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『段取り』と『鏃』

 


 オリエン一帯はこのところ雨が降らない日が続いていた。

 そして、今日もまたジリジリと皮膚を焦がす灼熱の日差しが刈り入れの終わった麦畑に容赦なく照りつけている。

 この暑さの中で唯一の救いは、程々に吹く生暖かい風だけだろう。


「もう十年近く来てないが、こんなに暑かったか? オリエンは」


 街道と呼ぶには程遠い、麦畑に囲まれた泥臭い畦道を軍馬が常歩(なみあし)で進んでいる。それに跨がり、赤マントを靡かせるラムセスがあまりの暑さに顔を歪ませた。


「暑い……こんな鎧を着込んでたら中が蒸れて仕方ないぞ、着る服装を間違えたな」

「私はこうなると見越しての薄着なので大丈夫ですぞ!」

「まったく、皆鎧兜で来たっていうのに、お前だけそんな涼しそうな格好しやがって、服装を合わせる気は無いのか? そういうのは自己中って言うんだぞ、ジコチュー」

「また! 時折殿は謎の単語を発せられますな!」


 カイドウと馬首を並べて進むラムセスの背後には山間まで延びる数千の兵士が付き従っている。兵士達は皆足をを引きずるように進軍するので、砂埃がもくもくと立ち込めていた。


