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『潜入』と『攻略』



 そして五日後。


 オリエンの住人達は街の大通りを粛々と行進する数百人の兵士達と、思わぬ人物の登場に騒然となっていた。行列の中央、鉄格子で覆われた護送車の中、両手に枷を填められた少女に皆釘付けとなっている。


「あれは、リリーエ様ではないか!?」

「あぁ、なんとお痛わしいお姿に……」

「リリーエ様を捕らえたのはラムセス将軍らしいぞ」

「はぁ、ついにランヴェルスもおしまいなのか……」


 ある者は衝撃で口が塞がらず、また、彼女に同情し涙を流している者もいる。

 リリーエがオリエンに到着してから、トライゾンの屋敷に向かう道程にはおびただしい数の街の住人が彼女を一目見ようと集まっていた。


「──屈辱だわ、こんな恥辱的な姿を民衆に晒されるなんて……軍師の変態っ!」

「変態とか言うな! これも作戦のうちだから! 檻を叩くんじゃない!!」

「そんなに大きな声で私と話してたらみんなに怪しまれるわよ?」

「こんな状況でも俺をからかう余裕があるなんて、相変わらずだよなリリーエ」


 俺はリリーエの乗る護送車を運転する御者に成り済まし、背中越しでリリーエと会話している。

 馬を御するのはだいぶ手慣れてきたもので、この日の為にラシュムールとオリエン間を馬車で行ったり来たりした甲斐があった。


「馬の扱いも慣れてきたみたいね、最初なんて手綱を持った瞬間に馬を爆走させてたのに」

「『士別れて三日ならば、即ち更に刮目して相待つべし』いつまでも呉下(ごか)阿蒙(あもう)では無いってことだ」

「何を言ってるか全然わからないけど、とにかく成長したって事ね」

「それより、そろそろ会話はやめようか、本当に怪しまれるから」

「分かってるわ。しかし、檻の中は予想以上に退屈ね」


 こちらの事情を知らない者達にはリリーエが悲劇のお姫様のように映るだろうが、当の本人はそんな視線など気にも留めず、昔住んでいたらしいオリエンの街を懐かしがりながら、檻の中で伸び伸びと過ごしていてた。


「まったく、少しは緊張感を出してくれよな」

「何か言ったかしら? 軍師??」

「いや、なんでもないよ、リリーエ姫」


 俺達二人の会話はここで途切れ、護送車はトライゾンの屋敷に通じる穏やかな坂道を登り始めた。



────────────────────────



 屋敷に到着した俺達は、トライゾンのいる大広間に通された。

 陽光が射し込む大広間には俺とリリーエ、トライゾンの他に槍を持った衛兵が数人、トライゾンを守るように立っている。


「ご苦労であったな、ラムセス将軍の遣いの少年よ」


 トライゾンが上席に座り、羽扇で汗まみれの顔に風を送る。赤絨毯の上で平伏する俺を挨拶程度に労ったトライゾンは鎖に繋がれたリリーエを見つめ、下品に笑んだ。


「姫様を捕らえるのには苦労したてあろう? 私の部下達ですら返り討ちにあったのだから」

「私に掛かれば、捕らえることなんて造作もないことです」

「なんと、お主が捕まえたのか?」

「その通りでございます」

「そうかそうか!」


 トライゾンが「でかした! でかした!」と大袈裟に手を叩いて俺を褒め称える。


「ならば少年よ、姫様を捕らえた貴殿に褒美を与えねばな」

「勿体なき御言葉です」

「うむうむ、その前に、リリーエ姫よ」


 椅子をギシギシ鳴らして立ち上がったトライゾンは、あのキツイ体臭を撒き散らしながらリリーエの側に寄った。


「立派に成長なされたな、前に会ったときは幼子であったのにこんなにも美しく育つとは……貴女が部屋に入ったとき、若き頃の王妃様を思い出しましたぞ」


 俺は密かにリリーエを覗き見る。

 黄色い絹のような髪に隠れ、彼女の表情はわからない。

 トライゾンもリリーエの様子が気になったのだろう、無言で俯く彼女に顔を近づけた。


「貴女がどんな顔立ちになられたか、近くで拝見しとうございます。どうか顔を上げてくだされ」


 トライゾンが顎に手を伸ばすと、リリーエは首を振って拒絶した。


「嫌よ、貴方の姿なんて視界に入れたくもないから」

「そう硬いことを言わずに……」

「何より、貴方の身体がとても匂うから、近寄らないでくれる?」


 バチンッ!


