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『危機』と『軍議』



 オリエンにて建国式が行われてより数日後、曇り空のドミナシオン王都では五万近くの兵士が城外に集められていた。

兵種ごとに一糸乱れなく配列された兵士達は、皆一様に前方の城壁の上を仰視している。


「壮麗ではないか、我が軍は」


 城壁にて、それら兵士を上から眺めるドミナシオン王が不気味に笑った。


「如何にも、その通りでございますな、大王様」


 王の隣でひざまづく猛々しい虎髭を蓄えたドミナシオンの将軍・シャルルードが胸に手を当て応える。


「よもや、このような大任を仰せつかるとは思いませんでしたが、陛下の期待に応えるべく、必ずやランヴェルスを誅滅させて御覧にいれましょう」


 ドミナシオン王は懐剣を取り出し、シャルルードに授けた。


「うむ、頼んだぞシャルルードよ」


 シャルルードはそれを手にするや、そのまま石の狭間に足を掛け、下で見守る兵士達に授かった懐剣を突き出す。シャルルードの全身を煌びやかに着飾った(なり)と威風堂々とした立ち姿は下から遠望する兵士にもよく見てとれた。


「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 突如、懐剣を向けられた兵士達は雄叫びを上げ、右手を天へと伸ばした。ドミナシオン特有の出陣前の檄だ。


「後は任す、吉報を待っておるぞ」


 シャルルードの檄を見届けたドミナシオン王は踵を返し、兵士達の声を背にそのまま王宮へと帰っていった。独りその場に残されたシャルルードはそっと呟く。


「ふん、亡国をもう一度滅ぼさねばならんとは面倒なことだ。このようなくだらぬ戦はさっさと終わらせるに限る」


 繰り返される鬨の声に耳を傾けながら、ふと、シャルルードは雨雲が流れる上空と慌ただしく飛来する雷鳥を眺め、


「……弱者を痛振るは好まぬのだがな……」


 と、深く溜め息を漏らした。



───────────────────────



 ドミナシオン軍によるオリエン侵攻の報せは瞬く間にリリーエの下へもたらされた。

 今度こそ確実にランヴェルス国を滅ぼさんと、ドミナシオン軍は五万の大軍でオリエンに進軍を開始。この動きにランヴェルスの君主であるリリーエは、ドミナシオン軍の襲来に対処する策を考えるため、屋敷の一室にて緊急の軍議を開いた。


