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『出会い』と『始まり』


 パチパチと、炎が小枝を燃やす音で俺は意識を取り戻した。

 どれくらい経ったのか分からないが、まだ夜明けには少し早いくらいだと思う。


「あ、起きた」

「起きましたね」


 さっきの美少女ともう一人、黒く濡れたような髪に藤色の西洋式甲冑を身に纏った、見るからに生真面目そうなくっ殺……もとい女騎士さんが俺の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫? 木に頭ぶつけて気絶してたみたいだけど」

「こ、ここは……狼は?」

「ここは私達の夜営地です、先程の狼は退治しましたし、焚き火を絶やさなければ近寄って来ないでしょう」


 女騎士さんが焚き火に小枝をくべる。どうやら、俺はこの二人によってここに運び込まれたみたいだ。


「あなたを襲っていた狼は私が退治してやったわ、一匹だけだけど」


 えっへん! と得意気にしている金髪の少女に女騎士さんが溜め息をつく。


「姫様、いくら人助けと言っても獣と戦うの危険です、不用意に森へ入るのは控えてください」

「良いじゃない、私は怪我もないし、残りの狼はウィスタリアが倒してくれたし、万事解決じゃない?」

「そういう問題ではありません! いきなり姫様が森の中に入ってしまわれてどれほど心配したことか!」

「あははは、叫び声が聞こえたもんだからついね、ゴメン、ゴメン」


 と、姫様と呼ばれる少女がニッコリとお日様みたいに笑って謝った。こんな美少女に屈託のない笑顔で謝られれば誰でも許してしまうだろう。もちろん、この女騎士さんも例外ではない。


「こ、今回だけですからね、まったく……」

「ふふっ、可愛いなぁウィスタリア」

「か、からかわないでください! 姫様っ!」


 女騎士さんは顔を少し紅く染め、ぷくっと頬を膨らませた。


「さーて、それよりも、あなた」


 すると、姫様が何か腑に落ちなそうな顔で未だに状況を呑み込めないでいる俺に話し掛けてきた。


「なんでこの森を一人でうろついてたの? しかもそんな格好で」


 彼女の疑問は至極真っ当だ。人を襲う獣がいる深夜の森に武器も持たずに入るなんて明らかに自殺行為だからだ。だが、その問いはそのまま俺の疑問でもある。


「何て言えば良いかな、気が付いたら森の中で倒れてた、ほんの少し前まで自分の家にいたのに」

「それは、どういうこと?」

「俺も分からない、信じられない話だけど、一瞬で森に移動したって感じだよ。そして、狼に襲われた」

「一瞬で移動したって──まさか」


 俺の『信じられないような話』に何か心当たりがあるのか、二人は互いの顔を見合わせる。


「ウィスタリア、もしかしてこの人?」

「はい、恐らく転移者(イティネラー)かと」


 聞いたことのない単語に俺は疑問符を浮かべる。


「い、いてぃねらあ? なんだよそれ」

「えーとね、転移者は『進んだ文明から来た者』って意味よ。それこそ、なんの前触れもなくこの世界に転移して来た人を私達はそう呼ぶの」

「進んだ文明から来たって、何を言ってるんだ?」

「だから、たぶん貴方はこことは違う世界から来た人なのよ。いや、違う世界から飛ばされたと言った方が正しいのかしら」


 俺の身に起きたあり得ない出来事を抑揚もなく、彼女達が語り始めた。


 二人によると、この世界は俺の知る世界ではない、いわゆる異世界だそうで、転移者とはこの異世界に飛ばされてきた人達を指すらしい。

 なるほど、何を言ってるんだ彼女達は?


「違う世界から飛ばされた? そんなことがあるわけ……」

「信じられないのも無理はありません、ですが、貴方の身に起きた事象を(かんが)みるに、それ以外に考えられません」

「そうそう、だからあなたは移転者なんじゃないかな?」


 まるで当然のことのように断言された。少なくとも、二人が俺に嘘を付いついるようには思えない。


「俺が転移者……? まさかそんな……」


 二人の話を聞き、俺は今までの常識が叩き壊されたような感覚に陥った。

 そんなお伽噺みたいな話、普通に考えてあるわけがない。

 だが、いまの俺はまさしく、彼女の言う『転移者』のそれだ。あまりにも非現実的で信じ難い話だ、けれど。


「あり得ない……って言いたいとこだけど、俺はその転移者なんだろうな、残念ながら……」


 俺はその非現実的で、お伽噺のような話をあっさりと信じることにした。


 こんな所にいきなり飛ばされた時点でお伽噺みたいなものだし、それを抜きに考えても二人が俺に嘘をつくメリットもない、ドッキリだとしても手が込みすぎている。

 それに二人の時代錯誤な服装と、何より先程俺を襲った野生の狼自体日本では絶滅していて存在しないはずだ。それが群れで生息しているならここが日本である可能性は極めて低い。