 突然、顔を紅潮させたトライゾンがリリーエの頬をひっぱたいたのだ。


「自分の立場をわきまえてくだされ! リリーエ姫っ!」


 鼻息荒くトライゾンは吐き捨てると、繰り返し何度もリリーエの頬を叩き続ける。


(──っ!)


 無抵抗の女性を容赦なく叩く行為に対する嫌悪感と主をなぶられる怒りが込み上げ、俺は思わずトライゾンに飛びかかりそうになった。が、リリーエの視線で我を取り戻す。


「これくらい何てことないわ」と言いたげに、リリーエは優しく諭すような瞳を俺に向けていたからだ。

 ここで俺が暴れてもトライゾンの衛兵に取り押さえられるだけ、今まで重ねてきた策が無駄になるかもしれない。


 俺は歯をくいしばり、握った拳をグッと抑え平伏を続けた。


「昔からじゃじゃ馬でしたが、それは今でも変わっていないようですな」


 大人しくなったリリーエに満足したのか、トライゾンは嘲笑して再び上席に座る。


「さて、少年よ」

「……はい、なんで御座いましょうか」

「先ほど褒美を取らすと言ったが、なんでも好きな物を望むがよい」

「なんでも好きな物、で、御座いますか?」

「そうそう、金か、それとも土地か、はたまた地位か。なんでも好きな物を用意するぞ」

「そうですか……では」


 俺は窓ガラス越しにオリエンの街に眼をやる。

 街全体を一望できるよう配置された窓から、オリエンの城壁を注視した。


「あれは……」


 城壁の上からうっすらと、一筋の白煙が昇っている。

 俺はその白煙が何者の手で付けられ、どうして付けたのか、その意味を知っている。

 それを瞼に捉えた時、俺は表情を綻ばせた。


「では、トライゾン様に御願いしたいことがあります」

「うむ、なんでも申せ」


 俺は両手を大きく開き、満面の笑みを浮かべた。


「──この街を、大都市・オリエンが欲しい」


「ひょえ!?」と奇声と共に、トライゾンが椅子から滑り落ちた、俺の要求が予想外だったのだろう、目に見えて動揺している。


「な、ななな、何を言っておるか! 冗談にも程があるぞ!」

「俺は本気ですよトライゾンさん、この街を是非とも俺達に譲って欲しいんだ」

「そ、その口の聞き方はなんだ! それに『俺達』とは……!?」

「そうだった。もう捕まってる必要は無いぞ、リリーエ」

「あら? そうなの?」


 リリーエは縛られた鎖を解き、立ち上がって両手を伸ばす。彼女の言動にトライゾンは文字通り腰をぬし、衛兵が俺達に槍を向けた。


「うーん、やっぱり縛られるのは嫌なものね。というか、私が捕まってるフリをする必要はあったの?」

「トライゾンを油断させる為と、やっぱり城を取り返す瞬間を一緒に味わいたいじゃん?」

「ふーん、油断させるにしても、もっと他に方法はあったと思うけど……まぁ良いわ」

「あ、な、ななな……!」


 状況を飲み込めないでいるトライゾンが上手く言葉を紡げないでいると、廊下で大人数が駆け回る足音が聞こえ、突如、部屋の扉が開かれた。


「お待たせいたしました姫様、オリエンの北と東の城壁の守備兵は全て降伏しましたよ」

「南と西も同じくわたし達に降りました、ウィスタリアさんが説得してくれたので」

「ご苦労様、ウィスタリア、ヨイチ」


 リリーエがグッと二人に親指を立てる。


 それと同時にウィスタリアとヨイチの背後から数十人の兵士達が大広間の中に押し入り、トライゾン達を囲むように槍を構えた。

「こ、この兵士達は一体!?」

「見ればわかるでしょ? 私の兵士達よ」

「嘘を付くな!! ここにいる兵士達が先程随伴した兵士なのはわかるが、それだけでオリエンの城壁を抑える事が出来る筈が──」

「残念だけどなトライゾンさん、このオリエンにいる俺達の兵士だけで出来るんだな、その『オリエンを落とす事』が」


 二人の会話を挟むように、オリエン攻略の策をドヤ顔でトライゾンに説明し始める。


「俺達の兵力は将軍達から借りた三千人だけ、その兵だけでオリエンを正面から攻め落とすのは不可能だった──だから、三千人の兵士を一ヶ月かけて少しずつオリエンに潜入させたんだよ」

「バカなっ! 少しずつだろうが三千人の兵士が侵入なぞありえん! 監視にでも賄賂を送ったか!?」

「何にも送ってない、俺達は金欠だし」

「ならばどうやって!?」

「兵士達を農民に変装させて潜入させた、農民が麦を持ってれば門番も怪しまないからな」


 三千人の兵士達をオリエンに潜入させるのはそこまで難しい事ではない。


 各国の商人や人々が多く訪れる商業都市であるオリエンは、商いを活発化させるために入城許可証を発行していなかった。見るからに怪しい者で無い限り、入城理由と期間さえ門番に教えれば簡単に入ることが出来たのだ。


