『傭兵』と『杭』
軍師どのの命令通り、兵士をたくさん雇ってきました。みんな強そうなのです」
土砂降りの雨から一転、雲間から陽が差し始めた屋敷の庭にて、俺の前で用事を終えたヨイチが平らな胸を張った。
彼女の背後にいる強面で屈強な男達がマッスルポーズを決め、フローラさんが本を片手にクスリと笑う。
「ざっと三千人弱、みんな弓が達者な者ばかりだよ、急だったからお金がかさんだけどね~」
「ありがとうございます、フローラさん。お金のことなら安心してください、トライゾンの屋敷にあった金で払いますから」
「うわぁ、なんかムッキムキの人達ね。これが、軍師の言ってた一緒に戦ってくれる人達?」
「そう、金さえ払えば嬉々として戦ってくれる兵士、それが彼ら『傭兵』だ」
リリーエが玄関前で新種の生き物を見るように集まった傭兵達を見つめる。
傭兵は金さえあればどんな戦場でも戦ってくれる、云わば戦闘のプロ集団といっていい。
商業都市であるオリエンでは村同士のいざこざから国単位の戦争まで、戦いに関するあらゆる情報が入手しやすく傭兵活動にはうってつけの場所だった。なので、ドミナシオン侵攻に際し、俺はすぐさまヨイチとフローラさんに街にいる傭兵を雇えるだけ雇ってもらったのだ。
まぁ、雇えるだけといっても作戦の都合上『弓が得意な傭兵だけ』という条件付きだが、それでも三千人近く集まったのだから十分すぎる数が揃った。
「ハルト殿、まさか傭兵の手を借りるつもりですか?」
ウィスタリアもまた、リリーエの隣で彼女と同じ視線と、軽蔑を含んだ不信な念を傭兵達に送った。
「旗色が悪ければすぐにでも逃げ出すのが傭兵です、国の存亡を左右する大事な戦いで彼らを頼るなどあり得ません」
「だけど、他に戦ってくれる兵士なんて居ないんだし仕方ないだろ? それに、俺はこれからの戦争はコイツらが主役になると思ってるしな」
「傭兵が主役……あり得ませんね」
そうウィスタリアは冷たく吐き捨てた。
彼女がこんな態度も取るのも戦争の主役は騎士であり『傭兵は負けそうになれば雇い主さえ裏切る下銭な者達』という概念がまだこの世界にある証拠だろう。だからこそ、俺はこの作戦が必ず成功すると確信できた。
「まぁまぁウィスタリア、私が市民を巻き込みたくないってわがままを言ったのが悪いんだから、今回は傭兵さん達に頼りましょうよ」
「で、ですが姫様……」
「それに、今は戦場の主役やら何やら言ってる場合じゃ無い、そうでしょ?」
「それも、そうですが……」
リリーエに諭され、ウィスタリアが渋々頷く。
「ではではー、私は先に部屋に戻るとするよ。雨上がりは部屋で本を読むに限るからね~」
場の空気を変えるように、フローラさんが水溜まりを避けつつ屋敷へと歩き出した。
「はい、俺達はこれから出陣しますから、俺達が留守の間、この街を頼みます」
「ハッハッハー、最近は君に指図されっぱなしだな~、少しは敬って欲しいものだよ?」
なんて冗談ぽく笑いながら、フローラさんは俺とすれ違い様に耳元でそっと囁く。
「私は君の命令通りに動く。あれを敵に振る舞いたくは無いから頑張ってくれたまえよ、軍師君」
「はい、色々とありがとうございます、フローラさん」
俺の肩にポンと手を置き、フローラさんは屋敷に戻っていった。
なにからなにまであの人に助けられてばかりだ。性格は何であれ、フローラさんが俺達の仲間で本当に良かった。
「ん? まだこんな所に居たのか?」
すると、フローラさんと一足違いでラムセス将軍が現れた。何処から見つけたのか、左手に地図のような物を握りしめている。
「ラムセスこそ、先に部屋を出ていったからもうラシュムールに帰ったと思ったわ」