「まったく、オリエンを落としたと思いきや俺様を呼びつけるとはな、リリーエも偉くなったものだ」

「しかし、今になって何故姫様は殿をオリエンに呼んだのでしょうな?」

「そりゃーそろそろアレが近いからな、各国に俺が味方だって知らしめたいんだろ」

「なるほど! 良いように使われておりますな!」

「まぁ小娘の下で働くのも悪かねぇ。存分に俺を使えば良いさ、リリーエ姫よ」


 顎髭をなぞり、とりとめのない会話をしながらしばらくすると、太陽光を反射し白銀に輝くオリエンの城壁を肉眼で捉えた。

 雲一つ無い青空と見事に調和する懐かしき街を目の前にして、ラムセスから笑みが溢れる。


「久々だな、あの城を見るのは」

「リャヌーラの包囲を破った時以来ですな! オリエンに殿が来るのは!」

「あぁ、そうだったな」


 ラムセスは目を瞑り、深くオリエンの空気を肺に取り込んだ。

麦の香りと土の匂い、遠くの山々から聴こえるアブラゼミの合唱。瞼の裏側に思い浮かぶ、昔と変わらぬオリエンの風景を確かに感じられた。


「こんなもんだったな、ここの暑さは」


 額に冷や汗が滴った。ラムセスは右手で汗をぬぐうと、その手が小刻みに震えているのに気付いた。


「これから始まるんだな、アイツらの新しい物語が」


 右手をグッと力強く握り締め、そう、心の中で自分に言い聞かせたラムセスはただ無言でオリエンを目指し馬を駆った。


「こんな暑い中、よく御越しくださいました、ラムセス将軍」 

「まったくだ、いきなり呼びつけやがってこの野郎」


 旧トライゾン屋敷の門前にて、汗だくのラムセス将軍一同を俺達は出迎えた。

俺達といっても、出迎えたのは俺とウィスタリアの二人だけだけど。


「遠路遥々、ご苦労様です、ラムセス将軍」

「ウィスタリアが俺を出迎えるなんてな、そんな堅苦しくならずに『父』と呼んでも良いんだぞ?」

「では、先に部屋に戻りますね、『将軍』」

「せめてラムセスは残せ……」


 ウィスタリアは軽く挨拶を済ませると、ショボくれるラムセス将軍を尻目にリリーエの部屋に戻っていった。


「将軍も中にどうぞ、リリーエが待ってるから」

「そうさせてもらう、カイドウは来るか?」

「私は久々にオリエンの街を見て歩きたいですぞ!」

「そうかい。んじゃ、街を出歩くことを許可するって兵士達に伝えてくれ」


「畏まりました!」とカイドウが頷くと、途端にラムセス軍の兵士達から歓喜の声が上がった。

 娯楽の少ないラャヌーラ国境で戦い続けた兵士達にとって、ここは娯楽の宝庫である。登ってきた坂道を我先にと駆け降り、兵士達は酒場の多い歓楽街に消えていった。


「あーそれと、奴等が悪さしないように見張っておいてくれ、暴れるなら容赦するな」

「御意!」


 ラムセスの命を受けたカイドウは、彼らのあとを追って坂道を下っていった。


「それじゃあラムセス将軍、リリーエのいる部屋まで案内するよ」

「あぁ、俺を呼びつけやがった小娘の面を拝ませてくれ」


 俺はラムセス将軍を先導し、リリーエのいる部屋まで案内する。

 部屋に続く廊下でオリエン攻略時の状況と、今まで何をやっていたのかを簡潔に説明した。


「ほう、新しい法律を考えている最中だと?」

「あぁ、ある人物に依頼して色々考えて貰っている」

「ある人物?」

「リリーエの先生で現在はオリエン図書館の館長をしている人だよ。少なくとも、彼女はラムセス将軍の事を知ってたみたいだけど?」

「リリーエの先生で、図書館の館長をしている、彼女……だとっ!?」


 ラムセス将軍はその人物に心当たりがあったようで、血の気が引いて押し黙ってしまった。

 彼女を知ってる人はみんなそういう反応するんだな、やっぱり。

 そんなこんなで部屋の前に着き扉を開くと、椅子に座って腕を組むリリーエ、その背後に立つウィスタリア。そして、本を片手に子猫を撫でるフローラさんの姿があった。


「や~や~ユウジ君! 久しぶりじゃないか~、元気にしてたかな~?」

「やっぱりお前か、アグネス……っ!?」


 フローラさんを見た途端、将軍が頭を抱え膝から崩れ落ちた。


「その呼び方はやめたまえユウジ君、私にはフローラという名前があるのだから」

「なら俺をラムセスと呼べよアグネスっ!!」

「ほむ、君は昔と変わらないねぇ、特にその怒りっぽいところが、ね」


 ラムセス将軍の態度に肩を竦めるフローラさん。

 彼女がここに居るのは新しい国の法律を考えて欲しいと彼女に依頼したところ、二つ返事で了承してくれたからだ。本人曰く「丁度良い暇潰しになるかな」だそうだ。


「君も老けたなぁ~、昔の面影があんまり残ってないね~?」

「その台詞、そっくりそのままお前に返すぜアグネスさんよ」

「ほむ、外見はともかく中身は相変わらず子供のようだ」

「なんだとっ!? ついこの前までガキだったくせによっ!!」


 昔からの知り合いなのだろうか、俺達そっちのけで言い争うフローラさんとラムセス将軍。フローラさんから知り合いだとは聞いていたが、思った以上に慣れ親しんだ仲のようだ。


「えーと、ラムセスはフローラ先生とは友達かなにかなのかしら?」


 リリーエが二人の関係について訊ねると、フローラさんは己の身体をいやらしくくねらせ、頬を赤く染めた。


「友達どころじゃ無いよリリーエ君、同じ屋根の下で暮らし同じベットの上で寝たこともある仲なのだから……」

「えっ!? ラムセスに限ってそんな……意外だわ」

「んなわけあるかっ! ただの腐れ縁だ! だいたい俺の娘の前でそんな事を言うんじゃねぇ!!!」


 すごい、こんなにペースを乱された将軍は初めて見たぞ! 流石フローラさんだ!


「娘……やはり、リリーエ君の後ろの子がウィスタリア君かな?」


 フローラさんが本をテーブルに置いてウィスタリアの方を向く。ウィスタリアは眼を伏せたまま深く頭を落とした。


「申し遅れました、ラムセス将軍の娘、ウィスタリアと申します」

「大きくなったねぇ~、十年程前に私と会ったことがあるのだけど、覚えているかな?」

「……いえ、残念ながら」

「そうか、それも仕方ない話か……」


 片眼鏡をハンカチで拭き、改めてウィスタリアの顔を覗くフローラさん。一通り見終わるとラムセス将軍に視線を移した。


「やはり、君達の子だよ、ラムセス君」

「ふん、俺にはちっとも似て無いがな」

「そうかな? ……いや、君の言う通り、そうかもしれない」

「この話は終わりにするぞフローラ、お前の話は長いからな。さっさと本題に入らねーと日が暮れる」


「それもそうだ」とフローラさんが頷く。

 ゴホンと咳払いしたリリーエが、ラムセスをオリエンに呼んだ理由を告げた。


「みんなも知っての通り、明後日は旧ランヴェルスの建国記念日、この日を境に、私達はオリエンを中心としてドミナシオンに奪われたランヴェルス領奪還を世界に宣言するわ」


 机に膝を置き、両手を組んだリリーエが不敵に笑った。


「建国記念日か、国を立ち上げるのにはうってつけの日だな、お前の考えか?」


 無精髭をなぞりラムセス将軍が俺の方を見る。


「厳密に言うと違う。法律が出来上がったら公表する予定だったけど「やるなら建国記念日にやるべきだ」とフローラさんが意見してくれたんだ」


「その方がドラマチックだと思ったのからね、滅んだ国の建国記念日に国の再興を宣言する、う~ん! なかなかのアイディアじゃないかな?」

「ドラマチックねぇ。どうでも良いが、それなら俺を呼ぶ意味はなんだ? そんな宣言するだけなら俺を前線から呼ぶ理由は無いだろ」


 将軍の言葉通り、建国だけが目的なら俺達だけで勝手に国を立ち上げているだろう。それでも彼を呼んだのにはそれ相応の理由がある。


「将軍には国の象徴になって貰いたいんだ」

「国の象徴?」

「そう、ラムセス将軍の名声と実力はリリーエの国に必要不可欠だから」


 つまりは、建国にあたっての後ろ楯だ。

 十二神将と讃えられるラムセス将軍の武威(ぶい)は天下に知れ渡っているし、新国家成立時に国を代表する名将の存在は他国からの脅威と抑止力になりうるだろう。将軍がリリーエに忠誠を誓うと公言してくれれば周辺諸国は安易に手を出せなくなる。

