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『王女』と『建国』



 旧ランヴェルス建国記念日、当日。


 広々とした茜空の下、数万ものオリエンの民衆が図書館の広場に集まり、身動きが取れないほどひしめきあっていた。公園の外には屋台や見せ物小屋が所狭しと並び立ち、お祭りのような騒ぎになっている。


「こ、この街にはこんなに人が住んでいたのですか……!?」


 図書館内の待機室にて、外の様子を伺っていたヨイチが小さな肩を震わせる。

 確かに、こうやって街の人達が一ヶ所に集まるとここが大都市なんだなって実感が沸く。そして、これだけの人が住む都市を無血で落としたんだからもっと誇って良いかもしれないな、俺。


「こんな大勢の前で演説なんてわたしには無理です、緊張するので……」

「まぁ、心配しなくてもヨイチは陰から見守るだけでいいからな、不安なのはリリーエなんだけど……」


 ふと後ろを振り向くと、真新しい純白のドレスに身を包んだリリーエが鏡の前で「あーでもない、こーでもない」と悩み込んでいた。さっきから気に入った衣装が見つからず、かれこれ一時間以上悩み続けている。


「ねぇ軍師!! この髪飾りは着けてた方が良いかな? それとも無い方が良い??」

「どっちでも良いけど、早く準備しないと式が始まるぞ」

「えー! せっかくの晴れ舞台なんだから完璧な格好で行きたいじゃん! うーん……やっぱりこの首飾りも良いなぁ~」


 デート服を選んぶかのように、その辺に小物を着ては外しを繰り返すリリーエ。気持ちは分かるがここにある小物は全部フローラさんの私物なんだけど、勝手に使って良いのだろうか。


「す、凄いです、まるで緊張していないのです、わたしも見習わなくては」

「リリーエの場合は緊張『してない』って言うより緊張が『ない』の方が正しい気がするが……」


 元来の性格なのか教育の賜物なのか、はたまた本心を隠しているのか。少なくともこの様子なら本番でも大丈夫そうだ。

なんて呆れながらに安堵した時「失礼します」の声と一緒に侍女服のウィスタリアがリリーエを呼びに現れた。

 色鮮やかな藤色の侍女服はシンプルながら気品で溢れ、物腰柔らかにそれを見事に着こなしているウィスタリアは、まさにお嬢様といった感じだ。


「やっぱりウィスタリアは何着ても似合うわね~、羨ましいわ」

「そんなこと無いですよ、姫様のドレス姿も良く似合っておられます」

「まぁ、ウィスタリアに言われたら複雑な心境よね~」


 じとっとした眼つきでウィスタリアの服と自分の服を見比べ、リリーエが溜め息を漏らした。

 リリーエの外見もウィスタリアには劣るものではない。むしろ、艶のある金色の長い髪と穢れ無い純白のドレスは、彼女がお姫様なのだと改めて実感させられる。

 ただ、リリーエが苦い顔をしているのは、並んで立ったときにどうしても目立ってしまうからだろう。主に胸的な意味で。


「と、とにかく、急いで支度をしてください。皆、姫様を待っておられますから」

「はいはい、わかってるわよ」


 (つい)には、あんなに悩んでいたくせに適当に選んだ首飾りを付け、軽やかな足取りで扉の取っ手を掴み「ほら、行くわよ」と、俺とヨイチに微笑んだ。


 西陽におされた風が図書館の入り口前に建てられた舞台に容赦なく吹き付ける。ギシギシと軋む舞台裏にて椅子に座り、燃えるような朱色の鎧を着たラムセス将軍が遅れてやってきた俺達に「遅いっ!」と一喝し、将軍の傍らで心穏やかに本を読むフローラさんはにこやかに手を振った。


「やぁやぁ、服を選ぶのに手間取ったようだね、リリーエ君」

「ギリギリ間に合ったが、まったく着替えるのに時間を掛けすぎだ」

「なかなか気に入った首飾りがなくて、やっぱりちゃんとした服装じゃなきゃ嫌でしょ?」

「リリーエ君の言う通り、女性の服選びは時間が掛かるものだよ。こんな大事な式典に雑な服装で出るわけにはいかないだろう?」

「この面子で一番雑な服装をしているお前に言われたくねぇよ」


 将軍に寝間着を姿を指摘されたフローラさんが「ハッハッハー」と笑い誤魔化した。

 ピョンと跳ねた彼女の髪の毛が服のせいで寝癖にしか見えない、こんな服装で出歩ける人なんて世の中探してもフローラさんだけだろう。


「私は必要最低限の服しか持たない主義でね~、他の服は洗濯中だからこれしかなかったんだよ」


 この人は本当に元教師か?


