『仲間割れ』と『冗談』
「もう一度言ってください! ハルト殿!?」
屋敷の一室で、ウィスタリアが激昂した拳をテーブルに叩きつける。
俺は腕を組み、彼女を怒らせた台詞をもう一度口にした。
「だから、トライゾンにリリーエを引き渡すんだ」
「姫様を敵に差し出すなんて……命を救ってもらった恩も忘れて、よくそんな事が出来ますね……っ!」
「仕方ない、これも策だからな」
「策ですって? 姫様を差し出して、己の保身を図ることがですか!?」
今にも噛み殺しそうな勢いでウィスタリアが俺を睨みつける。
「ほ、本当に、リリーエ様を敵に引き渡すのですか?」
ヨイチが震え声で恐る恐る確認した。俺は無言で頷く。
「どうしても、姫様を引き渡すんですね?」
「どうしても、だな」
「分かりました──ならば」
ウィスタリアは棚に置いてある剣を手に取った。
「ハルト殿には失望しました。今すぐこの城を出てってください! さもなくば……!」
俺の鼻先に刃を当てる。すると、俺の横にいるヨイチがウィスタリアに矢を向けた。
「軍師どのは殺させません、わたしの名付け親なので」
「ハルト殿が城を出ていくなら殺すつもりはありません、ヨイチさんも、殺したくありません」
「殺れるものなら、殺ってみろ、なのです」
「ふ、ふふふ……」
両者互いに譲らず、火花を散らしている状況に、部屋の隅で一部始終を黙って静観しているリリーエが場の空気に似つかわしくない笑みを溢した。
「軍師って、意外と意地悪だったりするよね~」
「え? 何が?」
「何がって、今の話の流れは絶対コレを狙ってたわよね?」
「コレを狙ってたって、どういう意味だ?」
「もしかして自覚ないの? 軍師はあれね、根っからの策士なのね、きっと」
俺達のいつもと変わらぬやり取りに、先程まで睨み合っていた二人がキョトンと首を傾げた。
「姫様、どういう意味ですか?」
「リリーエ様を差し出すのでは無いのですか? 軍師どのが言っていたので」
「二人とも軍師に弄ばれてたのよ、私を差し出すのはウソ、女の子二人を振り回すなんて、軍師って罪深い人ね」
「いや嘘は言ってないだろ、リリーエを差し出す『ふり』をして、俺達がオリエンを奪い取るって策だからな。もっとも、その為には色々と準備が必要なんだけど……て、どうしたんだ? 二人共??」
ウィスタリアとヨイチが肩を震わせている、しかも、ヨイチの矢先が俺を向いてのは気のせいだよな……?
「私達がこうなると読んで、ハルト殿は弄んでいたんですね……?」
「軍師どの、流石に今回はやり過ぎです。わたしを怒らせたので」
「ヨイチさん『私達を』ですよ」
何故か知らんが二人がさっきより怒ってないか……? と、とりあえず何とか二人の誤解を解かないと命の危険を感じるぞ。
「あ、あのさ、、先ずは俺の策を聞いてくれな──」
「「それは後で聞きますっっ!!!」」
ウィスタリアが鞘を振りかぶり、ヨイチが弓幹をしならせた。
その後、俺がどうなったかはお察しください。
「……つまり、リリーエを捕まえたふりしてオリエンに入り、兵士達を無力化して城を落とす、それが今回の作戦です」
「なるほど、最初からそう言って貰えれば勘違いしなくて済んだものを、ハルト殿は意地悪ですね」
「まったくです、意地悪なのです」
「本当にすみませんでした……」
腫れ上がった頬を押さえて深く謝罪する。
こんなつもりじゃない無かったのに、説明を誤ると痛い目に合うって肝に命じておこう。
そんな俺を『意地悪く』微笑みながら、リリーエが手を上げた。
「軍師軍師~! 一つ質問なんだけど」
「はい、リリーエさん」
「えーと、作戦を聞いてて気になってたんだけど、城の兵士を掃討するのって、私達だけじゃ無理じゃない?」
その通り。いくらなんでも俺達四人で城を落とすなんて不可能だろう。仮にもし出来たら後々まで伝説として語られる大偉業達成だ。
「無理だな、けど、俺達には将軍から三千の兵士が借りれる、その兵を使えば問題ない」
「でもさ、それならそれで、どうやって三千人の兵士をオリエンに入城させるの?」
至極真っ当な疑問だ、リリーエを囮として引き渡す際に護送するだけなら三千人もの兵士を動員するのはどう考えても不自然だし、全員が完全武装ならますます不審がられる。
オリエン攻略は、如何にして三千の兵士達をバレずに入城させるかに掛かっている。
「それについてだが、ウィスタリアとヨイチ、二人に頼みたいことがあるんだ」
「私とヨイチさんがですか?」
「任せてください、狙い撃ちは得意なので」
「いや、そういう意味じゃないんだよヨイチ君」
「う、頭を叩かないでください……」
ヨイチの頭をポンと優しく叩き、二人に目線を合わせて、オリエン攻略で最も重要な役目を二人に言い渡した。
「先に、二人にはオリエンに潜入してもらいたいんだ」