「まさかな、今の今までコレを探してたんだよ」
そう言って、将軍は巻物を俺に放り投げた。危うく落としそうになりながらも俺はそれを受け取り、中身に眼を通す。
「屋敷の書庫にあったオリエン周辺の地図だ。ラシュムールへ出立する前に、お前らがどの辺で敵を迎え撃つのか聞かせて貰わんとだからな」
「そういえば何処で戦うか話し合って無かったわね、軍師的には何処で戦うつもりなの?」
考えてみれば、まだちゃんとした戦闘地点を決めてなかったな。けど、地図を見るまでもなくドミナシオンが攻め込んで来た時を想定して策を練ってきたから、ある程度決戦場の目星はついている。
「オリエンから東、街道に沿って十キロの地点に左右を森に挟まれた場所がある。ドミナシオン軍の行軍路から察するにここを通るはずだから、俺達はそこで待ち構えようと思う」
「隘路か、待ち伏せには絶好の場所だな」
「あいろ?」
将軍の聞き慣れぬ単語にリリーエに首を傾げた。
「隘路とは、道の左右が何らかの障害物で挟まれた地形の事です。道が一方通行の為、大軍は思うように兵を展開できませんが、真正面からのぶつかり合いとなりやすい場所でもあります」
「説明ありがとうウィスタリア。なるほど、だけど真正面からのぶつかり合いって、そんな所に布陣して少数の私達が勝てるのかしら?」
「大丈夫、手は考えてるよ」
リリーエの言葉通り、ただ真正面からのぶつかり合いじゃ大軍相手に勝てる見込みは無い。なので、それなりの準備と策を持って対処させてもらう。まぁ、策と言うより博打だが。
「この戦いでこの前に見せたアレと、弓が得意な傭兵達を駆使して戦闘に革命を起こす」
「この前見せたとは、軍師どのが作らせてたあの鏃で、ですか?」
「そう、あの鏃でだよ」
「本当に大丈夫なのですか? 軍師どの?」
上目遣いで不安そうにするヨイチの濡れた銀髪を乾かすように、俺は右手でごしごしと撫でまわして、
「心配するな、必ず勝てる」
と、にこやかに笑って見せた。
────────────────────────
朝方の大雨が嘘のように晴れ渡り、ジリジリと身を焦がす夕焼けに染まったオリエンから城の守備兵を抜いた正規兵約二千人と傭兵三千人、合計五千の兵がドミナシオン軍を迎え撃つべく出陣した。
ドミナシオン軍は約五万、実に十倍の兵力差である。
「はぁ~、敵は十倍、本当に勝てるのか……不安しか無いわ」
五千の兵士を引き連れ、水気の多い畦道を進むリリーエが小さな溜め息をついた。
「大丈夫だよリリーエ、ナチャーラ村の時も兵力は十倍差だったんだから、規模が大きくなっただけで戦力比は何ら変わらないよ」
「何ら変わらないって、ナチャーラ村とは何もかもまったく違うし、この兵力差を覆すのは難しいんじゃない?」
「だから、それを覆すために全員にアレを持たせたんだよ、頼むから俺の策を信じてくれって」
「はいはい、最初から最後まで軍師を信じて戦うわ。けど……」
リリーエが後続の兵士達に眼を向ける、両端が鋭く尖った杭を担いで行軍する兵士達の姿に「本当に戦が始まるのかしら?」と首を捻った。
「これから戦いが変わるんだよ、数年後には出陣するとき全員が杭を持って進軍するかもな」
「あー、それはそれで面白そうね」
「戦に面白いも何もありません! 皆必死で戦うのですからもっと緊張感を持ってですね……」
「冗談よ冗談、そんなに堅くならないで。まぁ、私はそんな生真面目なウィスタリアが可愛いから好きだけどね」
「ひ、お姫様っ!? か、かかか可愛いだなんてっ! か、からかわないでくださいっ!!」
「うん! やっぱり顔を赤くしてるウィスタリアが一番可愛いわ! ヨイチもそう思わない?」