 更に今は麦の収穫時期と重なり、街の外に広がる麦畑から刈り入れて街で売る農民がいるのは自然な事である。

 刈り取った麦を売る農夫を装って入城した兵士達は、今日まで街で待機していれば良い。ちなみに、ウィスタリアとヨイチは先にオリエンに潜入、それら兵士の指揮官になって貰っていたのだ。


 だが、三千人の兵士達を侵入させただけでは城は取れない。もう一つやるべきことがあった。


「な、ならば一体どうやって三千人分の武器を持ち込んだのだ!?」


 溢れ出た脂汗を滴り流し、トライゾンが絶叫する。

 彼の言う通り、農夫に化けたのに武器や防具を持ち歩いていたら怪しまれるだろう。


 これについては、俺が何度もオリエンとラシュムール城を行き来した理由がその答えであった。


「今までラムセス将軍の贈り物と一緒に、ボロボロの装備品を入れて運んだ、傍目からだと使えないような武器や防具を選んで」

「物資に紛れ込ませただと!? ここにいる奴等の装備なんて、門番の報告書には何も書かれてなかったぞっ!?」


 トライゾンが唇を噛み締め、槍を構える兵士を見渡す。

 どこをどう見たって兵士達は新品同様の装備を身に付けていた。


「門番がゴミなんてイチイチ持ち物に書かないですよ、トライゾンさん」

「ならば、そのゴミのような装備品をどうやってっ!?」

「言い方が悪かった、具体的にはゴミではなく『直せば使えるような』ボロボロの装備を選んで運ばせてたんだよ」

「な、なんだと……っ!? なら!!」

「そう、このオリエンでその装備を直してもらった。流石はランヴェルス第二の都市、あんだけボロボロな装備を短期間で直してくれるなんて、腕の良い鍛冶屋が多い」

「き、貴様っ!」


 金切り声を上げて睨みつけるトライゾンに、俺はニヤリと笑った。


「三千人の準備万端の兵士が入り込みさえすれば、いくらオリエンの防備が堅固でも簡単に落とせる、想像以上に速く落とせたけどな」

「速く落とせたのは理由はそれだけではありません、ハルト殿」


 俺の隣に立ったウィスタリアが窓の外を指差す。


「オリエンの守備隊は、早々とランヴェルスを裏切ったトライゾンに嫌気を差していました。なので、私達が何者かを知った途端に皆降伏したのです」

「なるほど、だからこれといった騒動も無く事を終えたのか」


 ウィスタリアの説明を聞き、俺は納得して頷いた。


 街の守備兵と一戦交えれば少なからず被害が出るだろうと予想していたが、抵抗もなく降伏してくれたので無駄な流血を避けられたようだ。

 これまでの話を聞き、トライゾンはへたりと赤絨毯に座り

込んだ。


「ま、オリエンを落とした経緯はこの辺にしておいて、大人しくこの街を明け渡してくださいな、トライゾンさん?」

「お、おのれぇ……」


 俺は諭すように降伏を勧めると、トライゾンは力無く肩を落とした。主が降伏したことにより衛兵達も武器を捨て俺達に下った。

リリーエによる祖国奪還の第一歩、オリエン攻略はここに成し遂げられたのだ。


「では姫様、トライゾンの処遇は如何致しますか?」

「国外追放ってところかしら、殺す価値もない男だからね」


 どうでも良さげにトライゾンの処分を決めると、リリーエは「と、その前に……」とうずくまるトライゾンに近付き、拳に吐息を吹きかけた。


「私を殴った罰は別だから──ねっ!」

「へぐぅうっっっ!?」


 リリーエによる渾身の右ストレートが炸裂、トライゾンは数メートル先まで吹っ飛ばされた。


「はぁー! スッキリした!」


 両手をパンと鳴らして、リリーエは満足そうにニンマリ笑う。倒れ込んだトライゾンの顔をヨイチがそっと覗きこむ。


「この人、完全に気絶してるのです。白目を剥いてるので」

「姫様を殴ったのであれば当然の報いですね、むしろ、一発だけではまだまだ甘いです」

「リリーエを怒らせたらあんな目に遭うのか……俺も気を付けよう」


 完全に延びきってるトライゾンの哀れな姿に、リリーエを絶対に怒らせないようにしようと俺は密かに思ったのだった。




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