『帰り道』と『武器屋』
煉瓦造りの民家から光が漏れ始め、どこからかスパイスの効いた芳醇な香りが漂っている帰り道。俺は溜まった疲れを口から吐き出した。
「大変な目に遭ったな……」
「フローラ先生、あの説明地獄は健在だったわね……」
「リリーエはフローラさんの教え子だっけ? よくあの人の授業を受けて精神が壊れなかったな」
「なんだかんだで授業はちゃんとしていたし、なにより解りやすかったから」
言われてみれば、本の説明も一冊一冊が簡潔に纏められてた気がする、量が多すぎて殆ど覚えてないけど。
「ただ、よく会話が脱線するし無茶言うし茶化してくるしふざけてくるし無茶を言うし、フローラ先生の生徒達はみんな『魔女先生』なんて愛称で呼んでいたわ」
魔女先生って彼女にピッタリな愛称だな。まるで彼女の為にあるような言葉だ。
「……あれ? フローラさんはリリーエ専属の先生じゃなかったのか??」
「基本的にはね、けど、私の授業が終われば他の生徒さんを教えてたみたい」
詳しく聞くと、フローラさんは王の娘であるリリーエの教師を任されるだけあって知識と器量は確かなものだったらしい。
かつては世界中を旅して見聞を広め、その国の文化や制度、法律なんかを勉強していたそうだ。
彼女の授業は生徒(特に男子生徒)に人気だったらしく、リリーエが教室から出ると教室前はそれら先生に教わりたい生徒達で埋め尽くされているのが普通だったとか。
「他の先生がどうなのかは知らないけど、フローラ先生は教師としては一流なのよ、教師としては、ね」
たしかに、それ以外を見習ったら危険なのは確実だろうな。
「ところで話は変わるけど、そろそろ少しで良いから本を持ってくれないかな? 腕が疲れてきたんだが」
「それにしても、こんなに遅くなるなんて思わなかったからお腹が減ったわね~」
畜生、露骨に無視しやがった。
「屋敷には食料が大量にあったし、腕がなるわね!」
「あぁ、ウィスタリアとヨイチに美味しい料理を作って貰わないとな」
「ねぇ軍師、隣に私がいるのだけど?」
「うん? 料理が作れる人は見当たらないが?」
「さっきの仕返しって訳ね、流石我が軍師だわ……」
俺の一言に相当傷ついた様子のリリーエ、本を持ってくれないお返しだ。
「あ、軍師どの」
「あれ、ヨイチ?」
談笑を続けつつ道なりに進んでいると、十字路を曲がって現れたのは身の丈に合わない大きな弓を抱えたヨイチだった。なにやら口をプクーと膨らませて悔しそうな面持ちだ。
「こんな遅くまでどうしたんだ? 武器屋に行くだけじゃなかったのか?」
「それとなんか機嫌が悪そうだけど、何かあったの?」
「実は、この弓を手入れしてもらおうと武器屋を巡っていたのですが、わたしが子供だからと何処も相手にしてくれませんでした」
「納得できません」と不満を吐露するヨイチ、まぁ確かに武器屋は幼女が行く場所ではないからな。
そんなヨイチの頭をリリーエが優しく撫でた。
「うんうん、ヨイチを悲しめる奴なんて許せないわ! この街は私達の国なんだし、王様権限でその武器屋を根絶やしにしましょう!!」
「ね、根絶やしですか……っ!?」
「権力を悪用しようとするな」
「痛っ! ちょっと! 蹴るのはやめてっ!!」
悪政発言をしたリリーエにすかさず蹴りを入れる。
主君に諫言するのは臣下の務めだし、両手が本で塞がっているんだから蹴るのは仕方ないよね。
「明日辺りにでも時間が空いたら俺も一緒に武器屋に行く、それなら無下には扱われないだろ」
「分かりました、その時はよろしくお願いします」
ヨイチが両掌を前にペコリと頭を下げる。
「ところで軍師どの、そんなに本を持って何をするのですか?」
「あ、それは私も気になるな、ランヴェルスの歴史とか文化とか民族とか、滅茶苦茶難しそうな事ばっかり書かれてたけど」
そうだな、もうじきリリーエがこの街の、この国の君主となるんだし話をしておこう。
それと、ついでにリリーエの君主観を試してみよう。
「その前に一つだけ。リリーエにとって、国に必要な物ものはなんだと思う?」
「国民よ」