 以上の事から、俺は彼女達の言うことは本当なのだと判断した。


「ちなみに、転移者は元の世界に帰ることが出来るのか?」


 ここで重要なのは、俺が元の世界に戻れるかなのだが、帰ってくる回答なんて決まっている。


「それは、どうだろう……ウィスタリアは知ってる?」

「いえ、元の世界に帰ったという話は聞いた事無いですね」

「だよな……」


 転移者が元の世界に戻ってしまえば、彼がその後どうなったかなんて知る術はない、この世界でも『突然いなくなった』のだから。


「じゃあ、俺はこの世界で暮らすしかないってことか」

「そうなるわね、お気の毒だけど」

「まぁ、それなら仕方ないな、うん」


 帰る方法もあるかも知れないが、無闇に行動しても何も良いことはない。まずはこの世界を知るのが先決だろう。特に動揺も無いまま現状を受け入れた俺に、姫様が感心したように頷いた。


「へぇ~、あなた、状況の飲み込みも早いけど、気持ちの切り替えも速いのね」

「一応、向こうの世界で軍師を目指してたしな、刻々と変化する状況に対応するのは軍師の基本だから」


 いきなり異世界に投げ出されたら普通の人なら取り乱すだろう、現に大抵の転移者はそうらしい。俺もまだ頭の中は混乱していて何がなにやらだが、うだうだ悩んでたって仕方がないと思えたら案外簡単に割りきれた。


「ま、なんとかなるさ!」


 と、俺は姫に笑ってみせる。


「ぐ、ぐぐぐ…………」


 すると、姫様が肩をプルプルと震わせて、


「ぐ、軍師ですってぇぇぇえええーーー!?」


 突如、女性独特の黄色い声が森中に響き渡った。


「あなた! 今軍師を目指してるって言ったわよね!?」

「あ、あぁ、言ったけど……?」

「なら前にいた世界で軍師だったの!? 前線で兵士を動かしてみたり!? もしくは参謀!? 計略とか謀略とかそういう感じのアレ!!??」


(ち、違いっ!)


 吐息が俺の頬に当たるほどの距離で、姫様は続けざまに問いかけてきた。


「い、いや、目指してるだけだから実際に兵士を指揮をしたりしたことも、作戦を立案とかも無いし、実戦の経験も皆無だよ」

「でも、そういった事には詳しいんでしょ!?」

「ま、まぁ一応、『向こうの世界』での兵法書やその類いの書物は読み尽くした自負はあるけど……」

「ねぇ!? 聞いた!! この人兵法に詳しいって!! 私達の仲間にしようよ!!」


 まるで子犬のようにはしゃぐ姫様とは対照的に、女騎士さんは疑いの眼差しで俺を見詰める。


「聞いています。ですが、本当に詳しいのか分かりませんし、実戦経験の無い者を軍師にするのは危険かと」

「けど、私達の世界より進んだ文明の兵法よ!? きっと凄いに決まってるわ!!」

「例えそうでも、兵法を暗記しただけの軍略家がいざ戦が始まったら役立たずって事もあり得ます」

「でも! 知らないよりは知ってる方が良いじゃない!」

「兵法を知っているに越したことはありませんが安易に信用は出来ません、軍師として、実戦での十分な実績は必要不可欠です」


 何やら二人が俺を仲間にするかどうかで言い争いを始めた、二人の声が段々ヒートアップしていく。


「何よウィスタリア! 今はそんな贅沢をいってる暇は無いでしょ!?」

「贅沢などではありません! 実績の無い者に全てを委ねるのは危険だと言っているのです!!」


(な、なんで二人はこんなにも……?)


 二人が熱い口論を繰り広げる中、俺はふと、一つの疑問が頭を過った。


「あのさ、二人はなんでそんなに軍師を必要としてるんだ?」


 二人の会話を聞く限り腕の良い軍師を必要としているようだが、その手の者が必要な状況なんて余程の事態だろう。しかも、女の子二人が、だ。


「え、あぁ、そう言えば、自己紹介がまだだったわね」

「ひ、姫様? 相手が転移者とはいえ迂闊に名を名乗るのは控えたほうが……」

「私達の会話を聞いちゃってる時点でもう手遅れよ、今さら隠す必要は無いわ」

「し、しかし……」

「それに、ウィスタリアが私を「姫様、姫様」言ってるのも迂闊なんじゃないの?」

「う、うぅ……そうですね……姫様……」


 見事に論破されて顔を真っ赤にしながら俯く女騎士さん。そんな彼女をよそに『姫様』はその場で身なりを整え、コホンと咳払いした。


「私の名はリリーエ・リュミエール・エスプランド。リリーエって気軽に呼んでくれていいわ。で、この娘がウィスタリア、私の侍女をしています」 


 女騎士さんことウィスタリアが俺に無言で会釈する。

 そして、リリーエと名乗った姫様は先程と打って変わって、落ち着いた様子で自分の生い立ちを語り始めた。


「何を隠そう、私はこの土地を治めていたランヴェルス国の王の娘、正真正銘、本物のお姫様なのよ」


「どう? 驚いた?」と言わんばかりにしたり顔のリリーエに俺は怪訝な顔をする。


「王様の娘? そのお姫様がなんでこんな森の中で野宿してるんだ?」


 俺の問いに、彼女の顔から深い悲しみと憎悪が浮かぶ。


「今から三週間前に我が国と同盟関係だったドミナシオンって国が突然裏切り、ランヴェルスに侵略してきたの。そして、敵を迎え撃つべく出陣した父は戦場で討たれ、王都は陥落した」