「私のことはさておいて、そんなことよりもう時間ではないのかな?」

「そうだな、こんな下らん話をしている暇じゃなかった。さっさと行くぞ、リリーエ姫よ」

「う、うん……」


 ラムセス将軍が立て掛けてあった剣をリリーエに放り投げ、舞台の階段を登っていく。将軍から受け取った刀剣を胸に、リリーエは頬を叩いて気合いを入れた。


「そういえば、皆も舞台に上がるの?」

「私は姫様のお姿を後ろから拝見させて頂きます。いつまでもお側で姫様を見ていたいですから」

「わたしはここに残ります、大勢の人から見られるのは苦手なので……」

「俺はヨイチと一緒にここに残るよ。ヨイチ一人が残るのも可哀想だしな」

「うぅ、お気遣いありがとうなのです、軍師どの」

「了解、なら一緒に行きましょうか、ウィスタリア」

「畏まりました、姫様」


 二人は手を取りながらゆっくりと階段を登り、俺とヨイチが「いってらっしゃい!」と親指を立てて送り出した。


「──いよいよ、ね」


 リリーエが舞台に上がったのと同時に、地を揺らす程の大歓声がオリエン一帯を震わせた。舞台上にはリリーエとラムセス将軍が並び、二人の後ろにウィスタリアが控える。

 皆が見守る中、リリーエは一歩前に出て、歓声に負けぬよう声を張り上げた。


「ここに集まってくれたオリエンの皆々様、私がランヴェルス王の娘・リリーエ・リュミエール・エスプランドです!」


 初々しくも凛然としていながら、広場の隅々まで届くリリーエの大音声はたった一声で観衆の声を沈黙させ、全員がリリーエに視線を向けた。

 リリーエは小さく息を吸い、一瞬の静寂を噛み締め、剣を空に掲げた。


「憎きドミナシオンにランヴェルスを滅ぼされてから数ヵ月、一度は滅んだランヴェルス国ですが、このオリエンにてランヴェルス国の再興を、ここに宣言します!!」


 集まった人々から発せられた祝福の熱気がリリーエの全身を覆う。

 大勢の前だろうと臆すること無く澄みきったその声は、一度失った歓声を甦らせるのに十分であった。


掴みは上出来、あとはラムセス将軍が上手くやってくれるだろう。

「そしてラムセス将軍、前に!」

「はっ」


 腹にドンと響く重低音で応えたラムセス将軍がリリーエの前にひざまづき、両手を前に出した。


「ラムセス将軍、貴方をランヴェルス国の大将軍に任命し、戦の全権を委ねます。我が国の矛となり、盾となり、存分に力を奮いなさい」

「有り難く」 


 ぶっきらぼうにリリーエから剣を受け取った将軍がすっと立ち上がり、渡された剣を天高く突き上げた。


「例えこの身が朽ち果てようと、十二神将、ラムセスの名に置いて、必ずやランヴェルスに刃を向ける敵を、ドミナシオンを討ち滅ぼして御覧にいれん!!」


 ラムセス将軍の誓いの言葉に観衆は声を枯らし、ランヴェルス国の新たな門出を祝う。そんな中、ラムセス将軍とリリーエは肩をプルプルと震わせていた。


「らしくないわね、ラムセス大将軍」

「その言葉、そっくりそのままお前に返すぞ、リリーエ姫」


 観衆の目には二人は泣いているように見えるだろうが、実際はお互いの臭すぎる演技に対して必死で笑いを堪えていたのだった。


「リリーエ様達はすごいです、こんな状況でも笑っておられるので」

「くさい芝居だった気もしなくないけど。何はともあれ、これからが大変だな」


 舞台裏より一部始終を差し覗いていた俺やヨイチを横目に、一人椅子に座って小説を読むフローラさんが顔を綻ばせた。


「その通り、この国は君達の尽力次第で如何様にも変わる、頑張りたまえ」

「言わずもがな、そのつもりです」

「ふふ、私が考えた彼等の台詞を無駄にしないでおくれよ」

「あぁ、二人の芝居はフローラさんが考えたんですか……」


 鳴り止まぬ喝采を聴きながら、俺は舞台上のリリーエに微笑む。

 傾きかけた西陽を浴びて佇むリリーエの表情は、今日のオリエンの空模様と同じく、清々しく、とても晴々としていた。


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