唐突な俺の問いに、リリーエは清々しいほど迷いなく即答してくれた。上から目線だけど、リリーエなら名君となれるだろう。俺が仕える君主がリリーエで良かったと改めて思う。
「その通り、だけどもう一つ必要なものがある」
「もう一つ必要なもの?」
「なんなのですか、それは?」
疑問符が浮かび上がる二人に、含み笑ってそれを答えた。
「国に必要なもの、それはちゃんとした『法律』だ」
「「法律?」」
「そう、ちゃんとした法律は国家に不可欠。国民に判りやすく簡素で潔白な法律が必要になるんだよ」
「法律ねぇ……考える気も起きない事案ね」
「ホウリツ……ほうりつ??」
ヨイチはなんのことかさっぱりな顔してるな、この歳まで村で小間使いしてたら無理もないか。
「法律ってのは国の決まり事だ、人から物を盗んじゃダメとか、殺しちゃダメとか」
「なるほど、それは大切ですね」
法律について何となく理解できたのか、ヨイチは腕を組んで頷いた。
「そんな難しい問題を考えていたなんて、毎度軍師には頭が下がるわ」
「いや、俺が考えるのは大まかな枠組みだけ、俺の専門分野は参謀やら司令官に近いから、政治に詳しい人間が中身を考えるべきだと思ってる」
「なら、今の私達には無理な話ね、軍師が考えられないなら中身なんて作れっこないから」
「それならもう大丈夫、さっきまで俺一人で中身も考えようかなって思ってたけど、リリーエの話を聞いてそれを考えてくれそうな人物を見つけられたから」
恐らく、リリーエの脳内にも俺と同じ人物が浮かんだのだろう「それって」と眼を見張った。
「あぁ、法律の中身についてはフローラさんに考えて貰うことにするよ」
夏も中盤に差し掛かった半夏生の夕暮れ。俺達の目指す場所はまだまだ遠くにありそうだ。
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「ここが昨日言ってた武器屋か?」
「そうです、わたしが子どもだからと相手にしてくれなかった、例の武器屋です」
今日も今日とて、相も変わらず太陽が大量の紫外線を送る中、俺とヨイチは街の武器屋の前にいた。平らな胸に八人張りの弓を抱き締めて「ふんっ」と鼻息を鳴らすヨイチさん。昨日門前払いされたとあってか怒り心頭なご様子だ。
「今日こそは弓の手入れをしてもらうのです。軍師どのがいるので!」
「確かに武器屋の人の言うことも分かるけどな、子供が寄る場所では無いし」
「むー、軍師どのまでそんなことを言うのですか?」
「すまんすまん、さっさと中に入ろう、外は暑いからな」
むっとしたヨイチを軽く撫で、俺達は武器屋に入った。
扉の鈴が客の来店を知らせ、奥から「らっしゃい」と野太い親父の声が店内に響いた。
「うわ、蒸し暑っ……!」
店内に入って、俺はあまりの暑さに顔を歪めた。
それもそのはず、この世界に冷房とかあるわけ無いし、室内も武器やら防具やらがぎっしり詰まってて窓なんて見当たらない。唯一の光源である蝋燭がゆらぎ、薄暗い室内に古めかしいヒノキの香りと鉄の匂いがまさに武器屋って感じだ。
「さっさと用事を済ませてここを出よう、熱中症になりそうだから」
「ね、ねっちゅうしょう?」
「暑くて倒れそうって意味だ」
「そうですね、こんな場所からは早くおさらばしたいのです」
俺とヨイチは親父の声がした店の奥に向かうと、カウンターに座った片目の親父が剣の手入れをしている最中であった。
「なんだ昨日の嬢ちゃんか、また来たのかい?」
「はい、どうしても、この弓の手入れをしてもらいたいので」
「それで、あんさんがこの子の付き添いかい? 暑い中ご苦労様だな」
「この子がどうしてもって言うからな、一つ弓を見てくれないか?」
「昨日おじさんが言いました「大人が一緒じゃないとダメだ」って、だからその大人を連れてきたのです」
勝ち誇ったように弓を出したヨイチに、親父は頭を掻きつつ頷いた。
「まぁ、大人が一緒なら断る理由も無いな、その弓を見せてくれ」
気だるそうにヨイチから弓を受け取ると、親父の顔色が変わり、驚いた表情でヨイチと弓を交互に見つめた。
「目立って悪い箇所は無いが……こんな弓誰が使うんだ?」
