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『オリエン』と『裏切り者』


 一ヶ月後。


 城兵にとって、夏を迎えたオリエンの見張りは苦行であった。

 肌にチクリと刺さる直射日光もそうだが、防具を纏うと汗で中身が蒸れ、鉄のヘルメットを脱げばムワッとした湯気が立つし、水も飲めないまま数時間同じ場所で過ごさねばならない。

 城壁からの見張りとなれば、ただ無心に、オリエン城外に植えられた麦の成長と刈り入れを上から観察する作業である。


「今日は一段と暑いなぁ」

「そうだなぁ」


 城壁の見張りをする兵士達は遮るものが何もない太陽を憎らしく思い、掌で隠した。


「はぁ、リャヌーラが攻め来るわけでもないのに、俺達はなにを上から見張ってるんだ?」

「そりゃーおまえ、ラムセス将軍が攻め来るかもだからだろ」

「何言ってるんだ? 将軍は味方だろ」

「忘れたか? トライゾンがドミナシオンに裏切ったから、俺達の敵はラムセス将軍になったんだろ」

「そういう意味じゃねーよ、あれを見てみろ」


 男は収穫作業中の麦畑の先、陽炎で揺れる街道を指差した。

眼を凝らすと荷車が数台、こちらに近付いている。荷台には大量の荷物を載せているのか、布がはち切れそうな程膨らんでいた。


「なんだあれ」

「ラムセス将軍からの贈り物だよ、これで七回目、この城に運ばれて来てる」

「なんでまた、将軍がそんなに贈り物を?」

「将軍もドミナシオンに降伏する気なんだろ、だから手回しの為にトライゾンに媚を売ってるのさ」

「それは失望した、いつも正々堂々とした将軍に憧れてたってのに」

「主が滅ぼされたら仕方ないだろ」

「はぁ、元ランヴェルス国民として、国の裏切り者なんざに従うのは嫌なんだがな」

「だな、みんなそう思ってるだろうぜ」


 見張りの交代まであと数時間ある。二人は麦を刈り取る人々の姿を眺め、談笑に耽ることにした。


────────────────────────


「止まれ! どこぞの荷車か!?」


 オリエンの門番が荷車の前に立ち、その足を止めさせた。

荷車に乗った少年は門番に笑顔を向けて、荷物に親指をさした。


「先日と同じく、ラムセス将軍からトライゾン様への荷物をお届けに参りました」


 それを聞いた門番は「やはりか」と呟いた。


「では、物資を確かめさせても宜しいですかな?」

「どうぞ、存分にお確かめください」


 少年に許可を貰った門番が荷車の中を改める。

 中身は殆どが宝物品で、後は使いふるされた武器や防具もあるが、それも役に立たないくらい損傷していた。


「中身は謙譲用の宝物品、後は要らなくなった武器や防具だけです」

「怪しい品はないようですが、この防具や武具は?」

「ボロボロで使えない装備は戦場に必要ないので、街の武器屋に売る予定です」

「なるほど……失礼しました、では、お通りください」


 荷物を確認し終えた門番は城門を三度ノックした。


「ラムセス将軍からの物資だ、門を開けろ!」


 鎖を巻き上げる音と共に門が開かれ、荷台の少年はニヤリと口許を緩ませた。


 オリエンはラシュムール城から人の脚で一日、馬の脚ならば半日程の距離にある。

古来より東西南北を結ぶ交通の要所であったこの地は人が多く集まり、現在は数万の民が暮らす世界でも有数の大商業都市だ。

 その、オリエンの現城主・トライゾンの屋敷はオリエン城内で最も高い丘の上、町全体を一望できる見晴らし良い場所にあった。

 荷車の少年はその屋敷の一室、きらびやかな客間に通され、色とりどりの宝石で装飾された豪華な椅子に座っていた。


「凄く派手な部屋だなぁ」


 少年は部屋を隅々まで見回す。

 ガラス張りの外壁に赤くフカフカな絨毯、高そうな絵が黄金の額縁と一緒に飾られて、目の前にある巨大なテーブルも大理石を削られて出来ていた。

 少年は、この部屋を作る金があるなら兵士を雇ったり装備を作った方が良いだろうに、と、つい溜め息を漏らした。


「貴方がラムセス将軍の伝者ですかな?」


 すると、見るからに不健康そうな肥満体質な男が扉から顔を出し、少年に話しかけた。


「待たせたのぉ、将軍の遣いよ」

「貴方が、トライゾン様ですか?」

「如何にも、私がトライゾンじゃ」


 トライゾンはヨチヨチ歩きでふぅふぅ息を吐き出しつつ、少年とテーブルを挟んで反対側の椅子に座り、額ににじり出た汗をハンカチで頻りに拭った。


「今日は一段と暑いですなぁ、汗が止まりませんぞ」


 ホッホッと上品に笑うが、彼のブヨブヨな体から滲み出る臭気で気分が悪くなる。少年はさっさと用件を済ませて部屋から出ようと決意した。


「確かに、外に置いてきた馬がこの暑さで倒れても困るので、早速ですが本題に入らせていただきます」

「使用人が言っていましたな、重要な用件とやらがあると」

「はい、実は先日、ある者がラシュムール城に訪ねてきまして」

「ある者?」

「ランヴェルス王の娘・リリーエ様です」

「なんですとっ!?」


 汗を撒き散らしながら興奮ぎみに立ち上がると、トライゾンはテーブルに寄りかかり少年の顔をまじまじと見つめた。


「そ、それで! リリーエ姫は何処に?」

「既に捕らえました、トライゾン様に差し出すために」

「おぉ! 流石ラムセス将軍だ!!」

「それで、次回ここに来るときに姫をお連れしたいのですが、よろしいですか?」

「勿論! 今すぐにでも姫に会いたいものだ」


 手を打って喜ぶトライゾンを密かに睨み、少年は不気味な笑みを溢した。


「では、五日後にここへ姫を連れて参りましょう、トライゾン様も、その時をどうか楽しみにしておいてください」

「うむうむ! 楽しみにしておると将軍に伝えておいてくれ!」

「畏まりました、ではまた五日後に……」


 少年は腰をあげるとトライゾンに振り返らず、そのまま屋敷を後にする。

 屋敷を出た少年は屋敷の入り口よりオリエンの全景を一望した。

高い場所から見るオリエンの街並みは整然とした区画が美しく、家の赤煉瓦や石甃が日光を反射してキラキラと輝いている。


「まずは上々。城の構造はたいたい把握したし、後は策を実行に移すだけだな」


 少年は軽やかな足取りで空になった荷車に乗り、馬の首筋を擦った。



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