「うぐ……っ! り、リリーエ様っ! つ、強く抱きつかないでください、息苦しいので!」
「まったく、リリーエはどんな状況でも変わないよな、ホント」
騒がしいくらいに賑やかな鞍上のお姫様に俺は微笑んだ。
国が滅びるか否かの瀬戸際なのに、泥だらけの畦道を行くランヴェルス兵に悲壮感は無く、むしろ、兵士達の表情は明るかった。それもこれも、リリーエが賑やかな雰囲気を作り出してくれているおかげだ。
(軍の戦意は良し、後は俺の作戦次第か──)
馬上で揺れるリリーエの馬を牽きながら、俺は心を踊らせた。
戦い前に策を巡らせ、戦に臨む時の全身がぞくぞくするこの感覚。歴史に名を残した名軍師達も味わったであろう決戦前の武者震い。あぁ、乱世って良いなぁ。
「軍師は何を一人で笑ってるの? 凄い不気味なんだけど……?」
「ハルト殿が策を巡らせる時はいつもこんな感じですよね、この辺が父と似ていますが……」
「軍師どのも怖いのでしょうか? 肩が震えているので」
とりあえず、この気持ちを顔に出さない努力をしようか。周囲を不安にさせてる気がするから、いろんな意味で。
───────────────────────
オリエンを目指して進軍していたドミナシオン軍は、オリエンより東に約五里(約二十キロ)の野原にて夜営の準備を進めていた。
これより先の道は左右に森があり、大軍とはいえ夜間に進軍しようものならランヴェルス軍の奇襲を受ける可能性がある。
なので、ドミナシオン軍の総大将であるシャルルードはランヴェルス軍の正確な情報を得るまで、無闇に軍を動かさないと決めたのだ。
「旨い、やはり故郷の古酒は身に染みる」
夕食の支度をするドミナシオン兵を陣幕で眺めながら、総大将のシャルルードはひたすらに酒を呑む。もう既に酒瓶にはほんの少ししか酒が残っていなかった。
「──さて、敵は、ラムセスはどう動くか」
酒瓶が空になるまで呑みながらもシャルルードに酔いの気配はない、ひとえにラムセスの動向が気になるからだ。
「十二神将・ラムセスか……厄介な相手よ」
盃に並々入れられた酒を見つめ、虎髭をなぞる。
ランヴェルスが誇る稀代の名将がこの兵力差を覆そうと策を巡らせてくるに違いない。
かつて、リャヌーラの大軍を僅かな兵力で撃ち破った時のように、奇想天外な策を仕掛けてくるやもしれない。たとえ、ドミナシオン軍がランヴェルス軍よりどれだけ数で勝ろうと油断は出来ないのだ。
「されど、どのような手で来ようと決して負けぬ」
シャルルードが来る戦を想い、闘志を滾らせた時だった。
「殿、只今戻りました」
オリエンの内情を探らせていたシャルルードの部下が戻り、彼にランヴェルス軍の情報がもたらされた。
「早かったな、もう敵が動いたか?」
「はい、敵勢約五千、我が軍を迎え撃つべく出陣したようです。率いるはランヴェルスの姫、本人かと思われます」
「ほう、自ら軍を率いるとは、なかなかに勇敢な姫様よ。して、ラムセスは如何した?」
「ラムセスは部下数人を連れて自身の本拠地・ラシュムールに向かった模様です、恐らくは……」
「ふん、ラムセスはラシュムールに援軍を呼びに帰ったか」
唯一恐れていた脅威がいなくなった事を知り、シャルルードは心の中でほくそ笑んだ。
「しかし、敵は籠城ではなく、ラムセスを待たずに野戦にて決着をつけるか。あまりにも下策だが……」
そして、ランヴェルス軍とラムセスの行動に違和感を覚えた。
ランヴェルス軍がラシュムールの援軍を頼るつもりならば、オリエンに籠城して援軍を待つのが定石であり最善だ。
何故なら、ラシュムールからオリエンまでは人の足で一日、往復で二日は掛かる距離であり、ラムセスは帰ってすぐにドミナシオン軍を追い払えるだけの兵士と物資を用意をせねばならず、その準備に最低でも一日。オリエンにラムセス軍が到着するのは最短でも三日は必要になるだろう。