 外はここ何日か降り続ける大雨で昼間なのに薄暗く、室内は長雨のせいなのか、皆が押し黙っているせいなのか、どんより重い空気が漂っていた。


「国を安定させる猶予も無しとはな……ドミナシオンめ」


 ラムセス将軍が椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見つめた。

この場にいるのは俺とリリーエ、ウィスタリアとラムセス将軍の四人だけである。

 それぞれがこの状況を打破する策を捻り出そうと頭を悩ませていた。


「今ある情報では敵は約五万。行軍速度からして、ドミナシオン軍は騎兵と歩兵を半分ずつの編成だろうな」

「それに比べて、私達の兵士はオリエンを乗っ取る時に借りた兵士三千人とラムセスが連れてきた一千の兵士、合わせて四千弱。圧倒的な劣勢ね」

「ラシュムールにも早馬を送ったが、援軍が間に合うかは微妙だな」

「早くも、危急存亡の時ですか……」


 軍議が始まってから二時間が過ぎたが、全員がこれからどうするべきか考えあぐねている。


 味方の編成をどうするか。

 敵と何処で戦うのか。

 どのような策で戦うのか。

 考えることは山程あるのだが話が一向に進まない。


「とにかく、まずは兵士を確保しないとですね、街の人達を臨時で徴兵してみては如何ですか?」


 ウィスタリアの言う通り、より多くの兵士を確保しなければ勝負にすらならない。だが、彼女の提案にリリーエが顔をしかめた。


「街の人には、強制的に戦って欲しくないわ」

「そんな悠長な事を言ってる時ではありません。事は一刻を争うのですから」

「でも、戦いたくない人を無理矢理戦場に連れていくなんて……私には出来ない」

「んじゃ、今いる兵力だけで、どうやって迫り来る敵を防ぐ気だ?」

「……わからない」


 将軍の問いにリリーエは力なく項垂れる。

 ずっとその事を考え込んでいるのだが、良い案が思い浮かばないでいるのだ。


「万事窮す、ですか……」

「さて、どうするかねぇ」


 ウィスタリアが悔しげに俯き、ラムセス将軍は腰袋から葉巻を取って火をつけた。

 リリーエ達の心境を表すかのように、風雨が窓ガラスを軋ませ、部屋の光源である蝋燭の灯火が激しく揺らめいた。

 そして、しばしの沈黙の後、将軍が不意に口を開いた。


「さっきからずっと黙ってるが、もう策を思い付いてんだろ? 小僧??」


 葉巻を置き、ラムセス将軍は俺にそう尋ねた。おそらく、将軍はドミナシオンを撃退する算段が既に出来上がったのだろう。何故そう思うかといえば、将軍も今の俺と同じくこの状況を楽しむかのような顔をしているからだ。


「ここにアグネスとあの幼女が居ないのは、その策が既に始まってるって事だろ?」

「そういう将軍こそ、何か策がありそうな顔をしてますけど?」

「ふ、まぁな」

「そ、それは本当!? 軍師っ!?」


 俺達のやり取りを聞き、勢いよく椅子から立ち上がったリリーエが俺の顔をまじまじと見つめた。

 嬉しさのあまりか瞳を潤わせる彼女に、俺は「その通り」と晴れやかな笑顔で応えた。


「あの二人には兵士を集めて貰ってる。勿論、街の住民じゃない」

「街の人じゃないのに、戦ってくれる人なんているの?」

「そう、強制的じゃなく、むしろ嬉々として戦う奴等さ」


 そいつらはこの世界の戦争を変える力を持つ存在だ。俺のいた世界ではその存在が戦争のあり方を変えた。そして、武器屋で作ったアレも使って『戦争革命』をこの世界でも起こす、この戦いはその序章に過ぎない。


「任せとけリリーエ、この戦い、俺が必ず勝たせてみせるから!!」

「え、えぇ! 頼んだわよ、軍師!!」


 相も変わらず、臆面なく勝ってみせると言い切った俺に対し、リリーエも涙を拭い、いつもと変わらぬ笑顔で俺に握り拳を向けた。


「盛り上がってるとこ悪いがな、小僧」


 すると、ラムセス将軍が葉巻の灰を落としつつ手のひらを上げ、

「俺はこの戦い『正』と『奇』どっちをやればいい?」


 俺を試すように訊ねてきた。


 ──奇正の戦術──


 俺と同じで武経七書(ぶけいしちしょ)を読んだことがあるっていう転移者(イティネラー)のラムセス将軍らしい問い掛け方だ。


「当然、将軍には奇になって貰うつもりですよ」


 そんな問に俺は淀みなく答え、俺の意を察して将軍がニヤリと笑んだ。


「そうか、どうやら俺と同じ考えのようだな」


 この場でその意味を知っているのは俺と将軍だけ、リリーエとウィスタリアが「何の事?」と首をかしげる。


「ならば、今から俺は『夏候淵』を真似るとするかねぇ」

「夏候淵って、三国志の?」

「おう、『六日で百里』とまではいかないが、敵の度肝を抜いてやるよ」


 そう言うと、ラムセス将軍は突然椅子から立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。


「明日の朝までには戻る。この俺が奇を引き受けたんだ、正のお前らがしくじるんじゃねぇぞ?」

「任せてください、奇にとって最高の状況を作って待ってるから」

「ち、ちょっとラムセス!! どこ行くの!?」

「何処に行くって、決まってんだろ」


ドアを開けつつ、将軍がリリーエに振り返る。


「ラシュムールに帰るんだよ、今からな」


 まるで壮大な悪戯を思いついた子供のように、ラムセス将軍はニシシと顔を綻ばせた。

 



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