 頭をボリボリと掻きながら呆れるラムセス将軍は「そんな事だろうと思った」と気だるそうに呟いた。


「まったく、手の込んだ事を考えやがる」

「人心掌握は政治の基本だからな、使えるものは使わないと」

「本人の前でぬけぬけと……良いだろう、お前らのマスコットになってやるよ」


 どことなく照れ臭そうに将軍が頷き、リリーエが「よし」と手を叩く。


「なら明後日にオリエンの住民や商人達に集まるよう伝えないと、会場は何処が良いかしら?」

「それなら図書館前の公園が最適だろうな、あそこならそこそこの人数が入れそうだし」

「そこそこどころか、街の住人全員が入れるように作られた公園だからね~。まぁ、身動き取れない程に詰める必要があるけれど~」


 フローラさんが子猫を撫でつつ「好きに使ってくれても構わないよ」と公園の貸し出しを許可してくれた。その上、舞台も住民を集めるお膳立てもフローラさんがやってくれるそうだ。

 法律の件といい今回の件といい、本当に頼もしい人が仲間になってくれた。性格に難はあるけど。


「それでは二日後、図書館前の公園で式を開くわ。会場の準備はフローラさんだけじゃ大変だから、ウィスタリアも手伝ってあげてね」

「心得ました、姫様」

「よろしく頼むよウィスタリア君、私は非力だから力仕事は任せるよ~」

「こちらこそ、姫様の晴れ舞台、完璧に仕上げてみせます」

「そんなに堅くなられるとやりにくいなぁ~、この辺は誰に似たんだろうねぇ~?」

「知るか、俺を見るんじゃねぇ」


 キラリと目を輝かせるウィスタリア、リリーエの為とあって気合いは十分のようだ。 


「主だった話は以上、皆からは何かあるかしら?」


 リリーエが他に報告は無いか尋ねるが、全員が「特に無し」と声を揃えたので御開きとなった。


「さーて、久々に会ったんだし飲みに行かないかい? ユ・ウ・ジ君??」

「断る、お前は酒を飲むと本当にウザいからな」

「そんな連れないことを言うなって、君も酒が入ると手が負えなくなるくせに~?」

「俺に寄り掛かるな! 歩きづらいっ!!」

「まぁまぁ~、そう言わずにさぁ~……」


 ラムセス将軍とフローラさんが騒々しく部屋をあとにする。何だかんだ二人は仲が良さそうで、類は友を呼ぶというが、どこか似た者同士な気がするな。


「ただいま戻りました、軍師どの」


 ちょうど、ラムセス将軍達と入れ替わりでヨイチが帰還した。彼女の右手には膨らんだ皮袋が握られている。


「おかえりヨイチ、どこ行ってたの??」

「軍師どのに言われて、武器屋で作ってもらっていた物を取りに行ってたのです。それよりも部屋の前で見知らぬ女性が将軍様に絡んでいたのですが、あれはなんですか?」

「あー気にしなくて大丈夫、お使いありがとうな、ヨイチ」

「はうぅ、これくらいお安いご用なので」


 俺はヨイチの頭をひとしきり撫でて、買ってきてもらった皮袋の中身をテーブルに広げた。


「これは、一体……?」

「前に、ヨイチの弓の手入れをしに武器屋に行ったんだが、その時にこれを作るように依頼してたんだよ」

「ふーん、こんな小さな物をわざわざね」


 リリーエとウィスタリアが興味深くそれを眺める。

 人差し指位の(やじり)で、先が異様に尖っている釘のような形状だ。西洋の長槍(パイク)の穂先と似ている。


「こんなのを武器屋で作らせて、軍師は何をする気なの?」

「うーん、そうだな。今はまだ詳しく教えられないが『戦争を変えようとしている』とでも言っておこうかな」

「戦争が変わる? こんな小さなもので?」

「あぁ、そうだよ」


 俺は鏃を摘まんで片目で覗いた。この鏃が戦争を変えるだなんて、恐らく誰も想像付かないだろう。しかし、俺の予想が正しかったと証明されるのは少し後になってのことだった。



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