つまりその三日間、ランヴェルス軍はドミナシオン軍の攻撃を耐え抜き、ラムセスの援軍が到着さえすれば勝機も見えてくるはずだ。
だが、敵は小勢にも関わらず防衛しやすいオリエンを離れ、野戦にて迎え撃とうしている。
大軍相手に援軍を頼らず、自ら短期決戦を仕掛ける。
あまりにも下策、無謀と言ってもいい。
だが、敢えてランヴェルス軍がそう動いたのは何かしらの策があるからに違いない。その策とは、これから進む道と、敵軍の規模からだいたい予想できる。
「野戦で我らの出鼻を挫き、籠城を優位に運ぶつもりならば好都合。逆に完膚なきまでに叩いてくれよう」
敵の策が予想出来るならば、その対処も容易い。
シャルルードは残りの酒を全て盃に注ぎ込むと、部下に命を下した。
「夕食を済ませたら出発すると兵に伝えろ、今晩のうちにオリエンに向かうぞ」
黒鉄色の兜に手を伸ばしつつ、シャルルードは酒を一気に飲み干した。
────────────────────────
一方その頃。オリエンから東に三里(十二キロ)程のマロワ村付近、収穫作業を終えたばかりの小麦畑にリリーエ率いるランヴェルス軍が布陣した。
日も落ちて、焚き火を囲んで騒ぎあかす兵士達をリリーエは遠くから静かに眺め、重く呟く。
「出来れば、彼らを巻き込みたくなかったけど……」
「まさか、街の皆が加勢してくれるなんてな、思わぬ援軍だ」
「これも姫様の人徳が成せる業、といった所でしょうか」
傭兵達と愉しげに談笑するオリエン市民に対して、リリーエが深く頭を下げた。
ここに来る途中、リリーエの出陣にいてもたってもいられなくなったオリエン市民、約千人余りが各々武器を片手に合流。城兵、傭兵、民兵で構成された六千の兵士でドミナシオンを迎え撃つことになったのだ。
「彼等の参戦もあるけど、まだまだ戦況は不利ね。これから指を咥えたまま敵を待つ?」
「いいや、来て早々で悪いけど、兵士達が持ってきた杭を斜めに、等間隔で地面に打ち込んで欲しい、それで敵の騎馬を防ぐ」
「なるほど、あの杭で馬防柵を造るのね、早速やりましょうか」
ドミナシオン軍が来る前に迎え撃つ準備を整えなければならないが、幸いまだ敵の気配は感じられない。
リリーエが休んでいる兵士達に俺の指示を言い渡し、即刻、杭を地面に打ち込む作業が開始された。
月明かりを頼りに、リリーエもウィスタリアもヨイチも、全員総出で地面に杭を突き刺す。
一時間もすれば、小麦畑を端から端までを塞ぐ馬防柵が出来上がった。
「大分疲れたのです、夜も遅い時間なので……」
作業を終えたヨイチが右手で目を擦り、小さくあくびした。
「ヨイチもよく頑張ったな、明日に備えてもう寝ていいぞ」
「あ、ありがとうです、軍師、ど……の……」
ふらりと眠りに落ちたヨイチを抱き上げる。
「明日はヨイチに頑張って貰うからな、今はゆっくり休んでくれ」
ヨイチの髪をそっと撫で、纏められた干し草の上に寝かせた。
すると、鎧が擦れる音や馬の嘶きが聞こえ、音のする方向に視線を向ければ地平線一帯に無数の火の玉が横一線に並んでいた。
俺はその火の玉が何なのか瞬時に把握し、生唾を飲んだ。
「来たか、ドミナシオン」
敵もこちらの存在に気付き、その場に足を止めた。
恐らく、日が昇って此方の全容を把握してから動いてくるのだろう。リリーエもドミナシオンの到着に際し、迂闊に動かぬよう兵士達に厳命した。
「絶対に勝つわよ、軍師」
「当たり前だ、リリーエ」
眼前に広がる敵を前にして、俺もリリーエも、武者震いと笑みがこぼれていた。




