努力も苦労も水の泡。それどころか自分の命も、リリーエの命もすべてを失うかもしれない。


 それなのに何故、俺の心はこんなにも穏やかでいられるのか、自分でも不思議に思う。


「やってやるぞ……」


 そうボソリと呟き、心を奮わせる。


 俺の夢を叶えてくれたリリーエの為、絶対この戦に勝ってやる。

いや、この戦だけじゃない、これから先の先のその先の戦も、俺がランヴェルスを、リリーエを勝たせ続けるんだ。

 そう、覚悟を決めて張り詰めた俺の肩にポンと小さな掌が置かれた。


「肩の力を抜きなよ、軍師」


 我に戻って振り返ると、リリーエが全てを見透かしてるような紅い瞳を向けて俺に微笑んでいた。


「何かを一人で背負い込もうとしてるみたいだけど、私達もいるってことを忘れないでよね、軍師」

「一人で背負い込もうとしてるって、なんでそんなことを?」

「うーん、軍師の表情から「戦いに勝ちまくるんだー!」みたいな意思を感じたから、かな?」


 マジか、見事なまでに心を読まれてる。

 リリーエにも分かるくらい顔に出てたのか? ウィスタリアならともかく、リリーエに心を読まれるのは……なんていうか、その、恥ずかしいな。


「と、とにかく! 俺のやれる事は全部やり終えた、後はリリーエとウィスタリアにかかってるからな!」


 誤魔化すように話を切ると、リリーエが汚れない白銀の胸当てにドンと手を当てた。


「えぇ、任せておきなさい、軍師」

「ドミナシオンを、必ずや撃ち破って見せます」

「そ、その意気だ、頼んだぞ二人共」

「わたしもいますよ、軍師どの」


 ひょこっと、敵の様子を探っていたヨイチが森の中から戻ってきた。服に付いた湿った葉っぱを一枚一枚剥がしながら俺達に歩み寄る。


「おかえりヨイチ、敵の様子はどうだった?」

「みんな戦いの準備をしていて、とても忙しそうでした」

「なるほど、予想通り朝日が昇ったら開戦になるだろうな、ちなみに敵の配置は?」

「一番前には重そうな鎧を着た人達がいっぱいいました、あと馬も。そこから先は見えませんでした、霧がかかっていたので」

「鎧を着た人達とは恐らく上流騎兵ですね、全員が貴族階級出身者で構成し、実力も兼ね備えたドミナシオンが誇る騎馬隊です」


 ヨイチが見たという敵の先陣について、ウィスタリアが淡と説明してくれた。

 ウィスタリアによると、ドミナシオン軍の騎兵には騎士族で構成された上流騎兵と、身分の低い者達で構成された下流騎兵が存在するらしい。

 

 全身を重装備で固めた上流騎兵が先陣を切り、軽装備で身軽な下流騎兵は彼等の援護にまわる。ドミナシオン軍の先陣はこの二つの騎馬隊が上手く連携して攻めてくるのが基本だそうだ。


「騎士の纏う鎧は頑丈で矢を通しません、このような平地で騎兵に対抗するには長槍が有効なのですが……」

「矢が貫けない防具なんてありません、弓はサイキョーなので」

「それでも、騎馬の突撃を止めるには威力不足です。一気に差を詰められては矢は撃てなくなりますから、そうなれば……」

「まぁあぁ、それを補うために今まで策を巡らせてきた。そうでしょ? 軍師??」

「あぁ、その通りだ」


 この戦術がこの世界でも通用するかはわからない、だけどここまで来たならもう後には引けない。

 最後まで己の策を、仲間を、勝利を信じて戦う。ただそれだけだ。


「夜が明ける、いよいよだ」


 やがて山際から日が昇り、露で濡れた小麦畑が朝日を浴びて艶々と輝きだす。そして日の出と同時に霧の向こう側から甲高い笛の音が鳴り響いた。



────────────────────────



「ふん、小勢でありながら多勢相手に真正面から野戦を挑むとはな、胆の据わったお姫様よ」


 ドミナシオン軍総大将・シャルルードは馬の背からランヴェルス軍を凝視して、王から譲られた懐剣で己の太股を叩いた。

 昨日の晩、シャルルードはランヴェルス軍がこの小麦畑で待ち構えていたことに驚いた。オリエンを落としたのはまだ若い姫君だと聞いていたが、その姫君が大軍相手に正面から、正々堂々我が軍を待ち構えていたことを敵ながらに感服していたのだ。


 しかし、朝になってランヴェルス軍の陣容を知り、深く落胆した。


「その勇敢さは褒めてやろう。だが、そのような軍で我らを相手に何が出来ると思っているのか」


 霧が晴れてからランヴェルス軍の全容を見ると兵士の殆どが歩兵。しかも、防具も武器もバラバラで傭兵や民兵らしき者達も雑ざっており、寄せ集めの兵士が柵の向こう側に籠っているだけ。

 ドミナシオン軍と比べても質も量も、遥かに格下の存在であった。


「しかしこの布陣、森に兵を忍ばせているかと思ったがその気配もない。ランヴェルスの姫君は戦を知らないのか、それとも何か企んでいるのか……?」


 シャルルードは左右の森を睨む。


 ランヴェルス軍がこの場所に布陣するのは読み通りだった。それも、小勢で大軍を破る自信があるからこそ、籠城を捨て出陣したのだろう。


 もし、自分がランヴェルス軍なら兵を伏しやすいこの場所で待ち構え、刻を見計らい奇襲を掛ける。

 そう予想して、シャルルードは夜が明ける前から左右の森に伏兵がいないか斥候を放ち探索を続けているものの、まだ敵の伏兵を発見したという報告は無い。


「まぁ良い、あの程度軍は上流騎兵だけで充分だ。一捻りにしてくれる」


 敵の伏兵が襲ってこようとも、十分に警戒さえしていれば対処できる。

 シャルルードは近くの伝者に戦闘開始の笛を鳴らすよう命じ、懐剣を高く上げた。


「行くぞ! 今度こそ、この戦いでランヴェルスを確実に滅ぼしてやるのだ」


 シャルルードの攻撃命令は、笛を通して瞬く間にドミナシオン全軍に伝わった。


 ドミナシオン軍の総勢は約五万、上流騎兵の先陣一万騎と下流騎兵の二万騎、その背後に弓兵と歩兵の二万が控える。攻撃命令を受けた先陣の上流騎兵は笛の音を聞き、一子乱れぬ常歩(なみあし)でランヴェルス軍に迫った。


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