「わたしの弓です、他に扱える人はいないので」
「ハッハー! 冗談が上手いな嬢ちゃん!」
「冗談では無いのです! 正真正銘私の弓なのです!」
「そうかそうか! 嬢ちゃんには恐れ入ったぞ!!」
ヨイチの発言を冗談と受け取ったようで、親父はチラリと俺に笑みかけてきた。
気持ちはスゲーわかるぞ親父、俺も最初はいたいけな幼女がこんな規格外な弓を扱えるなんて思えなかったからな。と、そんなこんなで親父が擦りきれた弓柄の皮を取り替え、ヨイチに渡した。
「ほらよ嬢ちゃん、猪の皮から鹿皮に変えておいたから少しは握りやすくなったんじゃないか?」
「はい、とても手に馴染みます」
ヨイチが感触を確かめるように新しくなった持ち手を擦った。
「え? まさか、手入れってそれだけで良いのか?」
「はい、元々この持ち手を変えてもらう為に来たんです、擦りきれてるので」
「弓はそんなに手間の掛かる手入れは必要ないからな、それと、その弓は張りが強すぎて簡単には戻せないし、下手に弄れないんだ」
あぁ、今ならヨイチが怒る気持ちもわかる。
こんなすぐに終わるんなら大人とか関係なしに手入れしてくれても良いじゃないか? これだけの為に真夏日にここまで来る羽目になるなんて、解せぬ……。
「んじゃ、皮の切れ端を張り直しただけだし、お代は要らないから早く帰んな。次は嬢ちゃん一人で来ても手入れしてやるよ」
「ありがとうございます。では、用もすんだので帰りましょう、暑いのは嫌いです」
「そうだな……」
もう少し時間の掛かるものだと思ってたのに、とんだ肩透かしを食らったものだ。
けど、この暑苦しい場所から早く出られるんだから良かった、それに、新しくなった持ち手に頬擦りするヨイチも幸せそうだしな。
「さて、早く屋敷に帰って冷たいものでも……ん?」
ふと、店の棚に置いてあった武器の備品が視界に入る。
同じ箱に形状も素材もバラバラに入れられた金属片。何気なく手に取ったそれに、俺は心のどこかで妙な引っ掛かりを感じた。
「どうしましたか? 軍師どの??」
「いや、悪いけど先に帰ってくれ、用を思い出したから」
「そうですか、判りました、先に戻ります」
「あぁ、ありがとう」
ヨイチが店から出た後、俺はその金属片を手に親父の所に向かった。
「なんだ、まだ何か用かい?」
「なぁ親父、この変な形のコレはなんだ??」
「ん? あぁ、それはとある狩人が注文した鏃の試作品だ。どうも熊とか虎を仕留める用の貫通力のある鏃が欲しいらしくてな、色々作ってみたんだが良い感じのが出来なくてね。物好きが買ってくからそこに置いてあるんだ」
「へぇ~、この店はそんなことまでやってるのか?」
「店の裏が鍛冶屋だからな、客の要望に合わせて色々作ってるよ。剣とか鍋とか、色々な」
親父の話を聞いてある事を思い付く。前にヨイチに見せてもらった鏃は先が膨らんだ菱型をしており、矢を引き抜く際に傷口を悪化させる為に鏃が体内に残るように出来ていた。
考えてみれば、この世界にはまだ中世の騎士が主力だってウィスタリアが言ってたし、なら、まだあの鏃は開発されて無いんじゃないだろうか? ふむ、試してみる価値はありそうだ。
「なぁ親父、俺が今から言う鏃とか作れるか?」
「なんだ、やっぱりあの弓はあんさんが使うのか、あんなおぞましい弓を使うくらいだから、鏃にもこだわりがあるのかね?」
「そうじゃ無いんだけど、鋼鉄で出来た鏃が大量に欲しいんだよ。縦長で先端が尖ってる、錐みたいな鏃が」
「鋼鉄で錐みたいな鏃を大量にか、それは手間がかかりそうだな、高くつくぞ?」
「金ならある、ほら」
俺は腰袋にありったけ積み込まれた金貨をカウンターに置く、親父は中身を見て「ほう……」と涎を垂らして唸った。
「交渉成立だ、この金の分だけ作ってやるから一週間ほど待ってくれ」
「了解した、一週間後に取りに来る」
「ちなみに、そんな物騒な鏃を何に使うんだ?」
「大物を仕留める為、弓の存在意義を高める為に絶対に必要なんだよ」
「……どういう意味だ?」
意味がわからず首を傾げる親父に対し、俺は意味深な笑みを浮かべた。