 滲んだ涙を拭い、リリーエは続ける。


「ウィスタリアが助けてくれたお陰で運良く生き残これた私は、散り散りになった元ランヴェルスの兵士を集めて国を取り戻そうと画策している。現段階で私とウィスタリアの二人しかいないんだけどね」

「それで、祖国を取り返すため為に戦に強い軍師、ってか人材が必要なわけか」

「そういうことよ」


 リリーエの経緯を聞き、俺は小さくため息をついた。


「確かに軍師も必要だけど、まず国を取り返すには最低でも数千の兵士が必要になるが、その目処はあるのか?」

「数千とまでいかないけど、この山を越えた村で百人程の旧ランヴェルス兵が集まってるって聞いたの。そこで彼らと合流する為、この山を歩いていたら……」

「俺が狼に襲われていたと、なるほどね」


 俺と出会った経緯と彼女達の生い立ちは理解した。つまり、彼女の置かれている状況を整理すると。


 滅ぼされた亡国を甦らせる為に活動しており。

 現在は自分の侍女しか仲間はおらず。

 これから合流する味方の兵士は多くても五百未満。

 その殆どが敗残兵で恐らく兵糧も少ない。

 戦を指揮する指揮官も、支援してくれる人も、拠り所となる領地も、配下も、兵器も兵士もいない。

 対して、敵は一国を滅ぼせる軍事力がある、かなり絶望的な状況だ。


(もしリリーエ達が味方を集めて決起したとしても、ドミナシオンが戦車や航空機で攻めてきたら勝ち目なんて──いや、待てよ)


 その時、全身に稲妻が走った。

 先程、リリーエは『移転者はこの世界より進んだ文明から来た者』と言っていた。それに、彼女達の服装からすると、もしかしてこの世界は……!?


「なぁリリーエ! そのドミナシオン軍が持つ主な武器ってなんだ?」

「あ、貴方! 姫様をいきなり呼び捨てにするなんてっ!!」

「まあまあ、ウィスタリア、そんな怒んないで、敵の持つ武器とかウィスタリアなら詳しいわよね?」


 リリーエに促され、ウィスタリアは不機嫌そうに敵の兵装備と戦術を説明してくれた。


「……ドミナシオン軍の殆どが騎馬や弓を主体とした編成でしょう、騎馬が突撃して弓で止めを刺すのが、彼らの基本戦術ですから」

「ドミナシオンに戦車はいるのか? てか、戦車はどんな形だ!?」

「戦車ですか? どんな形と言われても、荷台の上に兵士が乗り、二頭、多くて四頭の馬がその荷台を引っ張るあれの事ですか??」


(──やっぱりそうだ!) 


 胸の鼓動激しく高鳴り、脈が速くなるのを感じる。この世界では鉄の戦車や航空機どころか、下手すれば鉄砲すらない。

 騎馬が大地を揺らし。

 矢弾が空を覆い。

 数多の兵士が肉弾戦を繰り広げ。

 将が作戦を練り。

 策略、計略で敵を撃ち破る。

 子供の頃からずっと夢見て、憧れた、中世の戦争が存在する世界に俺はいるのだ。


「うおおおおぉぉぉぉぉおおおおおっっっーーー!!!!」


 二人の眼も気にせず、俺は大声で叫んだ。

 子供の頃から憧れていた夢が、諦めかけていた夢が、この世界で叶うかも知れないと思うと叫ばずにはいられなかった。


 そしてなにより、運良く俺の夢を叶えてくれる主がすぐ目の前にいる。


「リリーエっ!!!」

「な、何かしら?」


 ぜぇ、ぜぇ、と、大声で息を切らしながら、俺は軽く引き気味のリリーエにとびっきりの笑顔を送った。


「まだ名乗ってなかったな、俺の名は櫻井(さくらい) 晴人(はると)! 安心しろ、俺の策で必ずお前の国を取り戻してやる! 絶対だ!! 約束する!!!」 


 恐れや不安なんて一切無い、今まで溜め込んだ知識を、俺はこの世界で爆発させてやる。


「だから、俺を……」 


 全身で空気を吸い込み、吸い込んだ息を全て声に変えて、リリーエに向けて解き放った。



「お前の軍師にしてくれっっっ!!!!」



 周囲に木霊する大音声にリリーエは戸惑いながらも、嬉しそうに頷いた。


「う、うん! これからよろしくね! ハルトさ──いや『軍師』!!」

「あぁ、任せろ!!」


 俺とリリーエは固い握手を交わす。

 既に夜明けの時刻。地平線の先から太陽が登り、大地を照らしだした。それはまるで、この世界で新たな門出を迎える俺を祝福するかのように優しく、とても暖かい光だった。


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